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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第二幕
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ローハンの秘密

 居間 ローハンがヨウコからアーヤを受け取る。


「アーヤ、元気だった? おとうさんを覚えてる?」

「どう見たって違う人じゃない。声だって違うしわかんないって」


 サエキがおかしそうに笑う。


「大丈夫。お前が誰なのかわかってるよ。また会えて喜んでるんだ」

「アーヤは賢いんだなあ」

「エンパスって赤ちゃんの気持ちもわかるのね。どうりでサエキさん、アーヤをあやすのが上手なわけだわ」

「いいパパになる自信はあるよ。チャンスがあればの話だけどな。さて、大事な話をしちゃおうか」

「そうしてちょうだい。でもその前に眼鏡をかけてよね。サエキさんまで顔が違うと落ち着かないわ」

「どうして俺の顔が気に入らないんだ?  生まれつきの顔としちゃかなりのもんだと思うぞ」


 サエキ、ポケットから取り出した眼鏡をかける。


「まず、この間の騒ぎなんだけど、ローハンにはお咎めなし、だってさ」

「当たり前じゃない。加害者はあっちでしょ?」

「そうは言っても、21世紀にあることは極秘になっていた攻撃衛星を無断で使ったんだからな。他ならぬ『二つ目の願い(セカンドウイッシュ)のヨウコ』救出のためでなければ、処分の対象になるところだったよ」

「なんであんな危険なものがこの国の上空にあったのよ?」

「ガムに聞いたら、『邪魔になるもんでもないしいいじゃん』だって」

「もしかしてあれ一つだけじゃないのね?」

「それも聞いたら『三百個ぐらいかなあ』って目を合わさずに言ってたから、もっとあるんだろうな」

「何に使う気なのよ?」

「今回のは軍事衛星と言っても低出力の使い捨てレーザー砲だったんだけどな、いろんなところで観測されちゃったみたいなんだ。そのうえ、あんなに分かりやすい穴を開けたもんだから、方々から苦情が出てる。24世紀側からは兵器は持ち込まない建前になってたからね」

「苦情? 24世紀とこの時代が繋がってるって知ってる人がいるの?」

「大国の上層部は知ってるよ。そうは言っても窓口はキースだけどね。あいつは苦情処理が得意だから今回もうまく言いくるめてくれたよ。天性の嘘つきだ」

「そうなんだ。24世紀のこと知ってるのは私だけかと思ってたわ」

「知ってたって奴らには何も出来ないんだけどな。ローハン、コーヒー入れてよ。砂糖もな」

「私もほしい」

「はーい」


 ローハン、アーヤをヨウコに渡すと、部屋から出て行く。


「で、何なの? ローハンにコーヒー入れさせるときは何かあるってパターンが決まってるでしょ?」

「その通り。ローハンが攻撃衛星にアクセスしただろ」

「うん」

「いくら高性能でもロボットごときに入ってる頭脳であのセキュリティが破れるはずないんだよね。24世紀の超大型コンピュータ、たとえばガムランでも数分はかかるレベルのセキュリティだそうだ」

「私もあんなのが誰にでも使えちゃうんだったら物騒だなって思ったわ」

「キースが手伝ってくれたのかとも思ったんだけど……」

「違うの?」

「キースはローハンに教えられるまで、あの衛星の存在さえ知らなかった。今もまだすねてる。恐ろしく不機嫌で話しかけるのもためらわれるぐらいだ」

「そうなの? 私には優しいけどな。キースが知らないものをローハンがどうやって見つけたのかしら?」

「どうやら、ローハン本人が怪しいんだよ。俺には知らされてなかったんだけどさ、『じいさん』がローハンを注文した時にチップを持ち込んだらしい」

「チップ?」

「記憶用のチップだったんだけどね。この時代で言えばパソコンのハードディスクやフラッシュメモリみたいな感じかな? データを保存しとくところって言えばわかる?」

「うん、なんとなく」

「そのチップを縁起かつぎにローハンに入れてくれって言うんだ」

「縁起かつぎ? そんなの、持ってきたからって入れちゃうの?」

「依頼主の頼みだからな。小さいもんなんだ。ローハンの頭脳には立派なメインの記憶装置があるんで必要はないんだけど、あって邪魔になるもんでもないからね」

「中には何か入ってたの?」

「それがね、短い曲がいくつか入ってただけで、後は空っぽだったらしい」

「曲? 音楽の事? iPodみたいに?」

「南米の民族音楽みたいな雰囲気の曲なんだけどさ、24世紀のデータベースには記録されてなかった。『じいさん』の正体に繋がる唯一の手がかりだっていうんで、未だに解析中なんだけどな」

「何かわかったの?」

「なんにも。とにかくなんの変哲もないチップだったんで、依頼通りに使ったそうなんだ。今回、修理のついでに検査したところ、そのチップが怪しいという話になった」

「最初の検査じゃ異常はなかったんでしょ?」

「化けたんだよ」

「化けた?」

「あれは記憶用のチップなんかじゃなかったんだよ。以前からぼちぼち活動はしてたみたいなんだ。偵察衛星に侵入したり、キースを将棋で負かしたりしてただろ? でも、今回、軍事衛星のセキュリティを破ったことによって、なんていうのかな……目覚めちゃったみたいなんだ」

「目覚めたって……なんだったのよ、そのチップは?」

「調べようにも頭を開けて取り出すわけにはいかないんで、くわしくはわからないんだけどね……。でも、ガムがちょっぴり覗いてみたところ、半端じゃなく凄いものだったらしい」

「ガムさんが凄いって言うなんて、どんだけ凄かったの?」

「ローハンの頭には24世紀のスーパーコンピュータに匹敵する頭脳が入ってるってこと。キースの疑ってた通りだったよ」

「だって小さなチップなんでしょ? キースの本体だって家ぐらいの大きさはあるって言ってたわよ。ありえないじゃない」

「ありえないよ。でも『じいさん』絡みだからね。24世紀の常識は通用しないみたいだよ。『じいさん』の正体は宇宙人だか更に先の未来人だか、そんなところだろうな。俺たちの科学力は『じいさん』にとっちゃ江戸時代の水準以下だってことだよ」

「ローハン本人は自分の能力に気づいてないのね?」

「あいつ、間抜けだからなあ。自分がロボットなのも、言われるまで気づかなかっただろ?」

「そうなのよねえ。なんであんなに抜けてるんだろ? そこがまたかわいいんだけどね」

「……実はさ、そんな未知数の能力を持ったロボットを21世紀に野放しにしておいていいのか、って言い出した奴がいてさ、今回、戻ってくるまでに時間がかかったのはそのせいなんだ」

「ええ?」

「俺がヨウコちゃんにくわしい状況を伝えられなかったのもな」

「でも、戻ってきたってことは許可が出たのよね?」

「うん。結論として『じいさん』の意向を優先することになった。世界が救われなくなったら元も子もないからな」

「ほんとだわ。私からローハンを取り上げたら『救世主』なんて降りちゃうからね」

「そこで、奥さんに相談なんだけどさ。このことは本人に教えておいたほうがいいのかな」

「どうしてローハンにそんなものが入ってるの? 私の伴侶ってだけなら、そんなもの必要ないじゃない。見当はついてるの?」

「俺の勝手な憶測なんだけどね。これからヨウコちゃん、狙われることになるのかも」

「ええ?」

「もしかしてローハンは君の伴侶としてだけじゃなく、ボディガードとしても機能できるようにしてあるんじゃないのかな? また何かあっても困るから、身体を補強してもらってるんだ。これにあと一週間かかる」

「服を脱いでマッチョだったら即返品だからね」

「……見た目は同じだから」

「どうして私がさらわれたのかわかったの?」

「うん。今回の実行犯は現代日本語に直訳すると『聖ヨウコの御心を尊ぶ会』って団体のイスタンブール支部の連中だったよ」

「……なによ、それ?」

「数ある『ヨウコ』系の宗教法人の一つ。ヨウコちゃんって一部の人の間じゃ神格化されてるんだよ。君は聖人なんだ。ご神体が見つかったから貰っていって祀り上げよう、って単純な動機だったらしい。といってもかなり怪しげな団体だから、誘拐が成功していたら厄介な事になってたと思う」

「……信じられない。だから誘拐犯のくせに腰が低かったのね。ブロックされてるのも教えてくれたのよ。暴れたらずいぶん困ってたわ」

「ヨウコちゃんの存在は国家機密なんだよ。ところが今回どうして居場所までバレたのかさっぱりわからない。ガムもお手上げだ。そのうえ『結界』まで持ち込んでるとなると……」

「『結界』?」

「ヨウコちゃんをブロックしてた装置のことだよ」

「私、悪霊じゃないよ」

「ただの名前だよ。あらゆる信号を遮断しちゃう装置なんだ。ガムランのネットワークに対抗するために反政府団体が開発したんだけど、使い物にならなかったんで今じゃもう作られてない……はずだったんだけどな」

「十分使い物になるじゃない」

「24世紀みたいな情報の流通量が多いところで使うとね、反対に目立っちゃって意味ないんだよ。『私はここにいます』って教えてるようなもんだろ? それに『結界』じゃ『守護天使』は締め出せないって話だしな。『天使』を怒らせると怖いんだ」

「犯人に聞いてもわかんないの?」

「ヨウコちゃんに関する情報を匿名で貰ったっていうだけなんだ。『結界』も21世紀に来てから指定された場所でピックアップしただけだそうだ。ガムが直接尋問したから間違いないな」

「拷問したの?」

「まさか。人間に自白させるのなんて簡単なもんだよ。この時代と違って野蛮なことをしなくてもね」


 ヨウコ、ため息をつく。


「救世主が狙われるだなんて、思ってもみなかったな」

「おかしな奴らもいるんだよ。気がかりなのは、ヨウコちゃんが世界を救ったことを恨みに思っている連中だ。21世紀半ばで世界は終わって皆が救済されるはずだったのに、君がそれを妨げたと思ってるからね。機会さえ与えられれば、喜んでヨウコちゃんを殺すだろうな」

「はっきり言うわね」

「それともう一つ。俺たちが『二つ目の願い(セカンドウイッシュ)のヨウコ』の伴侶としてロボットを送り込んだのがバレると騒ぎになるかもしれない。何度も言うけど24世紀じゃロボットはモノ扱いだからな。聖女だかご神体だか知らないが、ロボットなんかと結婚させたと知れたらスキャンダルだ」

「じゃあ、ローハンには自分の能力を自覚させておいたほうがいいわね。その方がいざというとき役に立つでしょ」

「わかった。あっさりしたもんだな」

「だってあの人、私を助けようとしてまた無茶なことをするかもしれないでしょ? いざという時には最大限の力で戦えるように、心構えしといてもらわなきゃ。もしローハンが死んじゃうような事があったら、私、生きてく自信ないよ」


 ローハン、コーヒーのカップを両手に持って入ってくる。


「お待たせ。お湯沸かすのに時間がかかっちゃったんだ」

「お、ありがと。じゃ、ヨウコちゃん、ちょっとローハンと話してもいい? 早いほうがいいだろ?」

「やっぱりヨウコと秘密の話をしてたんだ。俺にコーヒー頼むときはいつもそうだろ? 人妻といやらしいんだから」

「そうなのよ。サエキさんっていやらしくってうずうずしちゃうわ」


 ヨウコ、立ち上がる。


「コーヒーだけじゃ寂しいからお茶菓子を持って来るよ。ローハンが戻ってきたら出来立てプリンを食べさせてあげようと思って毎朝プリンを焼いてたんだ」

「やった」

「ルークと私じゃ食べきれなくって、凄い数になってるの。責任持って全部食べてよね」

「ねえ、ヨウコ。そのプリン、もはや出来立てとは呼べないんじゃないのかな?」

「あんたは何食べてもお腹壊さないんだから構わないでしょ? 贅沢いわないの」


 ヨウコ、笑顔で部屋から出て行く。


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