オーダーメイドの男
ヨウコの家の居間、サエキがソファに座ってローハンの頭を調べている。ヨウコは向かい側の椅子に座って眺めている。
「むちゃくちゃだよ。こんなところ切っちゃって血まみれじゃないか。明日出直そうって言っただろ? なんで待たないんだ」
「出直したって証拠を見せなきゃどうせ同じことの繰り返しだろ? ヨウコに誤解されたままだなんて、我慢できなかったんだよ」
「で、フラれるつもりだったのか? 俺の立場も考えろ」
「フラれなかったからいいだろ? 痛いよ。サエキさん。ずきずきしてきた」
「自業自得だ。頭の感覚を切ればいいだろ?」
ヨウコ、感心してローハンの顔を覗き込む。
「へえ、そんな事ができるんだ。便利なのね」
「感覚がなくなったら、ヨウコにチュウされてもわかんなくなっちゃうもん」
「チュウなんてしないから切りなさいよ。ところでサエキさんって……なんなの? 仕事仲間なんかじゃないわよね」
「『じいさん』との契約にはアフターケアもはいっててさ、俺がローハンの担当者なんだ。だから仕事仲間と言えば仕事仲間だけどさ。ヨウコちゃんとローハンがうまくやっていけるか当分見守るつもりだからね。カウンセラーの資格も持ってるから何でも相談してよ」
「……ふうん。ねえ、なんで急にタメ口になってるの? 『ヨウコちゃん』って、ずいぶん馴れ馴れしくない?」
「え? ああ、あんまり焦ったんで忘れてた。俺、丁寧語とか敬語とか凄く苦手なんだ。いいだろ?」
「別にいいけどさ」
「ヨウコちゃん、本当に平気なの? 普通、この時代の人がこれを見たらトラウマになるよ」
「そうなの? 格好いいけどなあ。SF映画みたいだよ」
「ヨウコちゃんって俺の思ってたのとイメージ違うなあ。お前と似合いだわ。ローハン」
ローハン、嬉しそうに目を輝かせる。
「ほんと? やった!」
「ところで『この時代』ってどういう意味よ?」
「俺ら、24世紀から来たから。正確には346年と二ヶ月後」
「嘘だ」
「信じないならそれでいいけど」
ローハンが慌てて口を挟む。
「ほんとだよ。ヨウコ」
「また証拠を見せるとか言って変なことされたら困るから信じるわ」
サエキ、小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「この時代の科学でこんなの作れっこないだろ? 常識的に考えろよ」
「あんた達みたいな非常識な人間から言われたくないわね」
ヨウコ、ローハンを眺める。
「道理でモデル並みの格好良さなわけね。何から何まで私のタイプだと思ったらオーダーメイドだったとは」
「金に糸目をつけない注文だったからね。デザインもなんせあのサルバドール・ヤマモト・デンデロヴィッチに頼んだし」
「名前からして嘘臭いんだけど。どこの人なのよ?」
「なんてこと言うの、ヨウコちゃん! サルバドールだよ。ローハンはこの時代でいうとフェラーリ十台分くらいの価値があるんだよ」
「へえ、凄いのね。売れるかしら?」
ヨウコ、ローハンのショックを受けた顔を見て笑う。
「冗談よ」
「……サエキさん、ヨウコって性格悪いよ。知ってたの?」
「お前ってからかいたくなるタイプだよな。やって行けそう? ヨウコちゃん、ホチキスあるかな?」
ヨウコ、立ち上がると引き出しの中からホチキスを出し、サエキに手渡す。
「これでいい?」
「ありがとう。ローハン、動くなよ」
サエキ、ローハンの後頭部の傷をパチンと止める。
「痛いよ。サエキさん」
「感覚を切れって!」
「だって」
ローハン、ヨウコをじっと見つめる。
「わかったわよ。目、つぶって。ちゃんとつぶってよ」
ヨウコ、少しためらってからローハンにキスする。
「ほら、ちゃんと感覚切りなさいよ」
「やだ。ヨウコの薄くて硬いくちびるの感触が消えちゃう」
ヨウコ、怒った顔でサエキを見る。
「サエキさん、やっちゃって。なるべく痛く」
「おう」
サエキ、ローハンの傷をホチキスでパチパチ止める。
「いたたたた……」
「とりあえず、応急処置したけど一度戻ってちゃんとくっつけないとな」
ヨウコ、不安そうな顔になる。
「連れて帰っちゃうの? その……未来に?」
「ねえ、サエキさん。俺、帰りたくないよ」
サエキ、呆れた声を出す。
「お前が馬鹿なことするからだろ? 急ぎでやってもらうから我慢しろ」
「ヨウコを置いてはいけないよ。せめて朝まで待って」
「いいから、帰りなよ。そんな頭の皮がブカブカ浮いてる男は嫌だってば。ちゃんと治してもらってよね」
ローハン、不満そうに立ち上がる。
「ヨウコ、気が変わったりしない?」
「するわけないでしょ。明日、また一時にトニーのカフェで会おうよ。ね」
「うん」
ローハン、名残惜しそうにヨウコを抱きしめる。
「サエキさん、ヨウコ、持ってっちゃだめ? ちゃんと面倒見るからさ」
「捨て犬じゃないんだぞ。明日また会えるだろ。じゃね、ヨウコちゃん」
ローハン、しぶしぶとヨウコから離れる。
「おやすみ。ヨウコ」
ローハンとサエキ、ドアを開けると部屋から出て行く。一人残されたヨウコ、しばらく立ったまま外を眺めている。