『天使に憑かれる』
ある日の午後 キッチンでコーヒーを飲みながらヨウコとサエキが話している。
「24世紀には不細工な人っていないの? モデル並みの美形ばかりじゃない。自分がますますブスになった気がするわ」
「ヨウコちゃんってさ、自分の容姿にコンプレックスがあるんだね。そりゃ美人とは言えないかもしれないけど、気にするほどのことはないんじゃないの?」
「一度結婚してからは、そんなに気にならなくなったけどね、やっぱり若い頃は見た目で勝負だったから、引け目を感じてたな。友達と歩いててナンパされても、友達目当てなのがみえみえなんだよね。気分の悪いもんだよ」
「でも、今だって気にしてるじゃないか」
「だってローハン、目立つんだもん。なんであんな女連れてるの?って思われそうでしょ?」
「人がどう思おうとほっとけよ。24世紀じゃさ、人は見かけじゃないんだよ。ヨウコちゃんなんてモテるんじゃない? 意地悪発言を直したらの話だけどさ」
「だって美男美女ばっかりなんでしょ?」
「そんなことないよ。それに姿形なんていつでも好きなように変えられるからさ、この時代みたいに外見で人を判断しないよ。見かけが大切じゃないとは言わないけど、服のセンスみたいなもんだな。遊び相手は見た目で選んでも、伴侶を選ぶとなるとみんなしっかり中身を見てるよ」
「そうなんだ。そういやウサギさんもウサギの顔してるのに、物腰柔らかで素敵な紳士なのよね」
「あいつはモテるよ。奥さんが二人いるんだ」
「重婚してるの?」
「重婚オーケーだからな。そういや、ウサギがヨウコちゃんにふにふにされて楽しかったみたいだぞ。24世紀には物腰柔らかな紳士の頭をもみくちゃにする奴はいないんだ」
「あまりにかわいかったからさ……。もしかして、凄く失礼なことしてたのかしら?」
「本人が気にしてないんだから構わないよ。ローハンもウサギに会うたびに触らずにはいられないみたいだよ」
「やっぱり」
「24世紀にも生まれたままの姿でいる人間はたくさんいるんだよ。俺もそうだけど」
「サエキさんはどこも変える必要ないじゃない。生モノにしちゃたいしたものねえ」
「俺、生モノ?」
「調理されてないんでしょ?」
「調理?」
「でも、ローハンの見かけに本気で惚れちゃう子だっていたんでしょ? 馬鹿ヒルダとかさ」
「見かけだけじゃないさ。あいつ、性格の良さがにじみ出てるだろ?」
「たしかにねえ」
「それにさ、いくら見かけが自由になるって言っても、特注サルバドールともなると格が違うんだよ。よっぽどの名士じゃなきゃ手に入れられないからな。サルバドールって偏屈な男でさ、金があっても気に入らない相手からの注文は受けないんだ」
「そんなに凄いんだ。間抜けなロボットなんかにはもったいないわね」
「普通はサルバドールのボディなんて、たとえ量産モノでもロボットには使わないな。金をもてあましてる有閑マダムのお相手ロボットぐらいじゃないか?」
「お相手?」
「いわゆる愛人ロボットって奴だ」
「それってなんだかかわいそうじゃない?」
「ロボットはモノだからいいんだよ。本人たちは気にもしてないさ。ローハンみたいな感情のあるロボットなんて例外中の例外だよ」
「なら、いいんだけど。そうそう、さっきの話だけどさ、未来の人でも結婚するんだね」
「結婚しないと子供作っちゃいけないからな」
「ええ?」
「昔堅気だろ」
「うん」
「その上、結婚も許可がないとできない。まあ、そんな厳しいもんじゃないけど、将来的に離婚に繋がりそうな要素が少しでもあれば許可がおりないんだ」
「なんでも自由にできる時代じゃないの? 気が合えばお茶飲みに行くぐらいの感覚でセックスしちゃうんでしょ?」
「セックスと結婚はまったく別だよ。避妊率100パーセントなんだから、セックスしたって子供はできないだろ? 結婚が許可制なのにもちゃんと理由があるんだよ。今みたいに簡単に家庭が崩壊したり、子供達がネグレクトされることはないんだ。虐待や家庭内暴力もほとんどないしね」
「うらやましい時代だね」
「ヨウコちゃんの『二つ目の願い』のお陰だよ」
「またそれか。私が崇められてる理由がだんだんわかってきたわ」
「それと『守護天使』のおかげでもあるな」
「前から聞きたかったんだけどさ、『天使』はいったい何をしてくれるわけ?」
「導いてくれるんだよ」
「導く? どうやって? 空から天使が降りてきて進路指導でもしてくれるの?」
「『天使』に会って啓示を受けたって人がいないわけじゃないけどな、普通はもっとさりげないんだ」
「例えば?」
「俺の場合はな、就職活動中にすごく気になってた企業があってさ、苦労して最終面接にこぎつけたんだ。当日一時間も余裕も見て出かけたにもかかわらず、いろんなところで足止め食って遅刻した」
「それが『天使』の仕業だっていうの?」
「そこに落ちたおかげで『会社』に就職できたからな。俺みたいなテクノロジー不適合者を雇ってくれるとこなんてわずかだから、めちゃくちゃショックでさ、ガムに愚癡をこぼしたらちょうど空きが出来たからって即採用になったんだ」
「コネで裏口就職したんだ」
「コネってなんだよ? 当時はガムと仲良くなんかなかったぞ。『会社』なんて入りたくても入れるとこじゃないから驚いたね。……入りたかったわけでもないけどな」
「そんなの、ただの偶然じゃないの?」
「懐疑派はみんなそう言うよ。でも、偶然もここまで重なると何かの意思を感じるだろ? ありえないタイミングで信号機が故障したり、バスが来なかったりしたんだよ。この時代じゃともかく、24世紀じゃまず起こりえない。こういうのを『天使に憑かれる』って言うんだ。俺は子供のころから何度も経験してる」
「『守護天使』っていうからには、もっと凄いことするのかと思ったわ」
「『天使』の声を聞いたり、ビジョンを送ってもらったって言う人もいるよ。人にはあまり言わないようにしてるんだけど、俺も一度だけ声を聞いたんだ。研修で自然保護区の山の中を歩いてた時にさ」
「何を言われたの?」
「『タダスケ、上』って」
「はあ?」
「上を見たら、ちょうどでかい岩が転がり落ちてくるところだった。直撃だったら死んでたな。それでも左手、失くしたんだけどな」
「命の恩人じゃないの」
「俺が『天使』を信じてるのはそういうわけなんだ」
「『ヨウコ』よりも『守護天使』の方がご神体には向いてるんじゃないの?」
「『天使』を祭る教団もあることはあるんだけど、なぜかいろいろ起こって長続きしないんだよな。神頼みにされるのは気に入らないらしい。困ったときや悩んだときに『天使』にお願いしても助けてもらえるわけじゃないんだ。気まぐれで意図もよくわからないことが多いが、結果的には世の中のためになってる。そんな感じかな」
「恋愛相談に乗ってくれるわけじゃないんだね」
「それはどちらかというとガムの仕事だな」
「ガムさん?」
「俺たちはだいたい十代半ばで通信を使うのを許されるんだけどな、携帯電話を初めて持たせてもらった子供みたいに面白がって使うもんだから、大人にはとっても嫌がられるんだ。といって子供同士での通話には刺激がないんですぐ飽きる」
「分かる気がする」
「だから、子供たちはガムと会話するんだ。機嫌がよければいろんな興味深い話をしてくれる」
「子供って言ってもすごい数じゃないの?」
「ガムは化けモノだからな。一度に全員としゃべるわけじゃないし」
「緊急事にもガムさんに連絡すればいいわけでしょ? 親としては安心よね」
「そういう場合には奴よりも下位のコンピュータに連絡しないと、後から嫌味を言われるんだ。あいつは面白い話にしか興味がないんだよ」
「何よ、それ?」
「俺たちが思春期にさしかかるとだな、親にも友達にも言えない悩みは全部ガムのところにいく。あいつは秘密は厳守してくれるからな」
「ずいぶんと信頼されてるのね」
「言い方を変えれば、俺たちみんな、あいつに弱みを握られてるってわけだ。老人になってから青春時代の恥ずかしい失敗のことでからかわれたりする。その頃にはもう笑い話だけどな」
「いつまで経っても忘れないのも迷惑な話よね。ローハンと同じだわ」
「結構いいとこもあってな、A君とBさんが両想いだったりすれば、さりげなくひっつけてくれたりもするんだ。俺の場合はさんざん邪魔されたけどな。結局ガムのアドバイスを無視してこっぴどくフラれた。あいつなりの気遣いだったってわけだ」
「へえ、サエキさんにも青春時代があったんだね」
「今のは一昨年の話だよ」
「ええ?」




