ヤドリギの下で
その日の夕食後 ヨウコが居間のソファに座ってテレビを見ている。隣のローハンが落ち着かない様子でちらちらとヨウコに目をやる。
「ねえ、ローハン。そわそわしちゃってどうかしたの?」
「ヨウコさあ、トイレとかキッチンに行く用はないのかな?」
「ないよ。クリスマスディナーでお腹が一杯なんだから、のんびりさせてよね」
ヨウコ、ローハンの顔を見る。
「何か企んでるでしょ?」
「なんにも企んでないよ」
「ふうん。……まあいいや。そのうちわかることだし」
「何も企んでないって言ってるだろ?」
ヨウコ、いきなり立ち上がる。
「やっぱりコーヒーいれてこよう」
「ええ? どうしてそんなに突然気が変わるの? ちょっと待ってよ」
ヨウコ、部屋から出ようとして、ちょうど入ってきたキースとぶつかる。
「うわ、ごめん」
キース、何も言わずにヨウコを抱き寄せてキスする。ヨウコを追ってきたローハンが声を上げる。
「ああ! 何してるんだよ?」
キース、廊下の天井からぶら下がっている植物の束を指差す。
「だって、それ、ヤドリギだろ?」
「ああ、本当だ。ローハンの仕業ね」
ローハン、ふくれる。
「俺がヨウコにチュウしようと思ったのに」
「ヤドリギの下なら誰にでも権利はあるんだろ? 君に文句を言われる筋合いはないよ」
キース、ローハンの横を通って居間に入る。
「やった。ボーナスポイント、ゲットしたわ」
「なにそれ? 俺の計画ぶち壊しやがって、むかつくなあ」
「ヤドリギなんかなくても、あんたとならいつだってチュウできるじゃない」
「一度やってみたかったんだよ」
「恋愛映画の見すぎじゃないの?」
「それはヨウコだろ?」
サエキがやってくる。
「こんなとこで何やってるの?」
「キースとチュウ」
「ええ?」
「ほら、それ見て」
ヨウコ、ヤドリギを指差す。
「それは……ヒマワリだな」
「これのどこがヒマワリなのよ? またその眼鏡でしょ」
サエキ、眼鏡をはずす。
「最近どの植物を見ても五回に一回は『ヒマワリ』って表示されるんだよな。故障かな?」
「それ、もう捨てたら?」
「植物以外は問題ないんだけどなあ」
ヨウコ、伸びあがって素早くサエキにキスする。
「うわ。何すんの?」
「ボーナスポイントのおすそ分け。それ、ヤドリギって言うのよ」
「ええ、これがそうなの?」
キッチンに向かって歩き出したヨウコをローハンが追う。
「ヨウコ、さっきから何してるんだよ?」
「だって誰にチュウしてもいいんでしょ?」
「そうだけどさあ」
ローハン、ヨウコに追いついてヨウコの顔を覗き込む。
「なんでそんなにニヤニヤしてるの?」
ヨウコ、笑い出す。
「ああ! 俺の反応を見て楽しんでるんだろ?」
「だって、ローハン、馬鹿みたいなんだもん。かわいいったらありゃしない」
「ヨウコにチュウしたかっただけだろ?」
「じゃ、今しようよ」
「ヤドリギの下がいいの」
「細かいなあ。どこでだっていいじゃない。それじゃコーヒーいれるまで待ってくれる?」
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居間に入ってきたサエキが、坐っているキースに話しかける。
「お前が廊下でうろうろしてたのはそういうことか」
「タイミングが命でしたからね」
「ヨウコちゃんは『チュウ友』なんだろ? ヤドリギなんてなくってもチュウできるんじゃないの?」
「一度やってみたかったんですよ」
「恋愛映画の見過ぎじゃないのか?」
「この世に見ていない映画はないですから、見過ぎといえば見過ぎですね。ところで、ヨウコさん、サエキさんにキスしましたよね?」
「うん。それがどうかした?」
「ヨウコさんの方からキスしましたよね?」
「……お前、俺に妬いてるだろ?」
「別に」
「妬いてるじゃないか。お前を怒らせると不幸がふりかかりそうで嫌なんだよ。ヨウコちゃんはな、純粋にローハンをからかいたくてチュウしただけだからさ、気にするなよ」
「そんなの、どうしてわかるんですか?」
「俺、エンパスだからな。ヨウコちゃん、俺を男として見てないんだ」
「エンパスなんて存在しませんよ」
「信じたくなきゃ信じなくていいけどさ、俺を恨むのだけはやめてくれ」
「そんな事しませんよ。ところで青いキャミソールの子の電話番号の件ですが……ちなみに彼女はミカエラっていうんですけどね」
「ああ、一体何が望みなわけ?」
「今回の滞在中にヨウコさんと外出したいんですが、なんとかなりませんか? 一、二時間でいいんです」
「要するにローハンに邪魔されずにヨウコちゃんとデートしたいってことだな」
「はい、そうです」
サエキ、考え込む。
「俺の立場もあるしなあ」
「電話番号、全部あげますけど? 他にも気になってる子がいるんでしょ?」
「ヨウコちゃんがお前の気持ちに気づかないって保証はあるのか?」
「ヨウコさん、鈍いですからね。それにサエキさんには迷惑かけないって約束したでしょ? 信じてもらって大丈夫です」
サエキが顔を上げて、笑いながら入って来たヨウコとローハンに話しかける。
「ローハンの機嫌、直ったみたいだな」
「うん。ヤドリギの下でチュウしたらもうご機嫌よ。単純なものよね」
ローハン、ムッとした顔でヨウコを見る。
「なんだよ、偉そうに。あんな物凄いチュウしときながら、そんな事言うの?」
ヨウコ、赤くなる。
「いいじゃない。ほんとの事言うとね、一度ヤドリギの下でチュウしてみたかったのよね」




