クリスマスの日の勝負
クリスマスの日の午後、ヨウコがうきうきした足取りで居間に入ってくると、ローハンに話しかける。
「家族で過ごすクリスマスっていいものね。七面鳥をオーブンに入れてきたから、後はのんびり出来るわ」
「ヨウコのクリスマス嫌いが治ったのはいいけどさ、どうして今年もあいつがいるんだよ?」
ソファに座って本を読んでいたキースが顔をあげる。
「今年から年末には仕事を入れないことにしたんだ」
「それがいいわ。クリスマスはともかく、お正月はやっぱり家族と過ごさなくっちゃね」
「いつから家族に格上げになったんだよ? 友達でも十分過ぎるぐらいだろ?」
「キースはアーヤの叔父さんなのよ。それに人間のフリしてる機械って、この時代じゃあんたたち二人だけなんでしょ? 兄弟みたいなものなんだから、仲良くしなさいよね」
ローハンとキース、お互いを睨む。
「こいつと一緒にするなよな」
「そこのパソコンと兄弟だって言われたほうがましだけど?」
「パソコンは兄弟じゃなくてご先祖様だろ? もっと敬意を払ったらどうなのさ?」
サエキが入ってきて、二人の顔を眺める。
「何? また喧嘩?」
「そうなのよ。仲がよくって微笑ましいわ」
ローハン、ムッとする。
「違うだろ?」
サエキの表情が明るくなる。
「喧嘩はいかんな。そういう場合は勝負で決めよう。それがいい」
キース、無表情でサエキを見上げる。
「まだやるんですか?」
「サエキさん、はまってるわねえ」
「だって面白いだろ? 先月の『電話番号聞き出し対決』は最高だったよな」
「もう、人の夫にそういう事させないでくれる?」
「帰ってからヨウコに散々怒られたよ」
「いいじゃないか。変装させたから誰だかバレてないって。それに後々あのリストが役にたつかもしれないだろ?」
ヨウコ、冷ややかに笑う。
「サエキさんのズボンのポケットに入ってた紙の束なら、洗濯したときに捨てといたわよ」
「ええ? なんてことするんだよ」
「清純な機械たちをナンパの道具に使うんじゃないわよ。ローハンはともかく、よくキースがそんな話に乗ったわね」
「そう? いい演技の勉強になったよ」
「キースの圧勝だったよな。素顔も見せてないのにまさに神業だ」
ローハン、ふくれる。
「納得いかないなあ」
「私にはあんたが負けた理由がよくわかるわ」
「なんだよ。自分は俺に釣られたくせに」
キースがサエキの顔を見る。
「ところで、あの時の電話番号なら全部覚えてますよ」
「そうか。よかった」
「サエキさんはあの青いキャミソールを着てた子の番号が欲しいんですよね?」
「そうそう、そうなんだ。よくわかったな」
「話によっては教えないでもありませんが」
「なんだよ、それ? そんな事言わずに教えてよ」
「そうはいかないです」
「じゃ、何と引き換えなら教えてくれるの?」
「ここじゃ言えません」
「わかった。じゃ、話は後でな」
ヨウコ、不満そうな顔になる。
「なんなのよ? 気になるなあ」
「どうせろくでもないことだよ」
サエキ、ヨウコに向き直る。
「さて、勝負だけど何にする?」
「やっぱりやるのね」
「当たり前だろ? ヨウコちゃん、何かアイデアある?」
「言いだしっぺが決めればいいのに」
ヨウコが窓の外に目をやると、羊が三頭並んで草を食んでいる。
「羊の毛刈りはどうかな? あの子たち、もこもこで暑そうでしょ? 気になってたんだ」
ローハン、戸惑った顔で羊達を見る。
「俺、毛刈りなんてやったことないよ。それに、スタンリーさんが時間のあるときに刈りに来てくれるって言ってたけど?」
「うちで刈っちゃってもいいんだろ? 面白そうじゃないか。毛刈り対決にしようよ」
「僕はかまいませんよ。早くきれいに刈ったほうが勝ちってことですよね」
「キースは毛刈りの経験があるの?」
「まさか。羊なんて触ったこともないよ」
ローハン、キースを睨む。
「じゃあ、なんでそんなに自信ありげなんだよ?」
「僕に出来ないことはないんだよ」
「うひゃ、キース、格好いい」
ローハン、怒った顔で立ち上がる。
「じゃ、外行こうよ。俺にも羊飼いの意地があるからね。負けないよ」
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ヨウコ達が外に出ると、羊たちが草を食べるのをやめて、疑い深そうにこちらを見る。サエキ、ローハン達を急かす。
。
「ほら、早く捕まえて来いよ」
「あいつら、もの凄くすばしっこいんだよ。ウーフに頼まなきゃ無理だって」
「それならさっさとウーフを呼べよ」
「ウーフならルークのクラスメイトのクリスマス会にくっついてったわよ」
「ええ? じゃ、毛刈りなんてできないじゃないか」
サエキ、気を取り直してローハン達の方を向く。
「……わかった。それじゃ、まずはどちらが先に羊を捕まえるか勝負だな」
ローハン、ふくれる。
「冗談はやめてよ。相手は四本足だよ。俺に捕まえられるはずないだろ?」
「僕も嫌です。こんな真夏日にオゾンホールの真下で羊を追いかけ回したら、日焼けしちゃうでしょ?」
ローハン、馬鹿にしたようにキースを見る。
「日焼けぐらいしたって構わないだろ? どんだけヤワな端末なんだよ。肌、真っ白じゃないか」
「正月が明けたらすぐに撮影に入るんだよ。次は病人の役だからさ、健康的に日焼けしてちゃまずいだろ?」
ヨウコ、納得した表情になる。
「だから今回あんまり外に出ないんだ。俳優って自己管理が大変なのね。そういやローハンは毎日、日に当たってるのにたいして焼けないわね。地黒だからかしら?」
「俺のお肌はUV防止加工してあるんだよ」
「ずるいなあ。妻がシミだらけになっても,自分だけきれいでいるつもりなんだ。なんて男なんだろ」
「ええ? 俺にシミができて嫌な思いをするのはヨウコだろ?」
「それはそうなんだけどさ」
サエキ、不満そうに周りを見回す。
「じゃあ何で勝負するんだよ?」
「サエキさん、決めたら呼んでよ」
「僕は中に入りますから」
「おい、お前ら、最近ノリが悪くないか?」
ヨウコ、笑う。
「もう勝負にも飽きてきちゃったんでしょ。コーヒーでも飲もうよ。暑いからアイスコーヒーでいいよね」
ニュージーランドは南半球にあるので、12月は夏です。




