キースからの贈り物
サエキが居間に入ってきてヨウコに声をかける。
「ヨウコちゃん、小包が届いたよ。人が配達してくれるのっていいもんだねえ」
「私宛? オークションで買った鍋かしら?」
ローハン、呆れた顔でヨウコを見る。
「え? また鍋、増えたの?」
「いいや、小さいから鍋じゃないだろ」
サエキ、小さな包みをヨウコに手渡す。
「ああ! キースからだ。なんだろう?」
急いで包みを開けるヨウコをローハンが憂鬱そうに眺める。
「あいつ、人の妻に何を送りつけてるんだよ?」
「誕生日プレゼントだって。うわ、かわいい!」
「セレブ面してブランド物でも送ってきたの?」
「これ、雑誌で紹介されてて、かわいいなあ、って言ってたんだ。ちょうどキースが遊びに来てたのよね。よく覚えてたなあ」
「忘れようったって忘れられないんだよ、コンピュータなんだから。それ、見せてよ」
「スペインの田舎の彫金作家が限定で作ってるの。入手困難って書いてあったのにな」
ローハン、眉を寄せる。
「……ヨウコ、これ指輪だろ?」
「うん。かわいいでしょ」
「よその男から指輪なんて貰うか?」
「よその男って言ったってキースだもん。他意はないわよ」
サエキが急いで割って入る。
「その通りだよ。ヨウコちゃんが欲しがってたモノを贈ったってだけだろ? 気にせずもらっておきな」
「それじゃ、結婚指輪とは違う指につけてよ。わかった?」
「ひひー」
「……俺の『あっと驚く誕生日プレゼント』を見て腰抜かすなよ」
「もうそれ、嫌だってば」
「残念ながら今年は赤ちゃんじゃないんだよ」
「本当なんでしょうね?」
「だって、ヨウコ、一人産んだばかりじゃないか」
「なんだ、心配して損しちゃった」
「もしかして最近乗り気じゃないのはそのせい?」
「そうよ」
「言ってくれりゃいいのに」
「だって、なんとなく言いにくいじゃない」
「心配しなくても三人目は来年の誕生日まで待つよ。早いほうがいいなら今年のクリスマスでもいいけど」
「あの、私、子供は二人って決めてるから」
「ええ? 俺は六人ぐらい欲しいなあ」
「諦めなさい」
ローハン、寂しそうな顔をする。
「そんな顔するのもやめなさい」
「……まあいいや。とにかく俺のプレゼント、楽しみにしててよ」
「早くちょうだいよ」
「プレゼントはケーキ食べた後にもらうのが、我が家の決まりだろ」
「期待してるからね。そうだ、キースにお礼の電話してこよう」
ヨウコが部屋から出て行くと、ローハンが恨めしそうにサエキの方を向く。
「サエキさん、何が気にせずもらっときな、だよ。俺は気になるよ」
「仕方ないだろ? キースの気持ちをヨウコちゃんに気づかせるんじゃない。誕生日プレゼントぐらいなら構わないだろ?」
「ヨウコは鈍いから、どうせ気づきやしないよ」
サエキ、ため息をつく。
「それにしてもあいつ、何考えてるんだろうなあ? いつも欲しい物は全力で手に入れるくせに、おとなしすぎて気味が悪いよ」
ローハン、真面目な顔になる。
「どうしたらいいのかわかんないんだよ」
「え?」
「キースさ、どうしたらいいのかわかんないんだ。だって、好きだって言ってみたところで、俺とハッピーな結婚生活を送ってるヨウコが、キースを受け入れるわけないだろ? 動きようがないじゃないか」
「そりゃそうか」
「俺を殺しでもしない限り、ヨウコは手に入らないよ」
サエキとローハン、顔を見合せる。
「……いや、やるんだったらもっと早くやってるだろう」
「思いついてないだけかもしれないよ」
「お前に手を出せば、あいつだってただじゃすまないからな」
「完全犯罪を企んでるのかも」
「いくらわがままでも自分の都合で人まで殺さないさ」
「俺、モノだけど?」
「そうだったな」
ローハン、宙に向かって話しかける。
「おい、キース!」
「話しかけてどうする?」
キースが通信で返事をする。
『何か用?』
「俺、まだ死にたくないんだけど」
『……それはそうだろうなあ。何かあったの? まさか死ぬんじゃないだろうね?』
「いや、そんな予定はないけどさ」
『そりゃ、よかった。君は見てて飽きないからね、いなくなってもらっちゃ退屈だ。それにしても君は相変わらず意味不明だな』
サエキが笑う。
「いつものことだ。いちいち気にしちゃやってられんぞ」
『今、ヨウコさんと電話で話してるところなんです。プレゼント、気に入ってもらえたようですね』
「お前、ローハンと違ってそういうの選ぶのうまいよな」
『何にするかずいぶん悩んだんですよ』
ローハン、不機嫌そうに尋ねる。
「でも、指輪はちょっとまずいかなあ、とは思わなかった?」
『彼女に贈るみたいでいいよね。僕もおそろいで作ってもらっちゃったよ』
「だから、それがまずいとは思わなかったのか、って聞いてるんだ」
『ぜーんぜん』
「ずうずうしい」
『二週間後からまたそっちで撮影なんだ。お邪魔するよ』
「ほんと、お邪魔だよ。もう切るからな」
ソファにもたれこんだローハンを見て、サエキが笑う。
「どうやら殺される心配はないみたいだぞ。あいつ、今のままでも結構幸せなんじゃないのか?」
「そうみたいだね。命拾いしたよ。気が変わらなきゃいいんだけど」
「ところでお前のプレゼントってなんなんだ?」
「ウサギだよ」
「はあ?」
「見たい? そこの戸棚に隠してあるんだ。連れてくるね」
「ウサギぐらいであのヨウコちゃんがあっと驚くか?」
「見ればわかるって」
ローハン、ウサギの入ったかごを持ってきてサエキに差し出す。
「うわあ! こいつ、ウサギに瓜二つじゃないか」
「ほら、驚いただろ? 俺もペットショップで見つけてびっくりしたんだよ。ウサギさんがいるのかと思っちゃった」
「でもさあ、ヨウコちゃん、そういう『びっくり』を期待してるんじゃないと思うんだけど」
「俺もそこが疑問だったんだよね。今年も失敗しちゃったかなあ?」




