ローハン、奮闘する
翌朝 キッチンでサエキが新聞を読んでいるところに、ヨウコとローハンが笑いながら入ってくる。
「ヨウコちゃん、お誕生日おめでとう」
「サエキさん、ありがとう。今朝は寝坊させてもらっちゃった」
「仲直りしたんだね? そういえば喧嘩したっていつも翌日には仲直りしてるよな」
「俺がヨウコのリセットボタンを押しちゃうからね。朝になったら元通りなんだ」
「リセットボタン? 何のこと?」
ローハン、赤くなる。
「そんなこと聞かないでよ。イヤラシイなあ」
「ああそういうことか」
ヨウコ、ローハンを睨む。
「何が『そういうこと』なのよ? おかしなこと言わないで。いつまでも怒ってても仕方ないから仲直りしてあげたんでしょ?」
「それじゃ俺との『めくるめく一夜』とはなんの関係もないっていうの?」
「ないわよ」
「ヨウコちゃん、あるって言ってやれよ。こいつだって一生懸命なんだからさ」
ローハン、椅子の背に掛けてあったジャケットを取る。
「まあ、いいや。それじゃ俺、出かけてくる」
「ええ? どこ行くのよ?」
「秘密。じゃあね」
ローハン、ヨウコにキスすると急いで出て行く。
「何あれ?」
「さあなあ?」
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夕方近く、キッチンでヨウコとサエキが話しているところにローハンが入って来る。
「あんた、私をほったらかしにしてどこ行ってたのよ? それに今日は夕食作当番でしょ?」
「ごめんごめん、ほら、着替えておいでよ。出かけよう」
「どこ行くの?」
「そんなの秘密に決まってるだろ? 人前に出ても恥ずかしくない格好しておいでよ」
「え? フォーマルな服なんて葬儀用のしか持ってないんだけど、ワンピースでもいいかな?」
「それでいいよ。三十分で出るから急いでね」
ヨウコ、不思議そうな顔で部屋から出て行く。
「もしかして予約が取れたのか?」
「うん。朝行ってレストランのマネージャーに直接お願いしてきたんだ」
「ええ? そんな事したって席なんて取れないだろ?」
「マネージャーは女の人だったんだよ」
「なるほど」
「ちょうどいいタイミングでキャンセルが出たから、その席を譲ってもらったんだ」
「それなのにどうしてそんなに時間がかかったわけ?」
「引き換えに半日秘書やらされた」
「ええ? はべらされたってこと?」
「うん。すっかり気に入られちゃってさ。カバン持ちだよ」
「何か変なことして来なかっただろうなあ」
「大丈夫。露骨に誘われたけどチュウで勘弁してもらった」
「やっぱり」
「ヨウコには言わないでね」
「当たり前だ。誰がそんな恐ろしいことするもんか」
「ヨウコ、喜んでくれるかなあ?」
「ほら、お前も着替えてこいよ。こっちに 来たときに買った茶系のスーツがあっただろ? あれがいいんじゃないか?」
「はーい」
ローハン、急いで部屋を出て行く。
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身支度を終えたヨウコが戻ってくると、サエキの前で回って見せる。
「これ、どうだろ? カーディガンを羽織ればいけるよね」
「なかなかいいじゃない。36には見えないよ」
「それって褒め言葉だと思っていいのよね?」
スーツに着替えたローハンが部屋に駆け込んでくる。
「ねえ、ネクタイ、これでいいかなあ?」
「うひゃあ! モデルみたいよ。そんな服着てるの初めて見たわ 」
「スーツなら結婚式でも着てただろ?」
「だって真っ白いスーツなんて着るんだもん。馬鹿みたいじゃない」
「ええ? 馬鹿みたい? じゃ、どうして言ってくれなかったのさ?」
「あんたが白じゃなきゃ嫌だって言い張るから譲ったんでしょ」
「似合ってると思ったのになあ。カッコ悪かった?」
「似合いすぎてどっかのテーマパークで巡回してる王子様みたいなんだもん」
「それって凄くカッコいいじゃないか。文句言わなくってもいいだろ?」
サエキが急かす。
「ほら、早く行かなきゃ間に合わないぞ」
「どこに連れてってくれるんだろ。楽しみだなあ。ローハン、ちょっと来て」
「なに?」
ヨウコ、ローハンに抱きついてキスする。
「スーツって効果あるんだなあ」
ヨウコ、顔をしかめる。
「あれ? ……香水みたいな匂いがする」
「そ、そう?」
「それも年配の女のつける奴」
「どこでついたのかな? おかしいな」
ヨウコ、ローハンを睨む。
「どこでついたか心当たりあります、って顔してるけど?」
「……こ、心当たりなんて全然ないけどなあ」
サエキが立ち上がる。
「ああ、もう見てられないよ。お前はもう黙ってろ」
サエキ、ローハンを部屋の外に押し出してドアを閉める。
「ちょっと、なにしてるのよ? まだ話は終わってないわよ」
「俺がちゃんと説明してやるからヨウコちゃんはそこに座りなさい」
「はあ?」
「早くしろって。時間がないんだよ。頼むからローハンの苦労を無駄にしないでやってくれ」
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レストランの窓際の席 ヨウコとローハンが向かい合って座っている。
「キースに頼めば予約なんて簡単に取れたんじゃないの? ホストみたいな真似しなくってもさ」
「俺の妻の誕生日プレゼントなんだから、俺の力でなんとかしたかったんだよ」
「だからって他の女とチュウするわけ?」
「魅力も実力のうちだろ? ヨウコだってキースとキスするじゃないか。人のこと言えないんじゃないの?」
「キースとのチュウは役作りのお手伝いでしょ? 男に飢えたやらしい女のチュウと一緒にしないで欲しいわね」
「あ、ほら、あの人がマネージャーさんだよ」
ぴっちりしたスーツを着た女性が、部屋の反対側からローハンに微笑みかける。
「うわ、グラマラスな美女ね。あんたじゃなければ間違いなく誘惑されてたわね」
「そうだろ? 機嫌を損ねずに逃げてくるの、大変だったんだよ」
「まあいいか。私のために身を挺してくれたってことにしとくわ。素敵な誕生日プレゼント、ありがとうね」
「うん。でも、もう一つのプレゼントも楽しみにしててよね」
「そうだった。それって一体なんなのよ? 気になるなあ」
「秘密だって言っただろ」
「いつもらえるのよ?」
「近々……だと思うけど……」
「いい加減だなあ」
「俺だって努力はしてるんだよ。首を長くして待っててよね」
「そう言われれば言われるほど不安になるのは何故かしら?」
ローハン、ヨウコを無視して幸せそうに笑う。
「ヨウコの驚く顔、早く見たいなあ」




