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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第二幕
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ヨウコの家の朝ごはん

 ヨウコ達が朝食を食べているところにキースが入ってくる。


「あれ、まだ朝ごはん食べてるの?」

「いらっしゃい。日曜だからゆっくりなの。今日は変な時間に着いたのね」

「朝の便だったからね。エキストラの都合で、今日の撮影は昼過ぎに始まるんだ。おはよう、ヨウコさん」


 キース、ヨウコに近づくと軽いキスをする。ローハンが唸る。


「お前なあ、せめて俺のいないところでやろうとは思わないの?」

「思わない。ヨウコさん、納豆くさいよ」

「だって納豆食べてるんだもん」


 リュウが怪訝な顔でキースを見つめる。


「失礼ですが、その方はなぜヨウコさんにキスされたのですか?」

「私の『チュウ友』だからよ。気にしないで」


 リュウ、慌てて立ち上がる。


「そのようなご身分の方だとは露知らず、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私は……」

「いいのよ、リュウ。座りなさいよ」

「は、はい」


 リュウ、今度は慌てて座る。


「その人がガムランのよこしたボディガードなの? すっかり馴染んでるみたいだね」


 リュウ、キースに頭を下げる。


「リュウです。よろしくお願いします」

「僕はキース。21世紀での業務を一通りやっています。なにかあれば気軽に連絡ください、と言っても、君は電子部品を使ってないんだね。珍しいな。通信も出来ないみたいだけど、なにかと不便じゃないの?」

「勤務中はイヤピースを使っていますから、緊急時にはすぐに連絡が取れますよ」

「それならいいんだ。ヨウコさんをよろしくね」

「はい、お任せください」


 サエキがキースに声をかける。


「キースも朝ご飯、一緒に食べる? 今日は俺が当番だから和食だよ」

「いいですね。いただきます」


 空いている席に腰を下ろしたキースに、ルークが話しかける。


「スーパーコンピュータは納豆、食べるの? 人間兵器は苦手なんだって」

「うん、和食はたいてい好きだよ。人間兵器って?」

「リュウのことよ。キースはもう何を食べても味が分かるのね。納豆のおいしさがわかるなんてかなりのものだわ」

「ローハンにこつこつ教えてもらったからね。ずいぶんデータを貰ったよ」

「感謝しろよ」

「おかげでローハンの好きなものは、みんな好きになっちゃうんだけどね」


 さりげなくヨウコを見たキースをローハンが睨む。


「それは俺のだよ」

「何のこと?」

「なんでもないよ。ヨウコ、この卵焼き食べる?」

「ううん、ローハンが食べなよ。サエキさん、キースに青ねぎを取ってあげて」

「はいよ」


 ヨウコ、期待に満ちた目でキースに話しかける。


「今日はどんな撮影をするの?」

「騎馬戦のシーンを撮るんだ。馬に乗らないといけないんだけどね、馬は勘がいいから僕が近づくと嫌がっていつも苦労するんだよ。今日は長い撮影になりそうだ」


 ローハンが口を挟む。


「ランギを連れてったらどうだろう? きれいな馬だし撮影に使えないかな? あの子なら俺に慣れてるから、キースが乗っても大丈夫だと思うよ」

「借りてもいいの? さっそくスタッフに聞いてみるよ。そんな遠いところじゃないから、今から搬送してもらえれば間に合うだろ」


 ヨウコが嬉しそうな顔をする。


「うちの馬がキースと一緒に映画に出れるだなんて、うっとりだわ」

「僕がここで一緒に朝ごはんを食べてるのはうっとりじゃないの?」

「それとこれとは別だなあ。でも、納豆の糸をひいてるキースもいいな。写真撮っておこ」


 ヨウコ、どこからともなくカメラを取り出すと素早く写真を撮る。


「ヨウコさん、悪いけどそれは消すからね」

「残念でした。そう言われると思って、フィルムカメラを買ったのよね。私のプライベートコレクションだから誰にも見せないってば」


 キース、ヨウコをじっと見る。


「わざわざ、カメラを買ったの? そのために?」

「そうよ。睨まなくてもいいじゃない」

「じゃあ、誰にも見せないって約束してね」


 サエキが呆れ顔でキースを見る。


「ヨウコちゃんには甘いなあ」

「僕はファンには優しいんです」

「どうなんだか」


 リュウがおずおずと口を挟む。


「すみません。さきほどからの会話から判断するとですね、キースさんはもしかしてロボットだったりしますか?」

「僕はコンピュータだよ。この身体は端末なんだ。映画俳優もやってるけどね」

「わかりました。ありがとうございます」


 サエキが笑う。


「それで納得したの? だいぶ、この家に慣れてきたみたいだな」


 ヨウコ、思い出したようにキースの方を向く。


「そうだ、キース、誕生日プレゼントありがとう」

「お礼ならもう言ってくれただろ?」

「お返しがあるんだ」


 ヨウコ、立ち上がって包みを持ってくるとキースに渡す。


「ありがとう。開けてもいいの?」

「もちろん」


 包みから出て来たニット帽を見て。サエキが納得した顔をする。


「ああ、あれ、キースに編んでたのか。次の被害者が誰なのか気になってたんだよな」

「うるさいなあ。だってキースなら欲しいもの何だって手に入れられるのよ。散々悩んだんだからね」


 ローハンが笑う。


「俺が手編みの帽子なんてどうかなあ、って言ったんだ。安上がりでいいだろ?」


 キース、ローハンの顔を見る。


「あの時……」

「俺、そこまで性格悪くないよ」


 ヨウコ、不思議そうにローハンとキースの顔を見る。


「何の話?」

「なんでもないんだ。ヨウコさん、ありがとう」

「俺のより、だいぶ形が帽子に近いよ。ラッキーだな」


 リュウ、畏怖の表情を浮かべて帽子を覗き込む。


「ヨウコさんからお帽子を賜るなんて、本当にラッキーですね」

「賜るって? リュウも欲しいんだったら編んであげるけど?」

「ええ!」


 勢いよく立ち上がったリュウをサエキが怪訝な顔で見つめる。


「おい、どうしたんだ?」

「ヨ、ヨウコさんがわたくしめに手編みのお帽子を……」

「いいから、お前はそろそろ見回りに行ってこい。どうしてこの家の男共はあんなモノ貰って喜ぶんだ?」


 ヨウコ、ニヤニヤ笑う。


「サエキさんだって欲しいくせに」

「俺はいらんぞ。ほんとにいらんからな」


        *****************************************

   

 朝食後 ヨウコとキースとサエキの三人が居間で雑談しているところに、ハルノが入ってくる。


「おはようございます。こんなに早く来ちゃってよかったのかしら?」


 サエキが嬉しそうにハルノを迎える。


「もちろんだよ。ハルちゃん、こっちに座りなよ」


 ヨウコ、キースにハルノを紹介する。


「キース、この子、ハルノっていうの。『会社』で働いてるんだって」


 キース、首をかしげてハルノを見つめる。


「ハルノさんは……人間じゃないですよね?」

「この子、ローハンの妹分なのよ。同型なんだって」

「どうりで分かりにくいと思ったよ」


 ハルノ、驚いた顔でキースを見る。


「気づかれたのって初めてだわ。あなたも人じゃないですね?」

「ハルちゃん、そいつは『フギン』だよ」

「ええ、そうなの? そんな端末を持ってたなんて知らなかったわ」

「こいつ、この身体を使って映画俳優をやってるんだけどさ、内輪だけの秘密なんだ。ハルちゃんも黙っててよ」

「僕の事はキースと呼んでもらえればいいですよ」

「俳優だなんて凄いんですね。キースはよくここに遊びに来るの?」


 サエキ、苦笑いする。


「暇を見つけては入り浸ってるよ」


 ハルノ、キースの顔を見つめる。


「それ、サルバドールのボディじゃないですか?」

「よくわかったね」

「そりゃ、わかりますよ。全然違うもの。それも一点モノでしょ? よく手に入りましたね」

「僕はわがまま通すの得意だからね。ハルノさんだってアナ・クサカベのデザインでしょ? 相当なものじゃないですか?」

「でも、サルバドールのボディって品があるから憧れちゃうわ。残念なことにあの人、女性はデザインしないんですよね」


 ヨウコ、立ち上がる。


「サエキさん、ちょっと手伝って欲しいんだ。キッチンに来てよ」


 キースがヨウコを振り返る。


「男手がいるの? 僕が行こうか?」

「ううん、サエキさんで十分。すぐ戻るからハルちゃんのお相手してて」

「俺で十分ってどういう意味だよ」


 サエキも立ち上がるとヨウコの後をついて部屋から出て行く。


        *****************************************

                                               

 ヨウコ、キッチンのドアを閉めるとサエキに話しかける。


「ねえねえ、あの二人、いい雰囲気よね」

「俺もそう思った」

「ハルちゃん、キースのこと気に入ったみたいじゃない?」

「サルバドールって人気あるからなあ。ハルちゃん、ブランド好きだったのかな。見かけで男に惹かれるなんてがっかりだな」


 ヨウコ、サエキを睨む。


「キースは見かけだけじゃないわよ。失礼なこと言わないでよ」

「そういう意味で言ったんじゃないよ」

「あの子、人間が相手だとどうしても引け目を感じるみたいだからさ、キースだと話し易いんじゃないのかなあ。あの二人をくっつけちゃうのはどうだろ?」


 サエキ、驚いた顔でヨウコを見る。


「……ヨウコちゃん? 俺がハルちゃん、好きなの知ってるんだろ?」

「いつもそう言ってるだけで、全然進展しないじゃないの。私はハルちゃんが心配なのよ」

「そんなこと言われても……。そうだ、ヨウコちゃんはキースを取られちゃってもいいの? 大ファンなんだろ?」

「だって、キースは私のモノじゃないでしょ? よし、私が後押ししてみよう。サエキさんも手伝ってよね」

「俺は嫌だよ」

「じゃあ、頼まないけどさ。邪魔はしないでよ。わかった?」


 ヨウコがキッチンを出て行き、残されたサエキが困った顔で立ち尽くす。


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