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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第二幕
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『向こう側』のローハン

 ヨウコがお菓子とプリンを載せた盆を持って戻ってくる。


「話は終わったの?」

「うん、俺、これからヨウコからは五メートル以上離れないからね。お風呂も一緒に入ろう」

「鬱陶しいなあ」

「だってヨウコを守るのが俺の役目なんだろ? 再会の感動はもう冷めちゃったの?」

「嘘だってば。でもローハンとさえ一緒にお風呂に入ったことないのに、あんたとは嫌よ」

「俺はローハンだろ?」

「中身も外身もローハンじゃなきゃやだよ。せめてもっといい男だったら考えたけど、全然タイプじゃないんだもん」

「仕方ないだろ。借りれる身体が他になかったんだから。女の人とか動物ならあったんだけどさ」

「うえ、考えたくもない」

「ヨウコと熱い夜を過ごそうと思ってたのに、もしかしてそれも駄目?」

「私、肋骨にひびいってるからパス。完治するまでパスね」

「じゃあ元の体に戻ったら、お風呂に一緒に入ってくれるの?」

「仕方ないなあ。入ってあげるから、背中を流してよ」

「やったあ!」


 サエキ、不思議そうな顔でヨウコ達を見る。


「もしかしてお前ら、今まで一緒に風呂に入ったことがないのか? 夫婦だろ?」

「サエキさん、聞かないでよ。話せば長くて悲しい物語なんだ」

「あんたがスーパーロボットだったって話も聞いたのね?」

「うん、俺って凄いんだなあ」

「自分がロボットだって分かったときみたいに大騒ぎするかと思ったのに」

「おかげでヨウコを守れたんだから感謝してるよ。それに俺がロボットでよかった。人間だったらサエキさんみたいにオロオロするばかりで何も出来なかったと思うよ」

「オロオロはしてないだろ? カーチェイスしながら軍事衛星をハッキングするなんて俺には無理だよ」

「俺が何者であろうとヨウコの俺への愛は揺らがないんだよ」

「はいはい。えらく自信をつけたのね。あーあ、早く元のローハンに戻らないかなあ。この顔、どうしても慣れないのよね」


 サエキ、笑う。


「俺にはすごく揺らいでるように見えるけどなあ」


 ヨウコ、ポケットに手を入れると小箱を取り出す。


「これは何? さっきくれたでしょ」

「24世紀からのお土産だよ。開けてみてよ」


 ヨウコ、箱を開けて、銀色のチェーンをつまみ上げる。


「あ、ペンダントだ。きれいだね」

「それは『守護天使』をあらわすシンボルなんだって。翼が三つ組み合わさってるだろ?」

「なんで三つ? 『天使』には羽が三つついてるの? バランス悪くて飛びにくそうね」


 サエキが笑う。


「誰が考えたのか知らないが、昔からそういうデザインなんだよ。『天使』の三つの徳をあらわしてるとか、『天使』は三人いるとかいろんな説があるけどな。まあ、『守護天使』の正体がなんであれ、本当に翼が生えてるとは思えないけどな」

「ぴっかぴかなのね。未来のハイテク合金で出来てたりする?」

「そんなもん、持って来れるはずないだろ? ただの銀だから温泉に入れるなよ」


 ヨウコ、ローハンを見上げる。


「ありがとう、ローハン。未来からのプレゼントをもらうなんて感動だなあ。つけてみていい?」

「うん、気に入ってくれて嬉しいよ」


 ローハン、ヨウコの首にペンダントをぶら下げる。


「俺も未来からのプレゼントなんだけどなあ。覚えてくれてる?」

「そうだったっけ? じゃあ後で身につけてみようかな」

「今がいいなあ」


 サエキ、アーヤを抱いて立ち上がる。


「ヨウコちゃん、その身体、嫌だって言ってたのに? 俺とアーヤは出て行くから、ゆっくり試着してくれていいよ」


        *****************************************

   

 ヨウコ達の寝室でヨウコとローハンがベッドに横たわって話している。


「その身体、ずいぶん色白なのね。未来じゃそういうのが人気なの?」

「別に色白が人気なわけじゃないよ。量産タイプって言っても、肌や髪の色はオプションで選べるからさ」

「なるほどね。ほかの身体に入っちゃうってどんな気分?」

「自分じゃそんなに違和感ないんだよ。ヨウコは慣れてきた?」

「だってしゃべり方以外は何から何まで違うんだもん。若い子に手を出しちゃったみたいで落ち着かないよ。それにやっぱりローハンの方が抱かれごこちがいいや」

「俺のありがたさがやっとわかったみたいだね。一週間だけだって割り切って、若い男との逢瀬を楽しんでみたら?」

「今日からはまた隣にローハンがいるんだね」

「うん。これからはずっと一緒だよ。来週一泊する以外はね」


 ローハン、ヨウコを見つめる。


「ねえ、ヨウコ」

「なに?」

「俺さ、攻撃衛星をハッキングしただろ?」

「うん。ものすごいレベルのセキュリティを破ったって聞いたよ」

「あの時、俺、無我夢中だったから自分でも何をやったのかよくわかんないんだけど……」

「おかげで助かったね。ありがとう」


 ヨウコ、ローハンに寄り添うと背中に手をまわす。ローハン、笑ってヨウコにキスする。


「それ以来、俺にはいろんなモノが見えるようになったんだ」

「いろんなモノって霊でも見えるの?  私、そういう話、駄目なんだ」

「そんなんじゃないよ。説明しにくいんだけどさ、俺やキースがいるのってね、ここだけじゃないんだ」

「やっぱり気持ちの悪いこと言ってる」

「『サイバースペース』って言葉、聞いたことあるだろ?」

「SFモノによく出てくるね」

「俺たちはそっち側の世界の住人でもあるわけ」

「インターネットの中ってこと?」

「インターネットだけじゃないよ。電話や通信衛星の通信網とかさ、とにかくこの時代にあるネットワークぜーんぶひっくるめた場所なんだけどね。俺達はオフラインの端末や独立したネットワークにだって入り込めるから結構広いんだ」

「そこに時々遊びに行ってるの?」

「ううん。俺はいつだって向こう側にもいるんだよ。俺もネットワークの一部だからね」

「二つの世界に同時にいるってこと? もしかして私と出会った時からそうだった?」

「うん。最初からそうだよ」

「人間は『サイバースペース』に入れるの?」

「機械やソフトの助けを借りれば入ってる気分にはなれるかな。でも、俺たちAIみたいにはいかないよ」

「それなのに自分が人間じゃないって気づかなかったの?」

「だって人間にはこんなことが出来ないなんて、最近まで知らなかったからさ。俺、いろんなオプションのパーツ、入れてもらっただろ? だからそのせいだって信じ込んでたんだ」

「間抜けだなあ。で、その『サイバースペース』ってのはどんなところなのよ?」

「人間の五感では言い表せないからなあ、ヨウコに説明するのは難しいよ」

「じゃあ、説明はいいや。ただでさえ説明下手だもんね。そこでローハンは何やってるの?」

「見てるんだ」

「見てる?」

「いろんなモノが見えるようになったって言っただろ? 急に見通しが良くなってさ、今までは見えなかったものがよく見えるんだよ。だからここでぼんやり情報が流れてくのを眺めてるんだ」

「土手に座って川の流れを見てるみたいな感じかしら?」

「うん、そんな感じだよ。今じゃ自分が人間じゃないってのもよくわかるよ。俺の頭脳を構成してるパーツやプログラムの一つ一つもはっきり見えるんだ。脳みそなんてどこにも入ってなかったよ」

「やっと諦めがついたってことかしら」


 ローハン、苦笑いする。


「まあね」

「それで、その情報を眺めてどうするのよ?」

「どうもしないよ」

「何もしないで見てるだけなの?」

「今はまだね。俺は待ってるんだ」

「何を待ってるの?」

「わかんない。でもここで待ってなきゃいけないんだ。それだけははっきりわかってる」

「あんた、ますますおかしくなってきたわね」


 ローハン、ヨウコに顔を近づける。


「やっぱりおかしいよね。ねえ、俺、変わっちゃったのかな?」

「おかしいのはいつもの事でしょ? それに二十歳過ぎにしか見えない金髪王子にそんな質問されても困るんだけど」

「それはそうだね」


 ローハン、笑うとヨウコを抱き寄せる。


「いてて、そんなに強く抱いたら肋骨が痛いってば」

「ごめん、ヨウコ」

「気をつけてよ」

「さっきは肋骨のことなんて忘れてたのにね」

「変なこと言わないでよ。ローハン、ずいぶん気を使ってくれてたじゃない」

「あんな壊れ物を扱うようなエッチは初めてだよ。ヨウコ、全然動かないし」

「動けないんだから仕方ないでしょ。マグロがいやならあと一週間待つのね」

「いやじゃないからもう一回しようよ」

「駄目よ。そろそろルークを迎えに行かなくっちゃ」

「もうそんな時間か。俺が迎えに行こうか? ルークにも会いたいや」

「だって見た目が違うじゃない。保護者じゃない人が連れて帰ったら通報されるわよ」

「ヨウコが学校に連絡しといてくれれば問題ないんだろ?」

「こんなアイドル歌手みたいなのが迎えに行ったら、またへんな噂が立つでしょ。諦めて家で待っててよ」

「それじゃあ……」


 ローハン、急に黙る。


「どうしたの?」

「サエキさんから通信だよ。ルークを迎えに行ってくれるってさ。アーヤも連れて夕飯の買い物してくるからごゆっくりって」

「あの人、変なところで気を使うんだから」

「人の好意を無駄にしちゃいけないよ」


 ローハン、起き上がるとヨウコにそっとキスする。


「夜まで待とうよ。なんだか疲れちゃった」

「嫌だ。今がいいの」

「あんたには性欲なんかないんでしょ?」

「なくってもヨウコが抱きたいんだよ」

「年下に駄々こねられてるみたいだわ」

「どうしても駄目?」


 ローハン、悲しそうな顔をする。


「顔が違うのに表情は同じなのね。あんたにその顔されると、どうしても断りきれないのよね。参るなあ」


        *****************************************


 ローハン、ヨウコに毛布をかけると自分もヨウコの隣に寝転ぶ。


「ヨウコ」

「なに?」

「嫌がってた割には反応がよかったね」


 ローハン、ヨウコに睨まれるが、気にせずに笑う。


「ヨウコの怒った顔を見ると家に戻ってきたって実感がわくよ」


 ローハン、満足そうに目をつぶると鼻歌を歌いだす。


「その曲、どこで覚えたの? よく口ずさんでるでしょ?」

「……わかんないや。最初から知ってたような気がするんだ」


 ヨウコ、笑う。


「その曲だったのね」

「何が? 嫌いなの?」

「ううん。いい曲ね。どんな歌詞なの?」

「聞きたい?」

「うん」


 ローハン、上半身を起こすと静かに歌いだす。


「あーりゃ きるん おーいん だー、 りーじん ほーりゃ おーいん だー、とんじぃ うーるら ありむみら、あーりゃ きるん おーいん だー。……三番まであるけど全部聞きたい?」

「……もういいよ。最後まで歌ったら変なものが召喚されそうで怖いわ。それ何語なのよ?」

「知らないよ」

「意味は?」

「それも全然わかんない。でもね、いつかきっと理解できる日がくるんだ」

「いつかっていつ?」

「ずっとずっと遠い未来」


 不思議そうな顔のヨウコに見つめられて、ローハンが首を傾げる。


「でもそれはありえないな。俺、ヨウコと同じ日に老衰のフリして死ぬことに決めてるから」

「ええ? ローハンまで死ぬことないでしょ?」

「一緒に死にたいんだよ。生まれ変わったらすぐにヨウコを見つけなきゃならないから」

「生まれ変わりなんて信じてるの? 機械のくせに?」

「それ以外にずーっとヨウコと一緒にいる方法を思いつかないんだよ。だったらどんなに小さな可能性でも信じるしかないだろ?」


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