ヨウコの家の朝ごはん
ヨウコ達が朝食を食べているところにキースが入ってくる。
「あれ、まだ朝ごはん食べてるの?」
「いらっしゃい。日曜だからゆっくりなの。今日は変な時間に着いたのね」
「朝の便だったからね。エキストラの都合で、今日の撮影は昼過ぎに始まるんだ。おはよう、ヨウコさん」
キース、ヨウコに近づくと軽いキスをする。ローハンが唸る。
「お前なあ、せめて俺のいないところでやろうとは思わないの?」
「思わない。ヨウコさん、納豆くさいよ」
「だって納豆食べてるんだもん」
リュウが怪訝な顔でキースを見つめる。
「失礼ですが、その方はなぜヨウコさんにキスされたのですか?」
「私の『チュウ友』だからよ。気にしないで」
リュウ、慌てて立ち上がる。
「そのようなご身分の方だとは露知らず、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私は……」
「いいのよ、リュウ。座りなさいよ」
「は、はい」
リュウ、今度は慌てて座る。
「その人がガムランのよこしたボディガードなの? すっかり馴染んでるみたいだね」
リュウ、キースに頭を下げる。
「リュウです。よろしくお願いします」
「僕はキース。21世紀での業務を一通りやっています。なにかあれば気軽に連絡ください、と言っても、君は電子部品を使ってないんだね。珍しいな。通信も出来ないみたいだけど、なにかと不便じゃないの?」
「勤務中はイヤピースを使っていますから、緊急時にはすぐに連絡が取れますよ」
「それならいいんだ。ヨウコさんをよろしくね」
「はい、お任せください」
サエキがキースに声をかける。
「キースも朝ご飯、一緒に食べる? 今日は俺が当番だから和食だよ」
「いいですね。いただきます」
空いている席に腰を下ろしたキースに、ルークが話しかける。
「スーパーコンピュータは納豆、食べるの? 人間兵器は苦手なんだって」
「うん、和食はたいてい好きだよ。人間兵器って?」
「リュウのことよ。キースはもう何を食べても味が分かるのね。納豆のおいしさがわかるなんてかなりのものだわ」
「ローハンにこつこつ教えてもらったからね。ずいぶんデータを貰ったよ」
「感謝しろよ」
「おかげでローハンの好きなものは、みんな好きになっちゃうんだけどね」
さりげなくヨウコを見たキースをローハンが睨む。
「それは俺のだよ」
「何のこと?」
「なんでもないよ。ヨウコ、この卵焼き食べる?」
「ううん、ローハンが食べなよ。サエキさん、キースに青ねぎを取ってあげて」
「はいよ」
ヨウコ、期待に満ちた目でキースに話しかける。
「今日はどんな撮影をするの?」
「騎馬戦のシーンを撮るんだ。馬に乗らないといけないんだけどね、馬は勘がいいから僕が近づくと嫌がっていつも苦労するんだよ。今日は長い撮影になりそうだ」
ローハンが口を挟む。
「ランギを連れてったらどうだろう? きれいな馬だし撮影に使えないかな? あの子なら俺に慣れてるから、キースが乗っても大丈夫だと思うよ」
「借りてもいいの? さっそくスタッフに聞いてみるよ。そんな遠いところじゃないから、今から搬送してもらえれば間に合うだろ」
ヨウコが嬉しそうな顔をする。
「うちの馬がキースと一緒に映画に出れるだなんて、うっとりだわ」
「僕がここで一緒に朝ごはんを食べてるのはうっとりじゃないの?」
「それとこれとは別だなあ。でも、納豆の糸をひいてるキースもいいな。写真撮っておこ」
ヨウコ、どこからともなくカメラを取り出すと素早く写真を撮る。
「ヨウコさん、悪いけどそれは消すからね」
「残念でした。そう言われると思って、フィルムカメラを買ったのよね。私のプライベートコレクションだから誰にも見せないってば」
キース、ヨウコをじっと見る。
「わざわざ、カメラを買ったの? そのために?」
「そうよ。睨まなくてもいいじゃない」
「じゃあ、誰にも見せないって約束してね」
サエキが呆れ顔でキースを見る。
「ヨウコちゃんには甘いなあ」
「僕はファンには優しいんです」
「どうなんだか」
リュウがおずおずと口を挟む。
「すみません。さきほどからの会話から判断するとですね、キースさんはもしかしてロボットだったりしますか?」
「僕はコンピュータだよ。この身体は端末なんだ。映画俳優もやってるけどね」
「わかりました。ありがとうございます」
サエキが笑う。
「それで納得したの? だいぶ、この家に慣れてきたみたいだな」
ヨウコ、思い出したようにキースの方を向く。
「そうだ、キース、誕生日プレゼントありがとう」
「お礼ならもう言ってくれただろ?」
「お返しがあるんだ」
ヨウコ、立ち上がって包みを持ってくるとキースに渡す。
「ありがとう。開けてもいいの?」
「もちろん」
包みから出て来たニット帽を見て。サエキが納得した顔をする。
「ああ、あれ、キースに編んでたのか。次の被害者が誰なのか気になってたんだよな」
「うるさいなあ。だってキースなら欲しいもの何だって手に入れられるのよ。散々悩んだんだからね」
ローハンが笑う。
「俺が手編みの帽子なんてどうかなあ、って言ったんだ。安上がりでいいだろ?」
キース、ローハンの顔を見る。
「あの時……」
「俺、そこまで性格悪くないよ」
ヨウコ、不思議そうにローハンとキースの顔を見る。
「何の話?」
「なんでもないんだ。ヨウコさん、ありがとう」
「俺のより、だいぶ形が帽子に近いよ。ラッキーだな」
リュウ、畏怖の表情を浮かべて帽子を覗き込む。
「ヨウコさんからお帽子を賜るなんて、本当にラッキーですね」
「賜るって? リュウも欲しいんだったら編んであげるけど?」
「ええ!」
勢いよく立ち上がったリュウをサエキが怪訝な顔で見つめる。
「おい、どうしたんだ?」
「ヨ、ヨウコさんがわたくしめに手編みのお帽子を……」
「いいから、お前はそろそろ見回りに行ってこい。どうしてこの家の男共はあんなモノ貰って喜ぶんだ?」
ヨウコ、ニヤニヤ笑う。
「サエキさんだって欲しいくせに」
「俺はいらんぞ。ほんとにいらんからな」
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朝食後 ヨウコとキースとサエキの三人が居間で雑談しているところに、ハルノが入ってくる。
「おはようございます。こんなに早く来ちゃってよかったのかしら?」
サエキが嬉しそうにハルノを迎える。
「もちろんだよ。ハルちゃん、こっちに座りなよ」
ヨウコ、キースにハルノを紹介する。
「キース、この子、ハルノっていうの。『会社』で働いてるんだって」
キース、首をかしげてハルノを見つめる。
「ハルノさんは……人間じゃないですよね?」
「この子、ローハンの妹分なのよ。同型なんだって」
「どうりで分かりにくいと思ったよ」
ハルノ、驚いた顔でキースを見る。
「気づかれたのって初めてだわ。あなたも人じゃないですね?」
「ハルちゃん、そいつは『フギン』だよ」
「ええ、そうなの? そんな端末を持ってたなんて知らなかったわ」
「こいつ、この身体を使って映画俳優をやってるんだけどさ、内輪だけの秘密なんだ。ハルちゃんも黙っててよ」
「僕の事はキースと呼んでもらえればいいですよ」
「俳優だなんて凄いんですね。キースはよくここに遊びに来るの?」
サエキ、苦笑いする。
「暇を見つけては入り浸ってるよ」
ハルノ、キースの顔を見つめる。
「それ、サルバドールのボディじゃないですか?」
「よくわかったね」
「そりゃ、わかりますよ。全然違うもの。それも一点モノでしょ? よく手に入りましたね」
「僕はわがまま通すの得意だからね。ハルノさんだってアナ・クサカベのデザインでしょ? 相当なものじゃないですか?」
「でも、サルバドールのボディって品があるから憧れちゃうわ。残念なことにあの人、女性はデザインしないんですよね」
ヨウコ、立ち上がる。
「サエキさん、ちょっと手伝って欲しいんだ。キッチンに来てよ」
キースがヨウコを振り返る。
「男手がいるの? 僕が行こうか?」
「ううん、サエキさんで十分。すぐ戻るからハルちゃんのお相手してて」
「俺で十分ってどういう意味だよ」
サエキも立ち上がるとヨウコの後をついて部屋から出て行く。
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ヨウコ、キッチンのドアを閉めるとサエキに話しかける。
「ねえねえ、あの二人、いい雰囲気よね」
「俺もそう思った」
「ハルちゃん、キースのこと気に入ったみたいじゃない?」
「サルバドールって人気あるからなあ。ハルちゃん、ブランド好きだったのかな。見かけで男に惹かれるなんてがっかりだな」
ヨウコ、サエキを睨む。
「キースは見かけだけじゃないわよ。失礼なこと言わないでよ」
「そういう意味で言ったんじゃないよ」
「あの子、人間が相手だとどうしても引け目を感じるみたいだからさ、キースだと話し易いんじゃないのかなあ。あの二人をくっつけちゃうのはどうだろ?」
サエキ、驚いた顔でヨウコを見る。
「……ヨウコちゃん? 俺がハルちゃん、好きなの知ってるんだろ?」
「いつもそう言ってるだけで、全然進展しないじゃないの。私はハルちゃんが心配なのよ」
「そんなこと言われても……。そうだ、ヨウコちゃんはキースを取られちゃってもいいの? 大ファンなんだろ?」
「だって、キースは私のモノじゃないでしょ? よし、私が後押ししてみよう。サエキさんも手伝ってよね」
「俺は嫌だよ」
「じゃあ、頼まないけどさ。邪魔はしないでよ。わかった?」
ヨウコがキッチンを出て行き、残されたサエキが困った顔で立ち尽くす。




