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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第二幕
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ヨウコ、病院へ行く

 ヨウコとローハンの寝室 朝方、ヨウコが布団の中で隣のローハンを揺さぶる。


「ローハン、起きてよ」

「……ええ、まだ四時過ぎじゃないか。もうちょっと寝かせてよ」

「ねえ、起きてよ。なんで機械のくせに寝ぼけるのよ。変なところばっかり、良く出来てるんだから」

「こんな早くにどうしたんだよ?」

「お腹が痛いの」

「また食べ過ぎたんじゃないの?」

「陣痛、来たみたい」

「ええ! 大変じゃないか。病院に行こう」


 ローハン、慌てて起き上がる。


「まだ早いってば。陣痛が五分間隔にならないと、病院に行っちゃ駄目って言われてるんだから」

「そうだったっけ?」 

「一緒に講習に行けば良かったわね」

「だって、他の妊婦さんが俺のことばかり見るから嫌だって言ったのヨウコだよ」

「そうなんだけどさあ」

「五分間隔になるまでどのくらいかかるのかな?」

「わかんないなあ。今始まったところだから、たぶん半日以上はかかるよ」


 ローハン、気の抜けた顔になる。


「なんだ。まだまだじゃないか」

「なんだとはなによ。これからが地獄の苦しみだっていうのに。しっかり腰を揉んでもらうわよ」

「はーい。そういうのは得意だからまかせといて」


 誰かが部屋のドアをノックする。


「どうぞ?」


 ドアを開けてサエキが顔を出す。


「ヨウコちゃん、陣痛始まったんだろ?」

「何で知ってるの?」

「いや……クリスばあちゃんに起こされたんだ。早く病院に行く用意をさせろって」

「はあ?」

「眠ってたらさ、頭の中でばあちゃんの声が聞こえたんだよ。……信じてないだろ?」


 玄関のベルがなって、ローハンが不思議そうな顔をする。


「クリスばあちゃんが来たよ。怖い顔でカメラに映ってる」

「ええ、本当に?」

「俺、出てくるよ」


 ローハン、部屋を出て行き、ヨウコとサエキが顔を見合わせる。


「どうなってるのかしら?」

「俺にもさっぱりわかんないよ」


 しばらくして、クリスばあちゃんがローハンの先に立ってずかずかと入ってくる。


「ヨウコに支度をさせろっていっただろ? まったく頼りにならないね。ほら、ヨウコ、急ぎなさい。上着を着て。間に合わなくなるよ」

「だって、今、陣痛が始まったところよ。……おばあちゃん、どうしてわかったの?」

「入院にいるものは詰めてあるんだろ? 病院には連絡しておくからね。ローハン、車を持っておいで。飛ばすんだよ。お前は事故なんて起さないんだろ?」

「わかった」


 ローハン、急いで部屋から出て行く。


「病院に断られないかしら? 早く行きすぎると追い返されるんでしょ?」

「私が電話しとけば大丈夫さ。心配しないで早く行きなさい」


 クリスばあちゃん、ヨウコを部屋から連れ出す。


        *****************************************

                                               

 数時間後 病室でベッドに横たわったヨウコがサエキと話している。


「ずいぶんあっけなかったな」

「おばあちゃんのおかげでタイミングよく病院についたのよ。のんびりしてたら間に合わないところだったわ」

「あのばあちゃん、何者なんだろうな? 今朝ははっきりと声が聞こえたんだ。びっくりしたよ」

「昔は助産婦をしてたんだって。産まれる時間をいつもぴたりと当てるんで有名だったらしいわ。おばあちゃんが電話してくれたおかげで、病院でも準備して待っててくれたのよ」

「絶対に超能力者だよな」

「24世紀じゃそういうの、科学的に解明されてるんじゃないの?」

「ぜーんぜん」

「なんだ、そうなんだ。未来じゃスプーン曲げとかみんな出来ちゃうのかと思ってた。つまんないの」

「でも、勘が凄くいい人ってのはいるよ。人の心が読めるんじゃないかって人もね。俺もちょこっとそういう所があるんで、カウンセラーの資格を取ったんだ」

「サエキさん、いつも私の気持ち、的確に読んじゃうもんね」

「俺には人の感情が見えるんだ。エンパスっていうんだけどね。だからばあちゃんの声が聞こえたのかもしれないな。ガムは超能力全般、信じちゃいないけどな」

「ガムさん?」

「あいつは『守護天使』の存在も信じてないよ。会った事も見たこともないものは信じられないそうだ。だから超能力や『天使』の研究には公金は使えない」

「そんなの、ガムさんが決めるの? ずいぶんと偉いのね。キースみたいなコンピュータなんでしょ?」

「キースよりはずっとでかいよ。もともとは行政をサポートするために作られたんだけどな、俺が思うに24世紀で実権を握ってるのはあいつだよ」

「つまり、影の支配者ってこと? 凄いのね。みんな気づいてないの?」

「みんな分かってるんじゃないかな。でも、文句を言うのは一握りだよ。幸せな奴らにとっちゃ誰が世界を動かしていようがどうでもいいことだからな」

「じゃあ、ガムさんはいい人なのね」

「俺は好きだよ。わけのわかんない奴だけどな。そういや、ガムがお祝いは何がいいか聞いてたぞ」

「そんなのいいわよ。会ったこともないのに」

「そういうのちゃんとしとかなきゃ、奥さんに怒られるんだってさ」

「奥さん? 結婚してるの?」

「いいや、奥さんなんていないんだけどな。大昔に誰かが始めたジョークでさ、ガムとの会話の中に架空の奥さんを登場させるんだよ」

「例えば?」

「ガムに挨拶するときに『奥さん元気?』って聞いてみたり、ガムの方も失敗したときに奥さんのせいにしてみたりな」

「変なの」

「『ガムランの奥さん』っていうと、24世紀じゃ『ありえない』とか『存在しない』の同義語なんだよ」


 ヨウコのベッドの隣に置かれたベビーベッドで赤ん坊が声をあげる。


「アーヤが起きたよ。サエキさん、抱っこしてみる?」

「いいの?」


 サエキ、立ち上がると、アーヤを慣れた手つきで抱き上げる。


「よく新生児なんて抱けるわね」

「うん、俺の周り、ベビーラッシュだからさ。『会社』でも作ってるし、扱いに慣れちゃった」

「……作ってるの?」

「この子かわいいなあ」

「ローハンに似てくれたみたいよ」

「まだわかんないだろ? 油断しないほうがいいぞ」

「どういう意味よ? サエキさんはその子の叔父さんなんだからね。しっかり面倒みてよ」

「俺、親戚いないから嬉しいなあ」

「両親が一人っ子同士とか?」

「そうなんだ。その上、俺が小さいときに二人とも死んじゃったし」

「天涯孤独ってこと? 知らなかったわ」

「いいよ、慣れちゃったから。ローハン、浮かれてたな」

「コーヒー買いに行かせたんだけどな。どこまで行ったんだろ?」

「コーヒーなんか飲んじゃカフェインが母乳に出るんじゃないの?」

「一口だけだってば」

「仕方のない母親だな」

「コーヒーの前におっぱいあげとこうかな」

「俺、遠慮したほうがいいかな?」

「気にしないでよ。ちゃんと隠すからさ。それにこれから自宅でもやらなきゃいけないんだから、同居人にいちいち気にされたら困るわよ」

「そういうもの? まあ24世紀じゃ誰も気になんてしないけどな」

「へえ、未来でも母乳なんだね」


 ローハン、入ってくる。


「遅かったね。迷ったのかと思った」

「やたらに看護婦さん達に話しかけられるんだ」

「あんたもいちいち相手してたんでしょ?」


 サエキが羨ましそうな顔をする。


「白衣のナースにモテモテか。いいなあ」

「ヨウコとアーヤのお世話をしてくれてるんだよ。失礼があっちゃいけないだろ。アーヤ、やっと起きたんだね。抱っこさせて」

「先にコーヒー、ちょうだいよ」

「カフェイン抜きにはしたけど、全部飲んじゃ駄目だよ」


 ローハン、ヨウコにコーヒーを手渡す。


「ありがと。あー、染み渡るわあ」

「中毒患者みたいだな」

「早く家に帰りたいなあ」


 ローハン、アーヤを抱き上げる。


「心配しなくてもこのまま順調だったら 明日の昼には退院だって言ってたよ。アーヤも元気だし大丈夫じゃない?」

「そうなの? そんなに早く退院させるなんて、ほんとに人手不足なんだね」

「あとでトニーとミチヨちゃんが来るって。他の友達も誘うって言ってたから、退屈しなくていいんじゃないの? なんでこんなにかわいいアーヤがいるのに退屈するのかわかんないけど」

「だって、ずっと寝てるんだもん。つまんないよ。夜中に何度も起きるくせに」

「そりゃ、赤ちゃんはそんなもんだろ?」


 サエキが思い出したようにヨウコを見る。


「ああ、そうだ。キースが来るって言ってたぞ。朝一番の飛行機に乗ってるから、夕方には着くだろ」

「わざわざロスから?」

「あいつにしてみたら俺たちは家族みたいなもんじゃないの? 俺と一緒で自称おじさんだからな」


 ローハン、疑うような顔をする。


「ほんとにそれが理由なのかなあ?」


 サエキ、ローハンを睨む。


「他にどんな理由があるんだよ?」


 ヨウコ、ローハンの腕からアーヤを受け取る。


「産まれた日にキースに会えるなんて幸せな子ねえ。きっと男運がいいんだわ。ローハン、カメラもビデオカメラも置いていってよ」

「俺も残るから心配しなくていいよ。俳優のフリした不良コンピュータが、かわいいアーヤに悪影響を与えたら困るからね」

「悪影響って何よ? 電磁波や放射能が出てるとでも言うの? あんたはルークの面倒見てくれなきゃ困るよ」


 サエキが笑う。


「ルークなら俺がみといてやるよ。明日は日本からご両親も来るんだろ? にぎやかになるな」


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