小さな居場所
ヨウコの家の庭 妊娠七ヶ月目でお腹が大きくなったヨウコと、遊びに来ているキースが草の上に座っている。
「しばらく会わないうちに、ずいぶん大きくなったね」
「重たいのよ。よく動くから夜中に何回も起きちゃう。ほら、今も蹴ってるよ。このぼこっと出てるのが足」
「触ってもいい?」
「うん、ほら、ここ」
「あ、引っ込んだ。こんな風に人間が出来るなんて不思議だね」
「そうよね。この子が大きくなったら、またこうやって子供を産むんだろうな。ずっと続いていくのよね」
「この子は何億年もの昔から引き継がれてきたヨウコさんのDNAと、24世紀のラボで組み立てられた、過去とは何の繋がりもないDNAを持ってるんだよね」
「人間のDNAには変わりないじゃない。気にもしなかったわ。あなたがそんな詩的なことをいうなんておかしな感じだな」
「ひとりで子供を産んでるみたいに感じない?」
「どうして? ちゃんと父親がいるでしょ?」
「でも、あいつの遺伝子じゃないんだよ。あいつは生き物ですらないんだから」
「そんな風に考えたことなかったなあ。そう考えるとなかなか面白いよね」
「え、面白いの?」
「うん、面白い」
「ヨウコさんのそういうところ、いいなあ」
「どういうところよ?」
クリスばあちゃんが丘を上がってくる。
「ヨウコの子供に挨拶にきたよ。キースも来てたんだね」
「おばあちゃん、お久しぶりです」
「すごく元気な子だって話してたところなの」
「この子はいい子だね。早く会いたいよ」
「わかるの」
「わかるさ。でもこの子はどこからきたんだろう」
「半分は私から」
「そう、半分だけね」
「……おばあちゃんは不思議な人ね」
「そうかい?」
キースが口を挟む。
「ヨウコさん、家の電話が鳴ってるよ。ミチヨさんの携帯からだ。かけなおして貰うように言おうか?」
「いいよ。ちょっと出てくるわ。よいしょ。重いなあ」
家に向かって歩き出したヨウコをキースが目で追う。
「お前はヨウコが好きなんだね」
「わかりますか?」
「あの子はずいぶんと人じゃないモノに好かれるねえ。面白いもんだ」
キース、クリスばあちゃんを見る。
「今、なんて?」
「そうなんだろ?」
「おばあちゃんには何も隠せないみたいですね」
「ヨウコの事で悩んでるんだね」
「ヨウコさんにはローハンがいますからね。僕がうろうろしていちゃまずいのかなあ、と思って」
「お前がヨウコに惹かれるのには理由があるんだよ。私もお前もヨウコを守るために今この場所にいるんだからね。知らなかったのかい?」
「ヨウコさんを……ですか?」
「ローハンもサエキもあそこの大きな木もそうだ。目に見えるモノ、見えないモノ、いろんなモノがヨウコを助けようと集まってきてる。この世界はあの子を必要としてるからね」
クリスばあちゃん、キースの目を見つめる。
「お前はあの子から絶対に目を離すんじゃないよ。ずっとついてておやり」
「いいんですか?」
「もちろんさ」
「そう言ってもらえると、なんだか居場所ができたような気がします」
クリスばあちゃん、笑う。
「居場所ねえ。お前はこの世界を包み込めるほど大きいくせに、それでも小さな居場所を欲しがるんだね」
「そんな事、昔は考えもしなかったんですけどね」
キース、立ち上がって戻ってきたヨウコを迎える。
「春だって言ってもまだまだ寒いわね。そろそろ中でお茶しようよ。おばあちゃんも一緒にいかが?」
「私はもう行くよ。孫が遊びに来るんだ」
クリスばあちゃん、空を見上げる。
「ローハンがそろそろ戻って来るね。今日はジミーのところでお土産をもらったもんだから、ヨウコに見せたくてわくわくしてるよ。せいぜい驚いてみせておやり。ずいぶんと働かされたようだからね」
クリスばあちゃん、立ち上がるとゆっくりと丘を下っていく。
「ほんとなのかな?」
「ローハンの車ならそこの角をまがったとこだよ。あと二、三分したら戻ってくるよ」
「ほんと、不思議なおばあちゃんよねえ。いつものことだけどさ」
キース、ヨウコの顔を見つめる。
「ねえ、ヨウコさん」
「なに?」
「鼻水出てるよ」
「ええ?」
キースがおかしそうに笑い、ヨウコが戸惑った顔をする。
「そこは笑うところじゃないでしょ? やだなあ。早く中に入ろうよ。寒くってたまんないわ」




