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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第二幕
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キース、爪を切る

 居間 洗濯物のかごをもったヨウコが入って来て、サエキに話しかける。


「サエキさん、今、とてもシュールなもの見ちゃったよ」

「なになに?」

「爪切ってるキース」

「……いくらハリウッドスターでも、爪ぐらい伸びるだろ?」

「ローハンの爪は伸びないでしょ?」

「キースの身体は頭の中身以外は人間とほぼ同じだからな。なんせ俳優なんてやってるから人と会う機会が多い。怪しまれたら困るだろ?」

「ふうん」

「それにおかしな追っかけ女が、自分の子の父親はキースだって言い出すかもしれない。DNA鑑定されても大丈夫なようにしとかないとな」

「頭の中には何が入ってるの?」

「本体からの信号を受け取ったり情報を送り返したりするための送受信機だろ。それと身体の生命維持に必要なだけの脳みそがちょこっとだな」

「つまり『リモコン人間』ってことか。そう考えると不気味ね」

「ひどい怪我をしても、しばらく動かせるぐらい補強はしてあるけどな。病院に運びこまれて頭部のレントゲンでも撮られたらやっかいだからさ」

「ローハンは何で出来てるの?」

「奴の身体は人工細胞だな。こっちの方が扱いやすいし安上がりだから、普通はこっちを使うんだ。俺の左手もそうだよ。でも、調べられると21世紀の技術でも簡単に偽モノだってばれちゃうよ」

「キースって作り物だからあんなにきれいなのかと思ってたけど、普通の人間と同じなのね」

「作り物といえば作り物だけどな。サルバドールのデザインから遺伝情報を書き起こして身体を培養したんだ。手間がかかってるんだよ。だからローハンと違ってややこしいことしなくても子供だって作れるよ」

「ええ! そうなの? セレブだし隠し子がいたりしないかしら?」


 キースが部屋をのぞく。


「もしかして僕の話してるの?」

「お前の端末が人間の身体と同じだっていう話だよ」

「十年目にしてやっとこの身体の感覚が理解できるようになったんだよ。この間からローハンに教えてもらってるんだ」

「ローハンに? 例えばどんな事?」

「そうだな、『そよ風を受けると気持ちがいい』とか『ワサビはピリッとするけど、それがまた味わい深い』とかそういう事かな」

「キースってそんな事もわかんなかったの?」

「感覚なんてただの身体からの信号だったからね。どう解釈すればいいのかわからなかったんだ。だから僕は味覚音痴だっただろ?」


 ヨウコ、キースに近寄って脇をくすぐる。


「くすぐったい?」

「うん」

「そのわりには無反応ね」

「でもくすぐったいよ」

「そうなの?」

「洗濯物干すんだろ? 手伝おうか?」

「ううん。妊婦でも運動はしなきゃいけないから自分でやるよ。終わったらお茶にしよう。サエキさん、ローハンも呼んどいてくれるかな?」

「わかった」


 ヨウコが部屋から出て行くと、サエキがキースを見る。


「ヨウコちゃんにくすぐられて幸せな気分なんだろ」

「予期してなかっただけに嬉しさもひとしおですね。感覚が理解できるようになった甲斐がありました」

「お前見てるとさあ、切なくて胸がギューっとなるわ」

「次は僕の隠し子を作ってくれないかなあ」


 サエキ、キースを睨む。


「今、何て言った?」

「冗談ですってば」

「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ」


        *****************************************


 ある日の午後、キッチンで食事の用意をしていたヨウコが、床に寝転んでいるウーフにつまずく。


「うわ!」

「痛いぞ、ヨウコ」

「危ないなあ。私、妊婦なんだから気をつけなさいよね。なんでこんな邪魔なところに寝転んでるのよ?」

「ヨウコがテーブルの下は駄目だって言うからだろ?」

「あんたがいると足を入れる場所ないんだもん。ちょっとその本、どっから持ってきたの? 床になんて置いといちゃ駄目でしょ?」

「床に置かないと読めないじゃないか」

「ウーフが読んでるの? それ……英語じゃないよね?」

「ヨウコはドイツ語も読めないのか。馬鹿なんだな。そういや英語もよく間違えるよな」

「腹の立つ犬だなあ。ドイツ語の本なんてどこで見つけたのよ? 図書館?」

「ネットショップで買ったんだ。やっぱり哲学書は原文で読んだほうが理解しやすいからな」

「お金持ってるの?」

「バイト料ならあるぞ」


 サエキが入ってくる。


「ああ、そいつ、最近よく近所のファームに手伝いに行ってるだろ? 謝礼はぜんぶこいつの口座に入れてるからさ」

「俺、羊を駆り集めるのがうまいから大人気なんだ。来月末まで予約が一杯だぞ。大儲けだな」

「どうりで最近よくいなくなると思ったわ。あんた、銀行口座まで持ってるの? よく犬が口座なんて開けたわね」

「そういうの、キースに頼めば簡単だよ」

「今日は暇なんで読書にいそしむことにしたんだ」

「犬のくせに暇とはなによ。ちっとも役にたたないんだから。ロボット犬ならジェット機に変形ぐらいしたら?」

「そんな無茶を言うなよ」

「それ、20世紀のアニメだな。ヨウコちゃん、アニメとかマンガとか嫌いじゃないんだろ? なんでいつも俺を馬鹿にするんだよ?」

「馬鹿にしちゃいないわよ。サエキさんの部屋にさ、頭と目のでかい不自然な色の髪した女の子がたくさん飾ってあるでしょ? ああいうのがどうも苦手なのよ」

「ああ、そういう事か」

「そういう事よ」

「そういや、昨日、著名なアニメーターの直筆作品を手に入れたんだ。見たい?」

「だから苦手って言ったでしょ?」

「これは『萌え絵』と言ってだな、『浮世絵』とならぶ日本の古典的なアートなんだぞ。そんなに嫌うことないだろ?」

「絶対に嘘だ」

「そんな嘘ついてどうするんだよ。美術館に行けばちゃんと常設展示コーナーがあるんだぞ。見せてやれないのが残念だが」

「24世紀って……」


 サエキ、にやりと笑う。


「素晴らしいところだろ?」


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