ボクシングデーの策略
翌日 ベビーカーを押したヨウコとサエキが街の中を歩いている。
「今年のボクシングデーセールはあんまりだったわね。クリスマス前と変わらないじゃないの」
「不景気だから早めに値下げしたのかもな。ねえ、ヨウコちゃん、トニーのカフェ、寄ってかない?」
「うん、いいわね。トニーのコーヒー、しばらく飲んでないんだ」
「今日はローハン、夕方まで戻らないってよ」
「またサリバンさんのところでしょ?」
「その後、ウーフを連れて他のファームに手伝いに行くんだって。クリスマス明けだってのに忙しいな」
「クリスマスが終わったらすぐに日常生活に逆戻りだもんね。お正月を祝わないなんて、日本人としては寂しいよね」
「あいつ、今日はいろんなモノ貰って来そうだな」
「大根も忘れずに貰ってきてって伝えてくれる? ローハン、大根おろしでお餅を食べるのが大好きなのよね」
「機械のくせに面白いモノが好きなんだな」
「うちの実家で覚えたのよ。おかげで今年は自分で餅をついてくれるから助かるわ」
サエキ、考え込む。
「餅つきか。……餅つき対決ってのはどうだろう?」
「もうそれやめようよ。餅ついてるキースなんて見たくないってば」
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トニーのカフェ ヨウコとサエキが中に入ると、カウンターを挟んで話していたトニーとキースが振り返る。
「あら、いらっしゃい」
「あれ、キースも来てたの?」
「そうなのよ。あまりのゴージャスさに笑いが止まらないわ」
「前から誘われてたんで遊びに来ちゃった。ヨウコさん、何か買ったの?」
「アーヤの服ぐらいかな? あんまりいいものなかったんだ」
ヨウコ達が席に着いたとたんに、サエキの携帯から着信音が聞こえる。サエキ、急いで携帯を取り出してメールを読む。
「俺、行かなくっちゃ」
「ええ、どこ行くの?」
「秘密」
「ってことは女の子?」
「まあな」
「未来の人とこっちの人が付き合っちゃいけないんでしょ?」
「付き合わないからいいの。ただの友達だよ」
「サエキさんが惚れちゃったらどうするのよ?」
「惚れないよ」
「でも向こうが本気になっちゃったら?」
「本気にもさせないよ。本気にさせたきゃ眼鏡なんてかけないさ」
「ふうん。じゃあ何が目的で会うの?」
「だから、友達だって言ってるだろ?」
「スケベなサエキさんが? 怪しいなあ」
「俺はかわいい子を鑑賞できれば幸せなんだよ。セックスの相手なら向こうに戻れば不自由しないだろ?」
「……分かりやすい説明で納得したわ。ところでどこまで行く気なの? 私の車に乗ってかれたら困るよ?」
「ああ、そうだったな」
キースがサエキの方を向く。
「サエキさん。ヨウコさんなら僕が連れて帰りますよ。ヨウコさんも構わないでしょ?」
「うん、それならいいよ」
「ありがとう、キース。助かるよ」
急いで出て行くサエキをヨウコが見送る。
「サエキさんの印象、だんだん悪くなるなあ……」
「大丈夫よ。サエキは優しいから。でもすごく寂しがりやなのよね。あんたたち二人と同じだわ」
「私たち?」
キース、無表情でトニーの顔を見返す。
「……僕は今までに寂しいなんて感じたことないけど」
トニー、笑ってラテのグラスをヨウコの前に置く。
「あなたは寂しいって気持ちがわかってないだけじゃないの? 例えばさ、もう二度とヨウコ達に会えなくなったとしたらどんな気持ちがする? 考えてみて」
キース、カウンターに置かれた自分の手を見つめる。
「別にローハンになんて会えなくても構わないけど」
「そんな事ないでしょ? まあいいわ。それじゃローハン以外は? ヨウコにサエキに子供たち、もう家族みたいなものでしょ? 会えなくなっても平気でいられる?」
「そんなことはありえないよ」
「もしもの話よ」
ヨウコが口を挟む。
「もうその話はやめようよ。寂しいなんて気持ち、知る必要ないでしょ?」
「……そうね。ごめんね、ヨウコ」
「謝らなくてもいいわよ。ここ一年は一度も寂しいなんて思ったことないしさ」
「いいわねえ。あたしもいい男が欲しいわ。キースを口説いちゃおうかな」
「もったいない話だけどさ、この人、誰も好きになれないのよ。無駄な努力をする前に言っとくわ」
キース、微笑む。
「そういう事なんだよ。トニーに口説かれ損ねて、もの凄く残念だけどね」
しばらくしてキースが立ち上がる。
「ヨウコさん、今から時間ある?」
「うん。今日はサエキさんが夕食当番だから五時までに戻ればいいよ。サエキさん、デートで当番忘れちゃったりしないかしら」
「僕が連絡しとくから大丈夫。それじゃどこかに行こうよ」
「赤ちゃんを連れて行けるところならいいわよ。でも、ベビーカーを押すの疲れちゃったな」
「アーヤは僕が押してくからいいだろ? じゃあ、トニー、またね」
ヨウコも立ち上がって、ベビーカーを押して歩き出したキースの後を追う。
「トニー、お正月はうちでバーベキューするからあけといてよ」
「わかってるわよ。そうやってるとまるでキースがお父さんみたいねえ。素敵だわ」
「うひゃ、それっていいかも。家族写真、撮っとこうかしら」
ヨウコとキース、店から出て行く。
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しばらくしてサエキが店に戻ってくる。
「うまくいったみたいだな。トニー、ちょっと時間つぶさせてよ」
「もちろんよ。サエキも大変ねえ」
「キースには困ったもんだよ」
「サエキは優しすぎるのよ。今日だってキースに同情したんでしょ? いくらヨウコが鈍いからって、こんな中途半端なことを続けててもいいの?」
「でもなあ、もう来るなとも言えないだろ?」
「そうよねえ。会えなくなっちゃったらあたしも寂しいもの。ねえ、サエキって最近大失恋したんでしょ? 最近って言ってもあたしたちに会う前の話だけどさ」
「ええ? どうして知ってるんだよ?」
トニー、微笑む。
「やっぱりねえ」
「もしかしてトニー、超能力者なの?」
「まさか。それはあなたでしょ? あたしは失恋経験が豊富だから、そういうの、すぐにわかるのよ。サエキってせっかくの美形サイボーグ超能力少年なのに、あたしのタイプじゃないのが本当に残念だわ」
サエキ、苦笑いする。
「ヨウコちゃんと同じこと言うの、やめてくれないかなあ」




