ニンゲンモドキ、引き取ります
トニーのカフェの前にヨウコが立って周りを見回している。しばらくして角を曲がってローハンが走ってくる。
「ごめん、待たせちゃったね」
「ちょうど昨日の出来事は夢だったのかと疑い始めてたところよ。タイムマシンの故障?」
「そんなモノないよ。ヨウコはドラえもんの見過ぎだね。俺たちは『穴』を抜けて来るんだ」
「……なんで時間を自由に行き来できるのに遅刻するのよ?」
「自由になんて無理だよ。俺達の時間と繋がってるのはこの時間だけなんだよ。俺の時代から見ると約346年前になるんだけどね。お互い、時間の流れが一定じゃないんで、ちょこっとだけ誤差があってね。急いで来たつもりだったんだけど遅れちゃった」
「ややこしいなあ。後で図に描いて説明してね」
ローハン、心配そうにヨウコの顔を覗き込む。
「ヨウコ、顔色悪いけど大丈夫?」
「うん。あんまり眠れなかっただけだよ。平気だから、カフェに入ろ」
カウンターにコーヒーを注文しに来たヨウコ達に、トニーが話しかける。
「今日はヨウコが待ってたわね。誰にもナンパされてなかったけど」
「ヨウコは俺だけのタイプだからね」
「その言い方、ひっかかるなあ」
ヨウコとローハン、席に着く。
「で、頭の傷は治ったの?」
「うん、きれいにしてもらった。ウサギさんにはずいぶん叱られちゃったよ」
「誰よ、ウサギさんって? ほら、見せて」
ヨウコ、ローハンのうなじの髪を持ち上げて覗き込む。
「ほんとだ。どこ切ったのか全然わかんないや。生え際きれいねえ」
ローハン、赤くなってじっとしている。
「俺、今日からヨウコと一緒に暮らすつもりで来たんだけど、いいのかな?」
ヨウコもつられたように赤くなる。
「そりゃ、そういう事になるわよね。うち、狭いけど構わない?」
トニー、うきうきとコーヒーを持ってくる。
「はい、ラテ二つね。仲良くやってるみたいで、よかったわ」
「トニーのおかげだよ」
「まあ、じゃあ、お礼にチュウしてもらおうかしら」
ヨウコ、トニーを睨む。
「トニー、やめてよ」
「あら、残念ねえ」
トニー、笑いながらカウンターに戻る。
「ねえ、ローハン。ちょっと聞いてもいい?」
「なに?」
「私の事、好きなのは本当なのよね? 誰かを好きになれって言われて好きになれるもんじゃないでしょ? どうなってるのか気になって」
「ああ、それなら簡単だよ。ヨウコの事を好きになるように最初からインプリントしてあるんだ」
「うわあ、重いなあ。つまり、無理やり私の事を好きにさせられてるんだよね?」
「そんな風に思ったことないけどなあ。ヨウコも気にしないでよ」
「自由に恋愛できないんでしょ? 嫌じゃないの?」
「どうして? 好きな人とずっと一緒にいられるなんて、こんなラッキーなことはないだろ? 普通はさ、なかなか巡り合えなかったり失恋したり、苦労の連続じゃないか」
「自分の話をされてるみたい。確かにそういう見方もできるね。あんまり深く考えないでおくわ」
「でも、ヨウコに好きだって言ってもらえるまでは、不安でしかたなかったよ。うまく行ったと思ったらフラれちゃったから、夜、会いに行こうと決めるまでつらくってさ」
「そうなんだ」
「本当はさりげなく近づいて、正体をバラさずに付き合って貰う予定だったんだ」
「最初から全然さりげなくなかったんですけど」
「ほんと? おかしいなあ」
「第一、正体をバラさずにずっと付き合えると本気で思ってたの?」
「うん。思ってた」
「あんた、かなり間抜けよね。昨日も口が滑ったんでしょ? 出会って二日目で疑われてどうするのよ。頭にコンピュータが入ってるんじゃないの?」
ローハン、ムッとする。
「やだなあ、コンピュータが入ってたらロボットだろ? 俺は人間だからちゃんと本物の脳みそが入ってるよ。でも、予算がたくさんあったから、調子にのっていろいろオプションのパーツも入れちゃったみたい」
「その時点で人間離れしてるわね。中に入ってる脳みそはどっからきたのよ。もしかして死んだ人から貰ったの?」
「まさか。新品だよ。ちゃんと培養したものです。中古の脳はいろいろ問題多いからね。ヨウコもやめといたほうがいいよ」
「培養って……。やっぱりお付き合いするの考え直すよ」
「ええ!」
ヨウコ、笑い出す。
「嘘だってば。そんな顔しちゃってかわいいなあ」
「かわいい? ちょっと待って、俺のどこがかわいいんだよ?」
「かわいいじゃない。かわいいところに惚れたのよ」
「確かヨウコが格好いいと思うタイプにしてもらったはずなんだけど」
「黙って立ってれば格好いいんだけどね。そんな動揺した顔されると、ますますかわいくてたまんないわ」
「ヨウコ? なんだか言うことが遠慮なくなってきたね」
「だって、私が何言ってもあんたは私の事を嫌いになれないんでしょ?」
「そうだけどさあ。ヨウコって人の弱みを見つけるの、うまいだろ」
「……ごめん、嬉しくて調子に乗りすぎた」
「嬉しいの?」
「うん……しばらく一人だったからね。誰かが一緒にいてくれるとほっとする」
ローハン ヨウコの肩を抱く。
「しばらくこうしててもいい?」
「うん。ねえ、昨日は言わなかったけどさ。ローハンってすごくいい匂いがするの。知ってた?」
「匂いもヨウコの好みに合わせてあるんだと思うけど」
「ふうん。気に入らないところがあれば返品してもいいのね? クーリングオフ期間ってあるの?」
「ええ!」
「また本気にしてる。かわいいなあ」
サエキがカフェに入ってくる。
「お取り込み中で悪いけどちょっといい?」
ヨウコ、慌ててローハンを突き放す。
「ヨウコ、痛いよ。そんなに激しく恥ずかしがらなくてもいいだろ?」
サエキ、ヨウコの隣に腰を下ろす。
。
「ローハン、コーヒー頼んできて。ラテね」
「はーい」
ローハン、立ち上がってカウンターに向かう。サエキ、ヨウコに小声で話しかける。
「ヨウコちゃん、本当にいいんだね?」
「何が?」
「ローハンと本気で付き合ってもらえるんだね?」
「もちろん、そのつもりだけど……」
「よかった。勝手に会いに行くわ、頭ん中見せるわ、ぜんぜん言うこときかないんだからな」
「ロボットなのに命令されてもきかないのね」
「ローハンはロボットじゃないよ。ああ見えてもあいつ、プライド高いから、昨日もかなり気にしてたよ」
「そうだった。すぐ忘れちゃうのよね。なんて呼べばいいのかな? ニンゲンモドキ? 人造人間? レプリカント? どうも昨日の頭の中身の印象が強くってさ」
「俺は本物の人間だけどさ、頭の中はローハンと同じようなもんだよ。24世紀じゃみんな頭蓋骨を開けやすいように何箇所か蓋がつけてあるんだ。俺の蓋はレトロなポルカドット柄なんだよ。見たい?」
「遠慮しとくわ」
「あいつはさ、作られたとはいえ人間なんだから、人間扱いしてやってよ。24世紀では人権だって認められてるんだからさ」
「人権まであるようなモノを私がもらっちゃっても大丈夫なの? いまさら返してなんて言われても嫌だからね」
「よかったよ。あいつとはまだ作られてからの三ヶ月の付き合いだけどさ。ほんといい奴なんだ。後悔はさせないよ」
「生後三ヶ月って若すぎない?」
「精神年齢も経験値もヨウコちゃんと同じぐらいに設定してあるはずだよ」
「でも、ずいぶん子供っぽいよ。無邪気って言うか」
「そりゃ、ヨウコちゃんのせいだ。ああいうのがタイプなんだろ?」
「それはそうなんだけど……」
ローハン、戻ってくる。
「どうしたの?」
「ああ、ヨウコちゃん、お前のこと、気に入ってんだな。昨日はどうなることかと思ったけど」
「うん。 ヨウコとは『一つ目の願い』が叶うまでは一緒にいなくっちゃね」
「叶うまで? ローハンが来てくれたから、もう叶ったことになるんでしょ?」
「ヨウコは一生幸せになりたい、って言ったんだろ? 覚えてないの?」
「そんなこと言ったっけ? 一生ってずいぶん気の長い話よね。サエキさん、途中で飽きたら交換してもらえるの?」
ローハン、サエキの腕をつかむ。
「出来ないって言って、出来ないって」
「からかわれてるんだよ。早く慣れろよ」
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しばらくしてサエキが立ち上がる。
「じゃ、俺は行くよ。ローハン、今日はもう何もやらかすなよ。頼むから普通に振舞ってくれ」
「サエキさんはもう来ないの?」
「毎日来るつもりだけど? 観光もしたいし。ヨウコちゃん、仕事なくって暇なんでしょ? 案内してね」
サエキ、立ち上がるとカフェから出て行く。
「あの人はなんなのよ?」
「俺の担当者だってば」
「それは聞いたけどさ、未来の人なんでしょ? なんでアキバ系なのよ? 未来でも眼鏡が必要なの?」
「眼鏡は伊達だよ。この時代の格好しないと怪しまれるだろ? サエキさんって凄い21世紀マニアだから俺の担当に選ばれたんだ。言葉だって全然違うし、こっちの人になりきるのはなかなか大変なんだよ」
「大変? 完璧じゃない。サエキって名前だけど日系なの? 24世紀にも日本はあるの?」
「国はないけど都市や大きな町はほとんど残ってるよ。ヨウコ、サエキさんが気になるの?」
「怪しすぎるからさあ」
「俺には質問しないくせに。妬けるなあ。俺ももうちょっと怪しくなろうかな」
「十分に怪しいからいいよ。あんたには後でゆっくり聞かせてもらうわよ。これからはずっと一緒なんだから」
ローハン、赤くなる。
「ヨウコは三時にお迎えだったね」
「あんまりのんびりできないね。車に乗ってこなかったし」
「車ならあるよ。ちゃんと間に合うから散歩にでも行こうよ」
「車、持ってるの? 無免許じゃないでしょうね?」
「こっちに来てからサエキさんと色々準備してたんだよ。免許も偽造したから心配しないで」
「偽造免許なんて余計に心配だわ。いつからこっちに来てたのよ?」
「二週間前から。ヨウコに会うのはもうちょっと先にする予定だったんだけど、おとといは俺が待ち切れなくなってこっそり抜け出しちゃった。ヨウコに逃げられたって言ったら、サエキさん、怒っちゃってもう大変」
ヨウコ、笑う。
「そりゃ、あんな不器用なナンパしてたってバレたら怒るわよね」
「告白するつもりじゃなかったんだけど、ヨウコを見たら言わずにはいられなくなっちゃった。結局はヨウコだって釣られたじゃないか。ねえ、いつ俺のこと好きだと思った?」
「本当言うと、おととい別れてから気になって仕方なかったんだ。思い出すと落ち着かなくって」
「やっぱり昨日は俺に会いに来たんだね」
「絶対に頭がおかしい人だとは思ったんだけど、それでも、どうしても会いたくなっちゃって。会えるとは思ってなかったけどね」
「そうだよな。あの本、返却してなかったもんな」
「なんでわかるのよ?」
「図書館の貸し出し記録にアクセスすればすぐにわかるよ」
「そんなことできるの? やだなあ。下手に嘘もつけやしない」