キース、地雷原を行く
ヨウコとキース、川沿いの小道を歩いている。
「今日はそんなに暑くなくてよかったわ。ねえ、どこ行くの?」
「どこか行きたいところある?」
「そうねえ。さっき買い物に行ったとこだから、人ごみは避けたいな」
ヨウコ、キースを見上げる。
「なんだか不思議な感じだなあ」
「どうして?」
「あなたの映画にこんな場面があったでしょ? 映画の最後のシーンでさ、キースが恋人と娘と手を繋いで仲良く田舎の道を歩いて行くの。ソフィア・ケイラーが相手役でさ」
「五年も前の映画だね」
「ルークと二人っきりで落ち込んでたときにさ、夜中にその映画を見てたら羨ましくって涙が出ちゃった。だから今こうやって本物のキースと一緒に歩いてるなんて、すっごく不思議な気がする」
「なるほどね」
「あの頃は自分がこんなに幸せになれるなんて思いもしなかったなあ。最近やっとハッピーエンドが信じられるようになってきたんだ。ローハンと一緒ならなんだって叶いそうな気がするんだよね」
キース、いきなりヨウコの手をつかむ。
「なによ?」
「映画の再現してみようよ」
「それじゃ私がキースの彼女役? ソフィアの役を私なんかがやったらおこがましいよ」
「そうだね。でも、彼女が見てるわけじゃないから構わないだろ」
「意地の悪いこと言うなあ」
「ヨウコさんって、ソフィアが好きだね」
「だって、あの人素敵じゃない。まさに天使が地上に降りてきたって感じでしょ? プライベートでも評判いいよね」
「僕もソフィアみたいな子には会ったことがないよ。あんなに純真なのに芸能界で生きていけるなんて驚きだね」
「かわいいのに彼氏もなかなか出来ないのよね。あの子ならキースにぴったりなのになあ。あなたに恋愛ができないなんて、ほんと残念よね」
「そう? ソフィアならそのうち誰か見つけるさ。俳優に化けてる機械なんかとわざわざ付き合わなくてもね」
ヨウコ、キースを訝しげに見上げる。
「……キース、どうかしたの?」
キース、ヨウコをじっと見つめる。
「ヨウコさん、僕はね……」
「うん、なに?」
「……無性にアイスクリームが食べたい気分なんだ。買いに行こうよ」
キース、ヨウコを引っ張って早足で歩き出す。
「アイスクリーム、好きだったっけ?」
「最近、ホーキーポーキー味にはまってるんだよ」
「へえ、ローハンと同じなのね。最近は二リットル入りのを買ってきても二、三日でなくなっちゃうの。あの人、甘いモノが大好きなのよね。子供みたいでかわいいでしょ」
「ヨウコさん」
「何?」
キース、力なく笑う。
「なんだか地雷原を相手に会話してる気分だよ」
「はあ?」
「さっき、トニーのところで『寂しい』って気持ちについて話しただろ?」
「うん」
「ローハンは一度も『寂しい』と感じたことがないんだよ」
「なんで分かるの? ああ、ローハンに記憶のファイルを貰ったからね。でもあの人、私と離れる度に寂しがってるわよ」
「そういう『寂しい』じゃないよ。彼は本当の孤独を感じたことがないんだ」
「だって、あの人、一度も一人きりになったことがないでしょ? 当然じゃない?」
「トニーと話しててわかったんだけどね」
「うん」
「僕は作られてからの十五年間、ずっと寂しくて仕方がなかったみたいだよ」
「そうなの? だって、俳優やってればいろんな人に会えるし、仕事仲間だっているじゃない」
「誰も僕がなんなのか知らないんだよ。うわべだけの付き合いさ」
「今まで気づかなかったの?」
「全然。でも、またあの状態に戻ることを想像したら頭がおかしくなりそうだ」
「その気持ち、よくわかるよ。私も二年前に戻れって言われたら気が狂っちゃう。でもさ、あなたはもう心配しなくてもいいじゃない。これからは私がずっと一緒にいるよ」
キース、ヨウコを見る。
「こんなに素敵なキースと家族ぐるみの付き合いが出来るなんて、ほんとラッキーよねえ」
キース、笑う。
「また地雷、踏んじゃったよ」
「なにそれ? どうして笑ってるの? 今日のキース、どこか変じゃない?」
「いいんだよ。ほら、早くアイスを買いに行こうよ」
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同日の晩 サエキとキースが居間で話している。
「せっかく時間を作ってやったのに、あれからずっと歩き回ってただけ?」
「別にいいでしょ? 楽しかったんだから」
「お前さあ、ヨウコちゃんはお前に気がないのはわかってるんだろ? 大好きな『俳優さん』ってだけでさ。それでも平気なわけ? 今日だっていろいろ無神経なこと言われたんじゃないの?」
「普段のヨウコさんは針でチクチクって感じですけど、今日はナイフで心臓をえぐられてるみたいでしたね」
「悪いことは言わないから傷が大きくなる前に諦めろ」
「嫌ですよ。慣れてくればそれもまた快感なんです」
「お前、それはヤバイんじゃないのか?」
「やっぱりそう思いますか?」
「両想いにはなれないんだぞ。ヨウコちゃんはローハン一筋だよ。知ってるだろ?」
「わかってますよ。今のままでいいんです」
サエキ、キースを厳しい顔で見る。
「お前がそれで満足するなんてありえないな。何を企んでる?」
「絶対に迷惑はかけないって言ったでしょ? いい加減に信じてもらえませんか?」
「16年の付き合いの中で、お前に何度迷惑かけられたか知ってるか?」
「だから、サエキさんにはいつだって便宜を図ってるじゃないですか」
「言っとくけどガムはお前には容赦しないからな。『二つ目の願いのヨウコ』がらみで何かやらかしたら、俺にはかばいきれないよ」
「わかってます」
サエキ、キースの顔を見る。
「ところでさ、ずいぶん日焼けしちゃったんじゃないの? それじゃ重病人には見えないぞ」
キースも無表情で自分の腕を眺める。
「そうなんですよ。サエキさん、明日『会社』に戻るんでしょ? この端末、持って帰ってメラニンを抜いてもらってくれませんか?」
「困った奴だな。俺、明日はオフなの。本当にデートなんだよ。お前の身体なんて持って帰りたくないよ」
「最初に預ければいいでしょ? 数時間で終わりますよ。僕が自分で持っていければいいんですけど、そうは行きませんからね」
「仕方ないなあ。じゃ、早めに出るか。明日はハルちゃんと会うんだ」
「サエキさんのお気に入りの女の子ですね。どこか行くんですか?」
「まずは昼食を一緒にな」
「それから?」
「それだけだ」
キース、首を傾げる。
「それってデートなんですか?」
「あの子、めちゃめちゃガードが固いんだよ。飯を食うのが精一杯なの」
「つまり相手はサエキさんとデートだなんて思ってないんですよね?」
「うるさいなあ。いいんだよ。会えないよりはましだろ?」
「そうなんですよね。会えないよりはましなんです。サエキさんにだってわかってるんじゃないですか」




