ウーフの失敗
ルークの小学校 ヨウコがアーヤとウーフを連れてルークを迎えに来ている。ヨウコの姿に気づいたルークの担任のキャサリンが声をかける。
「ヨウコ、久しぶり。もう出歩いてるのね」
「うん。なるべく運動したほうがいいって言われたの。今日はローハンが近所のファームの手伝いに行ってるから、私が迎えに来たんだ」
キャサリン、ヨウコが胸の前にぶら下げているスリングを覗き込む。
「赤ちゃん見せてちょうだいよ。……あら、かわいい。お父さんに良く似てるわ」
「みんなにそう言われるの。目つきだけは私に似てるらしいけど」
「ヨウコが来てくれてちょうどよかったわ。ルークのことで話したいんだけどいいかな?」
「今度は何をやらかしたの?」
「最近編入してきた子と喧嘩になっちゃったのよ。ルークがね、ローハンとウーフはロボットだっていつも言ってるでしょ。それを馬鹿にされて頭に来たみたいね」
「あの子、想像力がたくましいから困るのよね」
「クラスメイトもルークの言う事を信じ込んでるみたいだし、ちょっと行き過ぎかと思って。特にこの間の事件があってから、ローハンとウーフは子供達のヒーローなのよ。一度ヨウコから注意してもらえる?」
「わかった。注意してみるわ。素直に聞くかどうかわかんないけど」
「嘘をつこうと思ってるわけじゃないと思うんだ。話せば分かってくれるわよ」
ウーフが急に立ち上がり、キャサリンに顔を突きつける。
「ルークは嘘なんかついてないぞ。いくら話したって無駄だからな」
ヨウコ、慌ててウーフの頭を押さえつける。
「ウーフ!」
「……今しゃべったわよね?」
「ごめん、この犬、しつけが悪いのよ」
「ルークが言ってることは本当なんだ……」
ウーフ、またしゃべる。
「本当だぞ」
「馬鹿犬、しゃべっちゃ駄目だってば。サエキさんに言ってプログラムし直してもらうからね」
「だって、ミス・スコットがルークのことを嘘つき呼ばわりしたんだぞ」
「ウーフはほんとにロボットなの? ……と言うことは、もしかしてローハンもロボットなのね?」
「まいったなあ……。お願いだから黙っててもらえる?」
「教師になって15年になるけど、保護者がロボットだなんて前例がないわ」
「たぶん地球上でうちの家庭だけだと思うけど」
「ヨウコは何者?」
「私は人間だってば」
「じゃあ、ヨウコの赤ちゃんの父親は誰なのよ?」
「それはローハン……。ああ、ややこしいなあ。ちゃんと説明するからコーヒー入れてくれる?」
ルークが教室をのぞく。
「おかあさん、まだ? 早く帰ろうよ」
「あんたのせいで帰れなくなったわよ。この馬鹿犬連れてその辺で遊んでてくれる? 今度しゃべったら皮剥いで敷き物にするからね。わかったわね」
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数時間後、居間でサエキとヨウコが話している。
「サエキさん。ウーフってほんとは感情なんてないんでしょ? ウーフを見てると、どうしてもフリしてるだけとは思えないんだけど」
「ああ、あいつには感情があるよ」
「だって、感情のあるロボットはローハンとハルちゃんともう一人だけだって言ってたじゃない」
「それは正確な表現じゃなかったなあ。あいつらが完成するまでに一体いくつの試作品が作られたと思う?」
「じゃウーフも試作品の一つ? 犬でしょ?」
「何十個も頭脳を作っちゃったんで、犬に流用してみたんだ。あいつはかなり完成度が高かったんだけど、素直で正義感が強くていかにも犬らしい性格だったからさ、ローハンの相棒にいいかと思って」
「本人は知ってる?」
「知ってるけど気にしてないみたいだよ」
「もしかしたら私と結婚してた可能性もあるってこと?」
「それはないよ。完成度が高いって言ってもかなり前の試作品だからさ。『会社』に行くと情緒不安定なロボットがうじゃうじゃいるよ。とりあえず仕事をさせてるけどな」
「そんなの置いておくなんて優しいのね」
「なまじ感情があるもんだから廃棄処分にはしにくいだろ? それに普通のロボットと仕事するよりはずっと面白いんで苦情は出てないな。危険な奴は処分するしかないけどさ」
「危険? ロボットって人を傷つけたり殺したりしないんでしょ?」
「そりゃ一概には言えないな。ロボット兵器だってあるだろ? まあ、通常は人に危害を加えないようにプログラムはしてあるけどな」
「ローハンは?」
「あいつはヨウコちゃんを守るためならためらわずに殺すよ」
「あんなに優しいのに?」
「ヨウコちゃんだってそうしただろ? マークからルークを守るためにさ」
「そうだね……。あの時はたとえ殺しても仕方ないと思ったもんね」
サエキ、申し訳なさそうな顔になる。
「ごめん。嫌なこと、思い出させて」
「ううん。もう平気だよ。サエキさんになら分かるんでしょ?」
「うん。ヨウコちゃん、強くなったね」
「ローハンとサエキさんのおかげだよ。ありがとね」
「俺はたいしたことしてないさ。なあ、ローハンって凄いだろ」
「うん。時々あの人見てると涙が出そうになるの。そばにいるだけで幸せな気分になれるのよね」
「そうか」
「でも本人には言わないでよ。調子に乗るからさ」
「言ってやれば喜ぶのに」
「駄目。絶対に駄目だからね」
「なんだ、照れてるだけか」
ヨウコ、サエキを睨む。
「もう、エンパスってやっかいねえ。なんでも見抜いちゃうのやめてくれないかな?」




