タトゥーとエクステンション
一週間後 元の身体に戻ったローハンが嬉しそうにキッチンに入ってくる。
「ヨウコ、ただいま! 元通りにしてもらったよ」
ヨウコ、ローハンを唖然とした顔で見上げる。
「それ……なに?」
「せっかくだからイメチェンしてみた」
「なんでそんな短期間に長髪になってるのよ? みんなに怪しまれるじゃない」
「エクステンションだって言えばいいだろ。仕事の関係で」
「なんの仕事よ? あんた、プログラマーじゃなかったっけ?」
「似合わない?」
「……似合ってるけど」
「気に入らないみたいだから切っちゃうね」
「エクステンションってことでいいかな」
サエキが呆れた顔をする。
「お前ら、どうしていつもそうなんだよ? 素直に再会を喜べよ」
「俺の髪見てドキドキしてるくせに照れちゃってさ」
ヨウコ、ローハンを蹴飛ばす。
「痛い!」
「補強してもらったんでしょ?」
「だからって蹴られたら痛いってば!」
「他に変なことしてないでしょうね?」
「あ、ほらほら、タトゥー入れた」
ローハン、ヨウコに二の腕を見せようとする。
「げ、 『アイ・ラブ・ヨウコ』とか彫ってあるんじゃないでしょうね」
「違うよ。ほら、相合傘だよ」
「今すぐ消しなさい」
「ええ? せめて一週間だけおいといちゃ駄目かなあ」
ドアが開いてキースが入ってくる。
「ローハン、お帰り。髪の毛、伸ばしたんだ。なかなか似合ってるよ」
ローハン、キースを睨む。
「外のピッカピカのフィアットはお前のだな? 俺の留守中にまたヨウコにチュウしに来たのか?」
「忘れてた。ヨウコさん、チュウしよう」
「俺もまだなのに遠慮しろよ」
「ボディガードに来てあげてたのに、感謝してもらってもいいだろ? まだ狙われてるかもしれないのに、こんな犬だけじゃ無用心だ」
ウーフ、上目遣いでキースを睨む。
「キースは嫌いだ」
「気を悪くしたならあやまるよ。ごめん、ウーフ」
ヨウコが割って入る。
「まあいいじゃない。ローハンとサエキさんがいなかった時にも、何度も様子を見に来てくれたのよ」
サエキ、不思議そうにキースを見る。
「お前、仕事はちゃんとしてるのか?」
「今だって仕事中です。失礼ですね」
「俳優業のほうだよ。最近よく遊びに来るからさ」
「今、こっちで撮影してるんですよ。最近、野外の撮影はこの国でやることが多いんです。自然が雄大だし、撮影コストも節約できるんで、映画業界では人気なんですよ」
ローハン、疑うような顔でキースを見る。
「観光協会の回し者みたいだな。お前がこっちで撮影するように仕向けただけの話だろ?」
サエキ、怪訝な顔をする。
「それにしちゃ、暇そうだな。以前は撮影中にもTVの収録やらイベントやらで飛び回ってたじゃないか」
「映画以外の芸能活動はお休みしてるんです。タブロイド紙は読まないんですか? いろいろ憶測されてて面白いですよ」
「そんなの読まないよ」
「アニメ雑誌しか読まないのよ。サエキさんは」
「ヨウコちゃん、俺にまでその態度なのか?」
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同日の午後 外で干草を積み上げているローハンをキースが眺めている。
「忙しそうだね」
「あの身体で家の周りをうろうろするわけにはいかなかったからね、外での仕事がたまっちゃったんだ。キースこそ何してるの? 今日はヨウコを付け回してないんだね」
「外の空気を吸いたくなったんだよ」
「ヨウコに何か言われたんだろ?」
「自分がこんなに打たれ弱いとは思わなかったよ」
ローハン、作業を止めて、キースを見つめる。
「あのさ、お前、ヨウコが好きなの?」
「知ってるんだろ?」
「そりゃキースを見てりゃわかるけどさ、お前の口からはっきり聞いたことがなかったから」
「君はヨウコさんの夫だからね。そんなこと、面と向かって言わないさ」
「ふうん……。しばらく中に入りたくないんだろ? 暇なら手伝ってよ」
「いいよ」
「そんなきれいな服着てちゃ汚れちゃうかな。高いんだろ?」
「もらい物なんだ。気にしなくっていいよ」
キース、納屋に立てかけてあったフォークを持ってくる。
「全部手作業なんだね」
「うちは家畜と言っても馬とロバと羊が三頭だけだからね。あとは家庭菜園しかないから手作業で十分なんだ。ヨウコはうちほど機械化が進んだとこはないって言うんだけどさ。嫌味だろ?」
「なるほどね。……ところで君のかぶってる帽子なんだけど」
「これ? 面白いだろ」
ローハン、帽子を脱ぐとキースに向かって投げる。キース、帽子を受け取って広げて眺める。
「おかしな形だな」
「ウツボカズラに似てるって思わなかった?」
「思ったよ」
「それ、ヨウコの手編みなんだ」
「……そうなんだ」
「へたくそだろ?」
「酷いもんだな」
「羨ましいくせに」
「別に」
「お前にも編んでもらってやろうか?」
キース、顔を上げる。
「いいの?」
「ほら、やっぱり羨ましいんじゃないか」
キース、無表情でフォークを干草に突き立てる。
「これ、全部ここに積み上げればいいんだな?」
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夕食後 ヨウコとローハンとルークの三人がソファに座ってテレビを見ているところにキースが入ってくる。
「久々の家族団らんだった? 邪魔しちゃ悪いかな」
「変な遠慮しないでよ。キースもうちの家族の一員じゃない」
ローハン、不機嫌そうにキースを見る。
「パソコンが一台増えたってことにしといてやるよ」
「ちょうど映画が終わったとこなんだ。アクション映画なんて久々に見たわ」
「ヨウコさん、アクション映画好きだったっけ?」
「うん、嫌いじゃないよ。勧善懲悪で気分が晴れるしね。馬鹿馬鹿しいのも多いけどさ」
ルークがキースを見上げる。
「スーパーコンピュータは面白くない映画にしか出てないもんね」
「面白く……ない?」
「子供にとってって意味だから気にしないで。キースの出てる映画って、恋愛モノとかサスペンスが多いでしょ? ルークも失礼なこと言っちゃ駄目じゃない」
「どうしてカッコいい役やらないの?」
「カッコいいって例えばどんなの?」
「カッコいいといえばスーパーヒーローに決まってるだろ」
「僕のイメージじゃないなあ」
「そうよ。全身タイツのキースなんてさあ……」
ローハン、顔をしかめる。
「見たくないな」
「……見たいかも」
「ヨウコ、妄想はやめなよ。絶対に似合わないってば」
「でも、アクション映画には一度も出たことないでしょう? どうしてなの?」
「オファーは来るんだけど気に入るのがないんだよ」
ルーク、目を輝かせる。
「出て欲しいなあ」
「うん。キースのアクション、見てみたい」
「スタントマンを使うのもやなんだよ。自分でやれば完璧に出来るのに、普通の人のフリしてなきゃならないのは辛いだろ」
ヨウコ、呆れた声を出す。
「ちょっと我慢すりゃいいことじゃない。相変わらずわがままだなあ」
「わがまま?」
「ヨウコ、本人が嫌だっていうんだからほっとけよ。ルークにカッコ悪いと思われたって、別にたいしたことじゃないだろ?」
ルーク、ローハンを見る。
「おとうさんももっとカッコよかったらいいのになあ」
「ええ? 俺は十分カッコいいだろ? 修理が済んだとこだしピカピカだよ」
「でも、ロボットなのにロボットらしいこと何もしないじゃないか。レーザー光線とかロケットパンチぐらい出せればいいのに」
「駄目よ。そんな危ないモノが隣にいちゃ熟睡できないでしょ? ローハンも本気で悩まないの。ほら、ルーク、もう寝る時間よ」
「ええ、もう? おとうさん、せっかく戻ってきたんだから、寝る前に少しだけゲームしようよ」
「じゃ、ちょっとだけね」
「だーめ。映画、最後まで見せてあげたでしょ。ローハンもルークに甘すぎよ」
「はーい」
ルーク、部屋から出て行く。
「聞き分けがいいんだね」
「ヨウコに逆らっても無駄だってよく分かってるんだよ」
「そんなのキースの前で言わなくってもいいでしょ」
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同日の晩 サエキがテレビを見ているところにキースが入ってくる。
「ねえ、前から不思議に思ってたんだけどさ。お前とローハンってどうして二人だけの時も人間みたいに会話してるの? 機械同士だろ。まどろっこしくないのか?」
「この家の規則なんですよ。知らなかったんですか?」
「ヨウコちゃんが決めたの?」
「緊急時以外はそのようにせよ、ってお達しです。僕は気に入ってますけど」
「守らないと叱られるんだな。ヨウコちゃん、怖いからな」
「ねえ、サエキさん。実際のところ、どう思ってるんですか?」
「何の話?」
「脳天気なローハンや何にも知らないヨウコさんはともかく僕は騙せませんよ」
「そうか」
「陰謀の匂いがする。僕はそういうの大好き」
キース、サエキの隣に腰を下ろす。
「ヨウコちゃんの正体を知ってるのって、ほんの数人なんだよな。俺とガムと上の方の人間が何人か」
「じゃ、どこから漏れたのかすぐ分かるでしょ?」
「今回の犯人からは手がかりは得られなかった。誰がなんの目的で情報を漏らしたのかさっぱりわからないんだ」
「イライラするなあ。僕は24世紀からは完全に遮断されてますからね。調べたくても調べようがないし」
「調査なんてお前がやることじゃないだろ?」
「21世紀は僕の管轄です。ヨウコさんをサポートするのもね。この時代でヨウコさんに狼藉を働くなんて許せませんよ」
「ヨウコちゃんが心配なのはわかるけどさ、ガムが調べてるから心配するなよ」
「ボディガードをつけた方がいいですね。ローハンとウーフじゃ力不足って意味じゃないですけど、今後何があるかわからないでしょ。僕がいられればいいんだけどな」
「ヨウコちゃんを守るのはお前の端末の仕事じゃないよ。俳優は俳優業に戻れ。俺がガムに相談してみるよ」
突然、パジャマ姿のヨウコが飛び込んでくる。
「サエキさん! ローハン、へそピアスしてるのよ。すっごく悪趣味な奴。ちゃんと見張っといてくれなきゃ困るでしょ」
ローハンがヨウコの後を追って入ってくる。
「俺があけたんじゃないって」
「そのうえ、キスマークらしきものが、いろんなところについてるんだけど」
「身に覚えがないってば。サエキさん、何か言ってやってよ」
「ローハンの身体、一週間もあっちに置きっぱなしだったからなあ。『会社』の女の子達に遊ばれてたみたいだな」
「どういう会社よ。商品の管理はどうなってるの? もしかして髪の毛もタトゥーもそういうこと?」
「実はそうなんだ」
「人の夫をおもちゃにして。ローハン、やらしいことして来なかったでしょうね?」
「俺はずっとこっちにヨウコといたじゃないか」
サエキ、笑う。
「タトゥーもピアスも元に戻せるからいいだろ? ヨウコちゃん、なんでローハンのへそなんて見てるんだよ。何かの最中じゃなかったの?」
ヨウコ、真っ赤になる。
「う、撃たれた穴がきちんとふさがってるか確認してたのよ。おやすみ」
慌てて出て行くヨウコを見て、ローハンが笑う。
「本当は最中だったんだ。照れちゃってかわいいでしょ」
ローハンもヨウコを追って出て行く。
「相変わらず仲がいいよなあ。うらやましいよ」
サエキ、はっとしてキースの顔を見る。
「……すまん、キース」
「サエキさんが謝ることじゃないでしょう。僕は週末からしばらくロスに戻らなきゃいけないんです。さっきの話、お願いしますね」




