ヒルダ来襲
キッチン ヨウコとローハンとサエキの三人が昼食を食べている。ローハンがいきなり顔を上げる。
「今、誰か『穴』を抜けてきたよ。最近出入りが激しいな。……ああっ! サエキさん、ヒルダだ!」
「ヒルダだって? なんでここに?」
リュウがドアからひょっこりと顔を出す。
「ローハン、ゲートに女性が近づいてきますが、お知り合いですか?」
「サエキさん、どうするんだよ?」
「入れるしかないだろ。俺が出てくるわ」
サエキが部屋から出ていき、ヨウコが窓から外を覗く。
「あれ、凄く可愛い子だね。でも、どうしてゴスロリなの?」
「あの人、ヒルダって言って、『会社』で働いてる人なんだ」
「ふうん、サエキさんの同僚なのね」
ヒルダ、サエキと一緒に部屋に入ってくるなり、ローハンに駆け寄って抱きつく。
「ローハン、会いたかった!」
ヨウコ、ローハンの腕をつかんで引き離す。
「すいません。これ、うちの夫なんですけど、触らないでもらえますか?」
「あなたが例の女ね。ローハンが無理やり好きにさせられてる……」
「無理やりって……」
「無理やりでしょ? 今日はね、ローハンを救出に来たの」
サエキが呆れた声を出す。
「何をわけのわからないこと言ってるんだよ。よくこっちに来る許可が取れたな」
「ガムはなんにも言わなかったわよ」
ヨウコ、ヒルダを睨む。
「なんなのよ、この女は? ローハン、何か言ってやってよ」
「ヒルダ、久しぶりだね」
「そういう意味じゃないでしょ? 馬鹿ねえ」
ヒルダ、ヨウコに顔を突きつける。
「私とローハンは散々愛し合った仲なのよ。それなのに、こんな太古の昔に島流しにされて、なんの魅力もない現地の女と結婚までさせられてさ。ひどすぎるとは思わない?」
「なんで私に同意を求めるのよ? ……ローハン、もしかしてこの人、昔のセフレの一人?」
「……うん。ごめんね、ヨウコ」
ヨウコ、今度はサエキを睨む。
「どうしてサエキさんの『会社』でこんな人が働いてるの? 346年前まで追ってくるなんて、立派なストーカーじゃない」
「それがさ、困ったことにこの人、百万人に一人の天才なんだよ。特にAIのプログラミングにかけては右に出るものはいないんだ。手放せない人材なの」
「……もしかして自分でプログラミングしたロボットにちょっかい出してるの? 変態?」
ヒルダ、ふくれる。
「私はちょこっとしか関わってないわよ。それに、そのAIがローハンだなんてちっとも知らなかったんだもの。まさかサルバドールのボディに入ってるなんてびっくりでしょ?」
サエキ、ため息をつく。
「ヒルダは男癖が悪いから、ローハンの事は隠しておいたんだよ。結局完成してから捕まっちゃったけどさ」
「失礼ねえ。それまではロボットに手を出したことなんて一度もなかったでしょ? 後からガムに聞くまで、ローハンが人間じゃないなんて夢にも思わなかったんだから。こんなにいい男、どこを探してもいないわよ」
「いないからって略奪しにくることないでしょ? それにあんた、なんでそんな格好してるのよ?」
ヒルダ、自分の着ているゴスロリ衣装を眺める。
「タダスケに聞いたのよ。この時代に相応しい服装はこれだっていうからさ」
「どこの馬鹿よ、そのタダスケってのは?」
「そこにいるじゃない」
ヒルダ、サエキを指差す。
「……サエキさん? 下の名前、タダスケなの?」
「なんだよ。俺の名前まで気に入らないのか?」
「こういうのが趣味なのね。なんとなく分かるわ」
ヒルダ、くるりと回って見せる。
「似合うでしょ? タダスケ、今度会うときにはこれ着てあげるわね」
「もしかして、サエキさんもこの人のセフレなのね?」
「ヒルダとは年に数回、仕事の後に会うぐらいかなあ? セフレとは言わんだろ?」
「信じられない。24世紀ってどうなってるのよ?」
「三世紀前の古代人にとやかく言われたくないわね。いくらプログラムされてるからって、こんな女に縛られてちゃ、ローハンがかわいそうだわ」
リュウがおずおずと口を挟む。
「お取り込み中すみません。あの、まるであなた方がローハンはロボットだと言ってるように聞こえるのですが……」
ヒルダ、不思議そうにリュウを見る。
「ローハンはロボットよ。知らなかったの?」
「ロボット? ヨウコ様の夫がロボット? そんな……あれ、じゃあ、お嬢様は一体?」
サエキ、リュウの背中を押す。
「気持ちはわかるが、お前がいるとややこしくなる。外の見回りでもして来い」
「は、はい……」
複雑な表情で部屋を出て行くリュウを、ヒルダが見つめる。
「誰よ、あの子? かわいいわね。後で紹介して」
「あれはやめとけ。ローハンを助けに来たっていうのはどういう意味だ? どうせろくでもないこと、考え付いたんだろ」
「そうそう、本題に入るわね。今日はローハンに、その馬鹿げたプログラムを回避する方法を教えてあげようと思って来たの」
「『ヨウコちゃんを一生愛する』プログラムだろ? それは不可能だよ。無理に取り除いたらローハンを壊しちゃうぞ」
「私がやるんじゃないわよ。例のチップのおかげで、ローハンには設計された時点で予期されてた以上のパワーがあるわけよね」
「予想以上なんてもんじゃないよ」
ヨウコ、驚いた顔でヒルダを見る。
「この人、そんな事まで知ってるの?」
「チップを調べたチームの一員なんだよ。なんせ天才だからはずせないだろ?」
「そのプログラム、ローハン側からなら無効にできるのよ。今のローハンなら簡単だと思う。やり方を教えるわね。ファイルを送るわ」
ヨウコ、ローハンの腕を引っ張る。
「ローハン、こんな女から変なモノもらわないでよ。おかしな病気がうつるわよ」
ローハンが目をつぶる。
「……これがそのプログラム? これのせいで俺はヨウコの事、好きになっちゃってるわけ?」
「どこにあるのかわかるかしら? かなり深いところだけど」
「ふうん。これが消えれば俺はヨウコに興味をなくしちゃうんだね?」
「そうよ。そしてあなたは晴れて自由の身になれるってわけ。ほら、さっさとやっちゃいなさい」
サエキ、鼻で笑う。
「このローハンがヨウコちゃんを忘れるようなことするわけないだろ? お前こそさっさと帰れよ。無駄足だったな」
「いいや、サエキさん、俺、興味あるよ。試してみようかな」
ヨウコ、愕然としてローハンの顔を見上げる。
「ローハン? 何言ってるの?」
「自由の身っていい響きだろ? プログラムに縛られてるなんて、ロボットみたいじゃないか」
「ローハン、どうしたんだよ? お前はロボットなんだよ?」
ローハン、にっこり笑う。
「もう済んだよ。なるほど、簡単だった」
ヨウコ、うろたえてサエキにしがみつく。
「サエキさん! なんとかして!」
ローハン、ヒルダに歩み寄り、腰に手を回すとゆっくりとキスする。
「ヒルダは相変わらず、いやらしいチュウが上手だね」
「戻ってきてくれる?」
「ううん、今のはお別れのチュウ。ヒルダはかわいいから、きっといい男が見つかるよ。ちっともかわいくないけど、俺にはもう奥さんがいるからね」
「ローハン?」
「本当のこと言うとね、あのプログラムだったら半年ほど前に消しちゃったんだ」
サエキが驚いた声を上げる。
「はあ? 消した? 半年前だって?」
「いろんなところに張り巡らせてあって、何かしようとするたびに俺の邪魔をするからさ、鬱陶しくなって消しちゃったんだ。今ヒルダに聞くまで、なんのプログラムだったのか気が付かなかったよ」
ヨウコ、涙目で怒鳴る。
「ローハンの馬鹿!」
「ごめん、泣かないでよ。ちょっとヨウコをからかおうと思っただけなんだよ。脅かしすぎちゃった?」
「やりすぎよ!」
ローハン、ヨウコを抱きしめる。
「ねえ、ヨウコ。俺がヨウコを好きなのはね、俺がヨウコを好きだからだったんだ」
「……意味がわかんないんだけど」
「つまり、プログラムで強制されてるからじゃなくて、俺が俺の自由な意思でヨウコを愛してるってこと。今まで半年間も気づかなかったなんて、俺もうっかりしてたなあ」
「うっかり過ぎるでしょ! プログラムを消したとき、なんともなかったの? 私の事、嫌いになったりしなかった?」
「うーん、そういえばその後に、あれ、ヨウコって思ってたよりも性格悪いなあ、とか、こんなにブスだったっけ、って思った記憶がある」
「ひどい」
「嘘だよ」
サエキ、ヒルダの方を向く。
「ほら、ヒルダ、お前はお邪魔なんだから帰りなさい。ガムには何も言わないでおいてやるから」
「ローハンの馬鹿。後で泣いても知らないわよ」
「恋愛はあっちでだけにしとけ。男は足りてるんだろ?」
「わかったわよ。帰るわよ。今度戻ったらタダスケに付き合ってもらうからね」
「おい、どうして俺の借りになるんだよ?」
ローハン、ヒルダに笑いかける。
「ヒルダ、ありがとう」
「お礼を言われる筋合いはないでしょ。お幸せにね」
ヒルダ、肩をすくめると部屋から出て行く。
「嬉しいなあ。俺、本当にヨウコの事、好きなんだ。ヨウコもあのプログラムの事、ひっかかってたんだろ?」
「うん。でも、もしローハンが私の事を嫌いになっちゃってたら……」
「……なってたら?」
「サエキさんにでもガムさんにでもお願いして、また私の事を好きになるようにプログラムし直してもらうつもりだったわ」
「前に、『ローハンが自由に恋愛ができるようにしてあげて』なんて、健気な事を言ってたじゃないか?」
「あれは大昔の話でしょ? 今はもう、あんたを誰にも渡すつもりはないからね。洗脳でも何でもしてやるわ」
「俺って愛されてるんだなあ」
ローハン、ヨウコをぎゅっと抱きしめる。
「今日のヨウコちゃんは過激だわ。俺もお邪魔みたいだからスーパーに行ってくるよ」
サエキ、笑いながら部屋から出て行く。




