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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第二幕
63/256

ヨウコが消えた

 居間 ヨウコがアーヤを抱いて座っているところにローハンが入ってくる。


「ああ、ローハン、ちょうどよかった。買い物に行きたいんだけど、アーヤを見ててもらっていい?」

「うん、もちろん。俺も一緒に行こうか?」

「この子、昨日予防接種を受けたところだから、連れ出したくないんだ。もうすぐミチヨの誕生日だからプレゼントを買いたいの。すぐに戻るよ」

「たまには一人で買い物もいいんじゃない? ゆっくりしておいでよ。さ、おとうさんのところへおいで」


 ローハン、アーヤを抱き上げる。


「お腹はいっぱいだと思うけど、ぐずったら離乳食をあげてくれていいよ。冷蔵庫にさっき作ったのが入ってるからね」

「了解。携帯、持ってくの忘れないでね。かわいいなあ。アーヤは」

「じゃ、よろしくね」

                                               

 ヨウコが出て行き、しばらくしてサエキが入ってくる。


「あれ、ヨウコちゃんは?」

「一人でショッピング。俺はアーヤとお留守番なんだ」

「そうか。俺にもアーヤを抱っこさせてよ」


 サエキ、ローハンからアーヤを受け取る。


「サエキさんって子供が好きだよね。自分で子供を作る気はないの? 許可は貰えるんだろ?」

「俺さ、お前が完成するちょこっと前に大失恋してるんだよ。知らなかっただろ」

「それでオタクに走ったんだね」

「別に走った覚えはないけどな。性格、ヨウコちゃんに似てきたんじゃないか?」

「ハルちゃんはどうなの? 気に入ってるんでしょ。最近まとわりついてるじゃない」

「人を静電気みたいに言うな。あの子、俺のことは同僚だとしか思ってないんだよ。向こうに行く度に誘ってみてるんだけどなあ」

「もう彼氏がいるんじゃないの?」

「それがさ、セフレの一人もいないみたいなんだ。どこ行ってもモテるのに不思議だろ」

「もしかして、ハルちゃん、最初から自分が人間じゃないって知ってたの?」

「うん。お前と違って自分がロボットだって教えられてたよ」

「だからだよ」

「え?」

「24世紀じゃロボットはモノ扱いなんだよ。俺が自分の正体を知ったときに、どれだけ落ち込んだか覚えてる? ハルちゃん、人に愛される資格がないと思ってるんじゃないのかな?」

「そんなことにこだわるような子には見えないんだけどなあ」

「きっと誰かを本気で好きになるのが怖いんだよ。後から自分が機械だなんて言えないだろ?」

「そういうもんなのか? 考えもしなかったよ」

「ハルちゃんの正体を知ってるサエキさんが、まさか本気で自分のことを口説いてるとは思わなかったんじゃないの?」

「ええ? 俺、そんな嫌な奴だと思われてたのかな? ショックだなあ」

「サエキさん、どうしてハルちゃんの気持ちがわかんないの? エンパスなんだろ?」

「あの子、AIだからそうはいかないんだ」

「でも、俺の気持ちはいつも読んじゃうだろ?」

「お前は全部顔に出るからなあ」

「なんだ、そうだったのか。ねえ、サエキさんはハルちゃんが人間じゃなくても構わないの?」

「ハルちゃんはハルちゃんだからな」

「ヨウコみたいなこと言ってる」

「今度会ったらもうちょっと頑張ってみるよ」

「そうしてよ。ハルちゃん、ほんとは辛いんだと思うよ。俺をうらやましがるわけだ」

「同型のお前が言うんだから、きっとそうなんだろうな」

「……ねえ、前から気になってたんだけどさ、俺たちの(モデル)の完成品って三体あるんだろ? あとの一人ってどこにいるの? ……あれ?」

「どうした?」

「ヨウコが消えた」

「そんなはずないだろ?」


 ローハン、立ち上がる。


「行かなきゃ」

「俺も行く」

「サエキさんはアーヤをみててよ」

「お前が見つけられないなんてただ事じゃないよ。アーヤはクリスばあちゃんに預けていけばいいだろ。ほら、アーヤのお出かけバッグ、持って来いよ」

「わかったよ。車を玄関につけるから急いで」

「キースには聞いてみたのか?」

「うん、キースにもわからないんだって。今探してくれてるけど」

「GPS受信機からの信号が途絶えたってことだろ? 壊れたのかな?」

「携帯にもつながらないんだ」

「あの携帯は改造してあるんだぞ。なんの干渉も受けないはずだよ」

「ヨウコの周囲を誰かがブロックしてるんだよ。誘拐されたのかも」

「『結界』でも使わなきゃ無理だよ」

「使ったのかもしれないだろ?」

「あんなもの、この時代に持ち込めるはずないだろ? 所有してるだけでも更生施設送りなんだぞ」

「とりあえずモールまで行くよ。話はそれからだ」

                                               

 玄関を出ると、クリスばあちゃんとウーフが歩いてくるのが見える。


「あれ、おばあちゃん、どうしたの?」

「アーヤに呼ばれたのさ。おとうさんが困ってるって言うんだよ」

「ヨウコを助けに行かなきゃならないんだ。おばあちゃん、アーヤを頼める?」

「喜んで預かるよ。ヨウコはお前が来るのを待ってる。早く行っておやり」


 ローハン、アーヤとバッグをクリスばあちゃんに渡す。


「ヨウコは大丈夫なの?」

「お前には見えなくなっちゃったんだね。大丈夫。元気にしているよ」

「ありがとう。行ってくるね」

「ほら。ウーフも連れておゆき。役に立つよ」

「うん、じゃあね。おばあちゃん」


 車が走り出すと、キースから通信が入る。


『屋内駐車場のカメラにヨウコさんと二人組の男が映ったよ。すぐに死角に入ったから、どの車に乗ったのか分からない。あの駐車場、防犯カメラがほとんどないんだ。駐車場から出て来る車はすべてモニターしておくよ』

「ヨウコちゃん、ほんとに誘拐されたのか」

「飛ばすよ。サエキさん、シートベルトしてる?」

「警察に見つかるなよ」

『パトカーは全部追い払っておいたんで大丈夫ですよ。それと、ヨウコさんの携帯の位置が確認できました』

「携帯だけか? 場所はどこだ?」

『モールの北側の屋内駐車場の中です。ローハンに座標を送りました。平日なのに車の出入りが激しいんだ。途中の信号は全部青にしておいたからね。急いで』

                                               

 ローハン達の車がモールの駐車場に到着する。ローハンが車から降りて地面に転がっているヨウコの携帯電話を拾い上げる。


「車に連れ込まれる前に捨てたんだよ。自分の周りがブロックされてるのを知ってたみたいだね」

「犯人の車はここにとまってたって事か?」


 ローハン、地面にかがみこむ。


「車の塗料の破片が落ちてる。ヨウコが車の鍵か何かでひっかいたんじゃないかな。手がかりを残そうとしたんだよ」

「鍵を持って暴れたのか? そういやヨウコちゃん、鑑識モノのドラマをよく見てるよな」


 ローハン、塗料の破片を拾い上げて、自分の顔に近づける。


「キース、俺の目を通して見えるだろ? これで車種が分かる?」

『もっと拡大できるかな? 下地の断面を見せて。それなら12分前に駐車場を出た83年型のカローラだな。赤いステーションワゴン。1号線を北に向かってる。衛星からよく見えるよ』

「俺にも見えた。どこに向かってるんだろ?」


 サエキが眉を寄せる。


「嫌な予感がするな。この先に古い坑道があって、使われていない『穴』か隠れてるらしいんだ。24世紀じゃ立ち入り禁止区域内にあるから、向こう側の警備は甘いと思う。キース、ガムに連絡をとって警戒してもらってくれ」

『わかりました』

「サエキさん、早く車に乗って。急ごう」


 ローハン達の車が再び走り出す。


「おい、ローハン。あの車、遠隔操作で止められないのか?」

「この時代の車には俺たちは干渉できないんだ。ラジオやABSを誤作動させるのが精一杯だよ。あの車は古すぎて、それすら無理だけどね。キース、足止めを頼むよ」

『了解。早く追いついてくれよ。ヨウコさんは任せたからな』

                             

現在、自動車のハッキングが問題になっていますが、作品の舞台は約15年前です。

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