ヨウコ様のボディガード
数日後の晩、ヨウコとローハンとサエキが居間で雑談している。サエキ、何本もの三つ編みがぶら下がったローハンの頭に目をやる。
「その髪型、どうにかならないのか?」
「かわいいだろ?」
「ヨウコちゃんに遊ばれてるんだな。そろそろ切ったらどうだ?」
「ヨウコに髪結ってもらうの、気持ちいいからやだ」
「だからってアーヤの髪留め使うことないだろ?」
ローハン、急に真顔になる。
「サエキさん、誰か『穴』から出てきたよ。男の人だ」
「ガムがよこすって言ってたボディガードかもしれないな」
ヨウコ、驚いた顔をする。
「ええ? 私にボディガードなんてつけてくれるの? まるでVIP扱いじゃない」
「だからVIPなんだよ。ヨウコちゃんには人類の未来がかかってるんだぞ。自覚持てよ」
「俺が出てくるよ」
ローハン、立ち上がると早足で出て行く。
「24世紀から来る人って、みんなあのゲートから入ってくるわね。どうなってるの?」
「ゲートのすぐ横がちょっとした林になってるだろ? あそこのでかい木の根元のとこに『穴』があるんだ。この物件を選んだのもそれが理由なんだけどな」
「そうじゃないかと思った。あそこ、なんか不気味なのよね」
「わかった? 昔の祭祀のあとはよく『穴』のある場所と重なってるんだ。何かを感じるんだろうな。日本やイギリスなんかの歴史のある国だと、使える『穴』を探すのが大変だよ。『穴』の上に神社やら巨石が乗っかってるからな」
「なるほどねえ。って事はこの時代から江戸時代にもいけるんじゃないの?」
「理屈でいうとそうなんだけどね。残念ながら『穴』がうまく繋がらなくって駄目なんだ。24世紀から28世紀にも行けない。誰かがふさいじゃったのかもしれないな」
ローハンがすその長い服を着た若い男を伴って入ってくる。男、ヨウコ達に向かって深々と頭を下げる。
「アンドリュウです。初めまして」
ヨウコ、立ち上がる。
「うわ、格好いい! 24世紀って不細工な人はいないのね。日本人に見えるけど」
「日系です」
ローハンが戸惑った様子でサエキに話しかける。
「サエキさん。この人なんだけどさ……」
「どうした?」
「……『セカンドウイッシュ』の人なんだって」
「ええっ? 本当か?」
「何よ、それ?」
「ヨウコちゃんを神の使いと崇める宗教団体の一つだよ。正式名称を現代日本語に直すと、『ヨウコの尊きセカンドウイッシュの意思を継ぐ者たちの集い』って感じかな?」
アンドリュウが訂正する。
「『ヨウコ様の』ですよ」
「へえ、いろんな団体があるのね。で、そんなところの人が何の用なの? 勧誘?」
「『会社』からの依頼でヨウコ様のボディガードに参りました」
ローハン、サエキの顔を見る。
「そんなとこの人、よこすなんてどう思う? 『ヨウコ様』なんて言ってるし」
「ガムが凄いのを送るって言ってたのはお前の事か?」
「はい。恥ずかしながら南米では軍に入っておりましたので、十分に訓練は受けています」
「南米って……お前、テロリストだったの?」
「はい。ヨウコ様の教えに出会い、目を覚ましました」
ヨウコ、サエキにささやく。
「テロリストを改心させるなんて、私、何を教えたことになってるの? 24世紀にもテロリストがいるんだね」
「ガムたちの監視下にあるから、声明を出すばかりで何も出来ないんだけどな。仕方がないのでジャングルで軍隊ごっこをやってるんだ」
「そんなの退治しちゃわないの?」
「いろんな奴らがいたほうが世の中面白いだろ、ってガムが言うんだよ。多様性を残しとかないと人類は駄目になっちゃうんだってさ」
ローハン、アンドリュウを不思議そうに見つめる。
「この人、身体に電子部品が一切入ってないよ。珍しいな」
サエキがうなずく。
「テロリストは探知されたり乗っ取られたりするような部品は使わないんだよ。それでも身体を強化する方法はいくらでもあるからな」
「じゃあ、君は強いんだね? 責任もってヨウコを守れるの?」
「はい、ヨウコ様はこの命に代えてもお守りいたします」
アンドリュウ、期待に満ちた顔であたりを見回す。
「ときにヨウコ様はどちらにおいでですか?」
ヨウコ、手をあげる。
「はい、私です」
アンドリュウ、愕然とする。
「……あなたが……ヨウコ様?」
「ほーら、信じてない。彼の幻想をぶち壊しちゃったわね。かわいそうに、テロリストに逆戻りしなけりゃいいけど」
「ねえ、ヨウコ。もう帰ってもらったほうがいいんじゃないかなあ?」
「せっかく遠方から来てくれたんだから、コーヒーを入れてくるよ。私の教えじゃコーヒーは飲んでもいい事になってるのかしら?」
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ソファに座ってコーヒーを飲むアンドリュウに、ヨウコが話しかける。
「私、別に神様の使いなんかじゃないのよ。『じいさん』に住みやすい世の中にして、って頼んだだけなの。だからね、納得がいかなければボディガードなんてしてもらわなくてもいいのよ」
アンドリュウ、深く頭を下げる。
「さきほどは大変失礼いたしました。ヨウコ様をお守りすることは私の任務です。どうかここにいさせてください」
「まあ、好きにしてもらっていいけど、その『ヨウコ様』っていうのはやめてくれる?」
「は、はい。ヨウコ様のお言いつけとあらば……」
「それからさ、なんでワンピース着てるの? 妙に似合ってるんだけど、外で着てたら怪しまれるわよ」
「今日はヨウコ……さん……に初めてお目通りいたしますので、法衣を纏ってまいりました。もちろん勤務中はこの時代の衣服に着替えますのでご安心ください」
「ほうえ?」
「はい。新調したのですがお気に召しませんか?」
「あー……襟元のリボンがとても素敵だわ」
アンドリュウ、嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます」
ローハン、憂鬱な顔でアンドリュウを眺める。
「ヨウコ、本気でこの人、置くの? なんだかおかしいよ」
「おかしいのはあんたも同じでしょ? とりあえず客間を使ってもらえばいいよね。次にキースが来るまでに奥の部屋を片付けて移ってもらうわ」
「客間などと滅相もありません。よろしければ、今夜からヨウコさんのお部屋の外で待機したいのですが」
ローハンが口を挟む。
「それは駄目。夜はずっと俺と一緒だからヨウコは安全だよ」
「失礼ですがあなたは?」
「俺はローハン、ヨウコの夫だよ」
アンドリュウ、再び愕然とする。
「……ご結婚なさってるのですか?」
サエキが苦笑いする。
「こいつらの聖典によれば『ヨウコ』は生涯独身を通したことになってるんだよ。ガムも意地が悪いな」
「いえ、現実は少し違うようですね。ガムランにも覚悟するように言われました」
「君には非常時に助けてもらえればそれでいいんだよ。敷地内は24時間モニターされてるからね」
「それじゃ普段は暇になっちゃうわね。うちの子たちの遊び相手でもしてもらおうかしら」
アンドリュウ、腰を浮かせる。
「お子様? ヨウコ……さん、にお子様が?」
「二人いるんだけど、何か? もう寝てるから明日の朝紹介するわね」
サエキ、また苦笑する。
「『ヨウコ』は穢れを知らぬ処女のまま世界を救うために死んだんだよ。これ以上、ショックを与えてやるな。かわいそうになってきた」




