追跡
ローハン、不安そうに道路の先を見つめる。
「サエキさん……もし24世紀に連れて行かれちゃったら……」
「ガムがすぐに見つけてくれるよ」
「連れ込んでしまえば隠し場所なんていくらでもあるだろ? ヨウコをさらった目的も分からないんだよ。手遅れになったらどうするんだよ?」
「落ち着けよ。追いつけるよ」
キースから通信が入る。
『ローハン、信号も渋滞も強行突破されるんだ。もっとスピード出せないの?』
「応援は頼んでくれたんだろ?」
『処理班が向かってるけど、彼らの専門は事後処理だからね、君に任せるしかないんだよ』
「くそ……」
ローハン、いきなりサエキの方を向く。
「サエキさん、いいモノ見つけたよ。これなら、いけるかも」
「なにがいけるんだ?」
「全部俺の責任だから、心配しないでね」
「え? 何の話だよ?」
ローハン、目をつぶって下を向く。
「お、おい、なんでそんなに集中してるんだ? 車、ぶつけないでくれよ」
「……セキュリティが思ったより厳重なんだ」
「セキュリティ? 何する気だ? おい、ローハン……」
顔を上げて、笑みを浮かべたローハンを、サエキが訝し気に見つめる。
「お前……何で笑ってんだよ……」
突然、前方に巨大な光の柱が現れ、一瞬あたりが明るくなる。
「うわ! なんだ、あれ?」
「道路をちょん切ったんだ。これなら止まるだろ」
「い、今の……攻撃衛星か? あんなもの、どうやって動かしたんだ?」
「誰も使ってないから借りちゃったんだ。ほら見えたよ」
前方の道路の中央が大きくえぐれて煙を上げている。手前で停止していた赤い車がUターンして再び走り出す。ローハンが後部座席のウーフに声をかける。
「こっちに来るよ。ウーフ、止められる?」
「まかせておけ」
ウーフ、車から飛び降りると赤い車に向かって走っていく。
「おい、あいつ、何する気だ?」
ウーフがボンネットに飛び乗ってフロントグラスに体当たりすると、車が急ブレーキをかけて停止する。サエキが目を覆う。
「うわ、乱暴だなあ」
「俺も行くよ」
「お前はウーフみたいに頑丈に出来てないんだからな。無理するなよ」
ローハン、赤い車に駆け寄ると、ドアをこじ開ける。後部座席からヨウコが声をあげる。
「ローハン、もう一人いるよ! 気をつけて」
ヨウコの下敷きになっている男が、握っている銃をローハンに向け発砲する。ローハン、素早く男を殴り倒して、笑顔でヨウコを助け起こす。
「ヨウコ、お待たせ」
「あ、当たらなかったの?」
「当たったよ。ど真ん中。結構痛い」
ローハンのシャツの鳩尾のあたりに血の染みが広がる。
「馬鹿! どうして避けないのよ?」
「だって、ヨウコを人質に取られたら困るだろ? こいつに冷静な判断ができないうちに終わらせたかったんだよ」
「そんなの無茶苦茶じゃない。大丈夫なの?」
「頭さえ撃たれなければ俺は死なないんだよ。ヨウコは大丈夫だったの?」
「うん、この人、クッションにしちゃった」
「ヨウコのお尻でつぶされちゃったんだね」
ヨウコ、ムッとしながら車から這い出そうとする。
「う、痛たたたた」
「どうしたの?」
「肋骨、ぶつけたみたい。ひび、いったかも」
「ええ!」
「ローハンこそ、手が血まみれだよ」
ローハン、自分の手に目をやる。
「大丈夫。ドアを開けたときに切れただけだよ」
「さっき道路に穴を開けたの、あなたなんでしょ? 凄いこと出来るのね。この人達、私を24世紀へ連れて行くつもりだったのよ」
「間に合ってよかった」
「絶対来るってわかってたから心配しなかったよ」
キースから通信が入る。
『ローハン、うまいことやったみたいだな。ヨウコさんは無事?』
「うん、ヨウコは大丈夫だよ。ありがとう。キース」
サエキがローハンの後ろから車内を覗き込む。
「ヨウコちゃん、無事でよかったよ。ローハン、そいつら動けないようにしばっとけよ」
「サエキさんがやってよ。何にもしてないんだから、ちょっとは役に立ってみたら? その人達ならほっといても当分は起きないとは思うけど」
「何もしてないって、お前みたいな事できるかよ。そろそろ処理班が着くそうだ。ウーフもよくやったな」
ウーフ、運転席で気を失っている男を覗き込む。
「そいつ、死んだのか?」
ローハン、笑う。
「まだ生きてるよ。サエキさん、ヨウコを病院に連れてってくれる? 胸を打ったみたいだから」
「それよりもローハンが撃たれたの。血が出てるんだけど、大丈夫かな?」
「ええ! ほんとか? 見せてみろよ。気をつけろって言ったのに……」
「うん……」
「どうした? こっち向かなきゃ見えないだろ?」
ローハン、体を動かそうとして、そのまま車の座席にくずおれる。
「ローハン? どうしたの?」
「おい、お前、動けないのか?」
「あれれ? あのぐらいなら平気だと思ったのにな」
「こんな至近距離で撃たれてただで済むわけないだろ? 自分を何だと思ってるんだよ? あっちに戻って修理だな」
サエキ、ローハンの身体を仰向けにして、血に濡れたシャツのボタンをはずす。ヨウコが不安そうにローハンを見つめる。
「ローハン、死んじゃったりしないよね?」
「これくらいじゃこいつは死なないよ。あーあ、でかい穴、開いちゃってるよ。これ直すの面倒だなあ」
ローハン、口をとがらせる。
「ヨウコの前で格好悪いなあ」
「ここまでは格好良かったから安心して」
「惚れ直した?」
「スーパーヒーローみたいだったよ」
「ヨウコ、ちゃんと病院に行くんだよ。俺、ちょっと眠るからね。サエキさん、ヨウコと子供達を頼むよ」
サエキ、うなずく。
「わかった。そのほうがいいな」
「え? 何で寝ちゃうのよ?」
「セーフティモードっていうのかな。体の機能がうまく働かなくなって、電力や酸素を頭脳に供給できなくなったときに、頭だけ切り離して休止させるんだよ」
「……そんな深刻なことをさらっと言ったわね」
「心配ないってば」
ローハン、ヨウコを見上げて笑う。
「ヨウコ、また後でね。アーヤを迎えにいってあげて。クリスばあちゃんのところにいるからね」
「うん、わかったよ。早く戻って来てね」
ヨウコがキスすると。ローハンが笑って目をつぶる。
「サエキさん、さっさと持って帰って直してよ。じゃないと、もう出入り禁止だからね」
サエキ、困った顔で頭をかく。
「出入り禁止って言われてもなあ」




