手編みのセーターが欲しい
キッチン ヨウコとサエキがコーヒーを飲んでいると、ローハンが羊毛をのせた手押し車を押して入ってくる。
「ヨウコ、見て見て」
「うわ、それ、どうしたの?」
「うちの羊の毛だよ。毛刈り対決し損ねたからさ、スタンリーさんに刈りに来てもらったんだ。思ったよりたくさんあるだろ?」
「三頭分もあるんでしょ? どうするのよ?」
「洗って紡いで毛糸にしてセーターを編むんだ」
「ふうん、大変そうね。頑張ってね」
「ヨウコがやるんだよ」
「私?」
「ヨウコの手編みのセーター、着てみたいなあ」
「あのさあ、私、編み物大嫌いなんだ」
「ええ? ほんとに?」
「悪いけどぜーんぜん、向いてないのよ。大昔に一度挑戦したけど、目は落とすわ形はいがむわ頭は痛くなるわ、散々だったの。だから諦めてね」
ローハン、がっくりと肩を落とす。
「……うん」
「……そこまでがっかりすることないでしょ?」
「女の人が愛する男に手編みのセーターを送るのが21世紀の風習だろ?」
「風習? そんな事するの、中高校生だけじゃないのかなあ?」
「俺、生まれたときから30代だから損だなあ」
「……それじゃさ、毛糸にするところまでやってくれないかな。その後はなんとかしてみるから」
「ほんとに?」
「だって、そんな顔されたらたまんないでしょ? あんまり期待しないでよ」
「はーい。じゃあ、早速洗ってこよう」
「家でやらなくてもスタンリーさんのとこの羊の毛と一緒に洗ってもらえばいいでしょ? あそこ、すっごい機械があったじゃない」
「手作業だから愛情もこもるんだろ?」
「自分のセーターに愛情こめてどうするのよ?」
「それはそうだけどさ」
「三頭分も毛糸はいらないからね。わかった?」
「わかった」
ローハン、いそいそと出て行く。ヨウコ、ニヤニヤしているサエキを睨む。
「サエキさんでしょ。おかしなこと吹き込んだのは」
「この間、少女マンガを貸してやったからかな? あいつ、本当に単純だよなあ」
「困ったな。編み方なんて覚えてないよ。本、借りてこなきゃ」
「教えてやろうか?」
「サエキさん、編み物なんて出来るの?」
「うん。昔、ファームで研修があったときにそこのおばちゃんに習ったんだ。俺、才能あるみたいでさ」
「未来の人が羊毛のセーターなんて着るの?」
「着るけど? どうして?」
「なんだかイメージ違うなあ、って思って」
「ヨウコちゃんさあ、24世紀はどんなところだと思ってるわけ? どこもかしこもコンクリートで覆われてて、みんなメタリックな全身タイツを着てるとでも思ってる?」
「違うの?」
「違うに決まってるだろ?」
「でも摩天楼が立ち並んでるんでしょ?」
「高層ビルがないわけじゃないけどさ、建築許可が下りる場所はほんのちょっとだよ。通信技術が進んでるから狭い面積に人間が集まる必要なんてないだろ?」
「ふうん」
「『会社』の本社だって15階立てだよ。それでもあの近辺じゃ一番高いんだ。大部分の人間は地面に近いところで暮らしてるんだよ。散歩したり家庭菜園作ってみたりしてね。この時代より緑も生き物も多いし、水も空気も綺麗なんだ。ヨウコちゃん、気に入るだろうな」
「大都市の中で蟻みたいに暮らしてるんじゃないのね」
「それはこの時代の話だろ。東京に行って驚いたよ。東京もね、24世紀になれば低い建物ばっかりなんだ。地震が多いところに安定の悪いものを無理して建てることはないからね」
「でも耐震のビルなんて簡単に建てられるんでしょ?」
「そうなんだけど、高いところに住みたきゃ、シカゴやニューヨークに行けばいい話だからさ。本当は高層ビルなんていらないんだけど、いつの時代にも高いところに住むのが好きな人がいるんだよな」
「国境なんて存在しないのよね? どこでも住みたいところに住んでいいんだ」
「そうでもないんだよ。地球の面積の半分以上は人間が立ち入っちゃいけないことになってるんだ」
「どうして?」
「自然保護区なんだよ。俺たちは他の生き物と共存することを選んだからね、人が暮らせる地域は限られてるんだ。生態系のバランスを考えるとまだまだ人間が多すぎるから、子供を作るのにも許可がいるんだよ」
「ええ? そうなの? 人が足りてるのになんでロボットなんて作るのよ?」
「ロボットは労働のための機械だから、人の数には入らないよ。それにほとんどは人間の形をしてないんだよ」
「それじゃ人間と同じ感情を持ったロボットなんて必要ないじゃない。何に使うのよ?」
「確かにたいして使い道はないんだよな。でもね、人間そっくりのロボットを作るのは人類の長年の夢だったんじゃないのかな。それにローハン、ここじゃお役に立ってるだろ?」
「まあね。でも、子供も簡単に産めないなんて、明るい未来ってわけでもないのね」
「我慢しなきゃならないこともあるさ。この時代はみんなが好き放題やったあげくに地球を食い尽くそうとしてるだろ? それに比べりゃなんでもないよ」
「火星に移住はしてないの?」
「火星か? 誰もあんな寒くて真っ赤っかなとこには住みたくないからな。物好きな奴らが数千人、穴掘って暮らしてるぐらいだよ。まずは自分たちの星でまともに暮らせるようになるのが目標だな」
戻ってきたローハンが部屋を覗く。
「ヨウコ? やっぱり俺ひとりじゃ大変だから手伝ってよ」
ヨウコ、サエキの顔を見て笑う。
「労働のための機械が私にも労働しろって言ってるんだけど、どうしたもんかな?」
「何わけのわかんない事言ってんのさ? 羊の毛っていろんなモノが絡まってて結構汚いんだ。汚れてもいい格好しておいでよ」
ローハン、出て行く。
「『いろんなモノ』ってなんだろ? あんまり行きたくないなあ」
「行ってやれよ。ひとりじゃ寂しいって顔してたぞ」
「もう、感情のある機械なんて厄介なだけじゃないの」
「心にもないこと言うなよ。かわいくって仕方ないくせにさ」
ヨウコ、サエキを睨むと立ち上がって部屋から出て行く。




