サエキの失恋相手
キッチン ヨウコとサエキが話しているところにローハンが入ってくる。
「サエキさん、また誰か『穴』を抜けてきたよ」
「ええ、またなの?」
「ガムには前もって連絡しろって文句言っといたんだけどな。あいつ、俺たちを驚かして面白がってんだ。腹立つなあ」
「女の人が二人だよ。俺の知らない人だ」
「女? 女が二人も?」
「サエキさんもカメラに繋げばいいだろ?」
「俺、そういうの苦手だって言ってるだろ。でも女なら見なくっちゃな。……うわあ!」
サエキ、焦ってあたりを見回す。
「何よ? またヒルダみたいなのが来たんじゃないでしょうね?」
「やばいよ、姉ちゃんだ」
「姉ちゃん? サエキさんの?」
サエキ、立ち上がる。
「俺はここにはいないからな。適当なこと言って追い返してくれ」
「はるばる来てくれたのにお姉さんに向かってその態度はないでしょ? 出てあげなさいよ」
「気まずいことになってるんだよ。会いたくないんだ」
「喧嘩でもしたの?」
「違うよ」
「じゃあ、何よ」
「俺がフラれた相手なんだよ」
「ちょっと待ってよ。お姉ちゃんって、いくら未来でもそりゃまずいんじゃないの?」
「本当の姉じゃない。俺、小さい頃、親を失くしたっていっただろ? 施設にいれられてさ、そこで兄弟同然に育ったんだよ」
「ああ、そういうことか。一昨年フラれた相手ってお姉さんのことだったのね?」
「そうだよ」
「俺が迎えに出てくるよ。待たしちゃ失礼だろ?」
ローハン、急いで出て行く。
「俺、部屋に隠れるからな。いないことにしてくれよ」
「嫌よ、そんな嘘つくの」
「頼むよ。夕食当番代わってやるからさ」
しばらくしてローハンが二人の女性を伴って戻ってくる。
「ヨウコ、この人がサエキさんのお姉さん。アツコさんって言うんだ。こっちの人はプージャさん。『会社』で働いてるんだって」
「初めまして。ヨウコです」
「初めまして。タダスケがお世話になってます」
「いえ、あの、お世話になってるのはこっちなんですけど。ええと、サエキさんなんだけど……」
「いいのよ。隠れてるんでしょ? 都合が悪いといつも隠れちゃうんだから」
「はあ」
アツコ、廊下にでると大声で怒鳴る。
「タダスケ! あんたがこの家の敷地から出てないって、フギンに確認とってから来たのよ。諦めて出てきなさい」
サエキ、部屋のドアを開けて顔を出す。
「……やあ、姉ちゃん」
「やあ、姉ちゃん、じゃないわよ。一生逃げ回るつもりだったの? いい加減にしなさいよね」
「そういうわけじゃないけどさ」
「私、来週結婚するの。それまでにあんたに会っておきたくてさ」
「うん。ガムに聞いたよ」
「おめでとうぐらい言えないの?」
「メール出しただろ?」
「メール? ふざけんじゃないわよ。あんたが五歳のころからずっと面倒見てきたのよ。そういう大切なことはちゃんと顔見て言って欲しいわね」
「そうだね……ごめん。おめでとう、姉ちゃん。プージャもな」
「あの、お姉さんの結婚相手って……」
ヨウコ、驚いてプージャを見る。
「ああ、プージャだよ。俺の『会社』の同僚なんだけどな」
プージャ、サエキの顔をまじまじと見つめる。
「アツコの弟が『サエキさん』だったなんて驚いたわ。最近見かけないと思ったら、こっちに来てたのね」
「ここにいるのは秘密なんだよ。ガムに口止めされたとは思うけど」
アツコ、サエキを睨む。
「あんた、まさかまだ私に未練があるんじゃないでしょうね」
「ううん。俺、好きな人いるからさ」
「そうか。なら良かったわ。あんた、変な特技があるから、なかなか彼女ができないでしょ」
ヨウコ、ローハンにささやく。
「特技ってなに?」
「エンパスってことじゃない?」
アツコ、ヨウコの方を向く。
「あんたの好きなのって、そこのヨウコさん?」
「違うけど」
「ほんとに? タダスケが好きそうな雰囲気なんだけどなあ」
ヨウコ、苦笑いする。
「それだけはないと思いますけど」
「俺の好きなのは『会社』で働いてる子だよ。ガードが固くてなかなか落ちそうもないけどな」
プージャ、微笑む。
「ハルノね。サエキさん、戻ってくるたびに付け回してるでしょ? あの子、人気あるわよね」
「そうなんだよな。こっちにいると誰かに先を越されるんじゃないかって不安になるよ」
「最近、うちの部署のハニマと仲いいわよ。よく一緒に出かけてるけど」
「ええ? あのいかにも誠実そうな……」
「サエキさん、付き合いはいいしモテるけど、誰とも本気の関係にならないので有名だもんね」
「それ、本当なのか? いつの間に俺にそんな悪評が?」
ヨウコ、笑う。
「知らぬは本人ばかりなり、って言うわよね」
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アツコたちが帰り、サエキが椅子にへたりこむ。
「あー、緊張したなあ」
「お姉さん、男には興味がなかったからフラれたの?」
「そういうわけじゃないよ。あの人、バイセクシャルだからさ」
「じゃあ、どうして?」
「そんなの聞くなよ」
「もう吹っ切れたんでしょ。いいじゃない」
サエキ、ため息をつく。
「俺は弟としか見れないんだってさ。長年慕ってきたのに一瞬で切り捨てられたからトラウマになったよ」
「サエキさん、エンパスなんでしょ? そのぐらいわかんなかったの?」
「俺、姉ちゃんの心はわかんないんだ」
「どうしてよ?」
「俺は両親が亡くなってすぐに里子に出されたんだけどさ、おかしな力があるもんだから、どこいっても長続きしなかったんだ。気持ち悪がられていろんな家族や施設ををたらい回しにされたんだよ」
「ふうん」
「最後に姉ちゃんのいる施設へ送られたんだけどね、とっても居心地がよかったんだ。追い出されたくないって思ったら、そこにいる人たちの気持ちが読めなくなった。力を抑えなきゃ嫌われるって子供なりにわかってたんだろうな。おかげで置いてもらえることになったけど、それ以来ずっとそのままなんだ」
「かわいそうな目に遭ってきたのね。エンパスって便利なだけじゃないんだ」
「こんな力、ないに越したことないよ。今じゃほとんどの感情をブロックできるようになったけどさ、それでも強い悲しみや心の痛みは入り込んでくるんだ。いまだに葬式には近寄れないし、喧嘩も苦手だよ」
「そうなの? いつも私とローハンの喧嘩の仲裁をしてくれるじゃない」
「だってヨウコちゃん、本気でローハンに怒ったことなんてないだろ? あんなのかわいいもんだよ」
「サエキさんにもサエキさんなりの苦労があったのねえ。フィギュアと女の子のこと以外は何にも考えてないのかと思ってたわ」
「そんなはずないだろ? 姉ちゃん、結婚したがってたからなあ。子供が欲しいって言ってさ」
「子供? 女同士でしょ?」
「同性婚でも子供作っていいんだよ。『会社』で二人の遺伝情報の入った受精卵を作ってもらえばいいだけの話だから。男同士のカップルだと代理母か人工子宮が必要になってくるから、手間がかかるけどな」
「私がローハンの子供を産めたぐらいだから、人間同士なんてもっと簡単なのよね」
「そういうこと」
「お姉さんも生モノ?」
「ええ? ああ、あの人も身体はほとんどいじってないな。見かけなんて気にしないみたいだよ」
「でも、きれいよね。迫力あって素敵じゃない」
「そうだろ? 俺、人生の半分ぐらいは姉ちゃんに恋してた気がするよ」
ローハンが口を挟む。
「サエキさんのお姉ちゃん、ヨウコに感じが似てるよね。もしかしてヨウコってほんとにサエキさんのタイプだったりするんじゃない?」
「うん、結構タイプかもな」
「げげ、嘘でしょ?」
「お前とくっつけるのが俺の仕事じゃなかったら惚れてたかもよ」
ヨウコ、焦った顔でサエキから離れる。
「あの、私、サエキさんとはお付き合いできませんけど……」
「何を言ってるんだ? 今更惚れやしないから心配するなよ。ヨウコちゃん、俺を最初から男扱いしてないだろ? 俺はタイプじゃないみたいだし、眼鏡をかける必要もなかったかもしれないなあ」
「だからその眼鏡をかけてたの?」
「俺、ほんとにモテるからさ、ヨウコちゃんがローハンじゃなくて俺に惚れでもしたら計画に支障が出るだろ? ちゃんと対策を練ってきたんだよ」
「じゃあ、もう眼鏡の必要はないじゃない。はずしなさいよ」
サエキ、あわてて眼鏡をおさえる。
「嫌だよ。もうこれは俺の身体の一部なんだよ」
ヨウコ、ニヤリとする。
「私って秘かにモテるのかも」
「だからもっと自信を持てって言ってるだろ。外見が『アヤミちゃん』だったら、いい感じなんだけどなあ」
「はあ? そんなの、もはや私じゃないでしょ? わけわかんないよ」




