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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第二幕
52/256

小さな居場所

 ヨウコの家の庭 妊娠七ヶ月目でお腹が大きくなったヨウコと、遊びに来ているキースが草の上に座っている。


「しばらく会わないうちに、ずいぶん大きくなったね」

「重たいのよ。よく動くから夜中に何回も起きちゃう。ほら、今も蹴ってるよ。このぼこっと出てるのが足」

「触ってもいい?」

「うん、ほら、ここ」

「あ、引っ込んだ。こんな風に人間が出来るなんて不思議だね」

「そうよね。この子が大きくなったら、またこうやって子供を産むんだろうな。ずっと続いていくのよね」

「この子は何億年もの昔から引き継がれてきたヨウコさんのDNAと、24世紀のラボで組み立てられた、過去とは何の繋がりもないDNAを持ってるんだよね」

「人間のDNAには変わりないじゃない。気にもしなかったわ。あなたがそんな詩的なことをいうなんておかしな感じだな」

「ひとりで子供を産んでるみたいに感じない?」

「どうして? ちゃんと父親がいるでしょ?」

「でも、あいつの遺伝子じゃないんだよ。あいつは生き物ですらないんだから」

「そんな風に考えたことなかったなあ。そう考えるとなかなか面白いよね」

「え、面白いの?」

「うん、面白い」

「ヨウコさんのそういうところ、いいなあ」

「どういうところよ?」


 クリスばあちゃんが丘を上がってくる。


「ヨウコの子供に挨拶にきたよ。キースも来てたんだね」

「おばあちゃん、お久しぶりです」

「すごく元気な子だって話してたところなの」

「この子はいい子だね。早く会いたいよ」

「わかるの」

「わかるさ。でもこの子はどこからきたんだろう」

「半分は私から」

「そう、半分だけね」

「……おばあちゃんは不思議な人ね」

「そうかい?」


 キースが口を挟む。


「ヨウコさん、家の電話が鳴ってるよ。ミチヨさんの携帯からだ。かけなおして貰うように言おうか?」

「いいよ。ちょっと出てくるわ。よいしょ。重いなあ」


 家に向かって歩き出したヨウコをキースが目で追う。


「お前はヨウコが好きなんだね」

「わかりますか?」

「あの子はずいぶんと人じゃないモノに好かれるねえ。面白いもんだ」


 キース、クリスばあちゃんを見る。


「今、なんて?」

「そうなんだろ?」

「おばあちゃんには何も隠せないみたいですね」

「ヨウコの事で悩んでるんだね」

「ヨウコさんにはローハンがいますからね。僕がうろうろしていちゃまずいのかなあ、と思って」

「お前がヨウコに惹かれるのには理由があるんだよ。私もお前もヨウコを守るために今この場所にいるんだからね。知らなかったのかい?」

「ヨウコさんを……ですか?」

「ローハンもサエキもあそこの大きな木もそうだ。目に見えるモノ、見えないモノ、いろんなモノがヨウコを助けようと集まってきてる。この世界はあの子を必要としてるからね」


 クリスばあちゃん、キースの目を見つめる。


「お前はあの子から絶対に目を離すんじゃないよ。ずっとついてておやり」

「いいんですか?」

「もちろんさ」

「そう言ってもらえると、なんだか居場所ができたような気がします」


 クリスばあちゃん、笑う。


「居場所ねえ。お前はこの世界を包み込めるほど大きいくせに、それでも小さな居場所を欲しがるんだね」

「そんな事、昔は考えもしなかったんですけどね」


 キース、立ち上がって戻ってきたヨウコを迎える。


「春だって言ってもまだまだ寒いわね。そろそろ中でお茶しようよ。おばあちゃんも一緒にいかが?」

「私はもう行くよ。孫が遊びに来るんだ」


 クリスばあちゃん、空を見上げる。


「ローハンがそろそろ戻って来るね。今日はジミーのところでお土産をもらったもんだから、ヨウコに見せたくてわくわくしてるよ。せいぜい驚いてみせておやり。ずいぶんと働かされたようだからね」


 クリスばあちゃん、立ち上がるとゆっくりと丘を下っていく。


「ほんとなのかな?」

「ローハンの車ならそこの角をまがったとこだよ。あと二、三分したら戻ってくるよ」

「ほんと、不思議なおばあちゃんよねえ。いつものことだけどさ」


 キース、ヨウコの顔を見つめる。


「ねえ、ヨウコさん」

「なに?」

「鼻水出てるよ」

「ええ?」


 キースがおかしそうに笑い、ヨウコが戸惑った顔をする。


「そこは笑うところじゃないでしょ? やだなあ。早く中に入ろうよ。寒くってたまんないわ」


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