勝負の行方
街の中 ヨウコとサエキが並んで歩いている。
「ローハン、きっと怒ってるわよ。私たちだけで買い物に来ちゃったからさ」
「あいつが勝手に予定を入れるから悪いんだろ? 頼まれればすぐに手伝いに行っちゃうんだから。人がいいにもほどがあるよ」
「ファームの仕事が向いてるみたいね。お礼に野菜やら果物やら山ほど貰ってきてくれるから助かるんだけどさ。今日はサリバンさんとこだから、終わったらすぐに戻って来いって言っといたわ。あそこ、未婚の三人娘がいるから、付きまとわれてハーレム状態になってるわよ」
「真ん中の子、特にかわいいよなあ。ローハンが結婚しちゃってがっかりしただろうな」
「両親も娘の婿にしようと狙ってたみたいよ。私、いろんなところから恨みを買ってるんだよね」
サエキ、広場の真ん中で立ち止まる。
「あの電柱に向かって手を振ってみな」
「なんのまじないよ?」
「カメラがついてるんだよ。キースに声かけたから、挨拶してやれよ」
「そうなの? でもカメラなんてどこにあるのよ?」
サエキ、自分のバッグから半透明の紙テープのような物を取り出す。
「何それ? ガムテープ?」
「ほら、これを剥がしてだな、ぺたっとはるとカメラになるんだ。これは携帯用の簡易型だけどな」
「うわ、これぞ秘密道具じゃない。こんなに薄いのにどうなってるの?」
サエキ、困った顔でヨウコを見る。
「いいわよ、説明しなくっても。どうせ江戸時代の人間だもんね」
「これなら誰にも気づかれないだろ? 世界中の主要な場所にはこんな感じの隠しカメラが設置してあるんだ。21世紀の記録を取ってるんだよ」
「キースって世界中の出来事、全部見てるわけ?」
「記録してるだけだよ。意識して見てる場所は限られてるだろ」
「一度にいろんな事してるのよね。器用なもんね」
「そりゃ、そういう風に作られてるからなあ」
ヨウコ、電柱に向かって手を振る。
「見えるかな?」
「キースが『ヨウコさん、酔っ払いみたいだよ』って言ってるけど」
「人が手を振ってやってるのにむかつくなあ。もう二度とやらないからね」
「謝ってるよ」
「許してやるわ」
「『ありがとう。また来週』だって」
「ほんとにゴルフ対決するつもりなんだ。……ねえ、もしかしてうちの敷地内にもカメラがあったりするの? 知らないうちに記録取られてるなんてやだよ」
「ヨウコちゃんちの敷地は周りから完全にブロックされてるよ。家の周りに防犯カメラは取り付けてあるけど、ローハンにしかアクセスできないようになってる。家の中を覗けないもんだから、キースが興味津々だっただろ?」
「そういうことか」
「唯一覗けるとしたら偵察衛星からだな」
「うちの真上に衛星があるの?」
「うちの真上だけじゃないさ。24世紀で設置したのが何千個も回ってるよ」
「ええ? そんなの見つかって回収されたりしたら大変でしょ?」
「小さなデブリにしか見えないからね。拾われることはないだろうけど、この時代の衛星や宇宙ステーションなんかの軌道からは外してあるよ」
「キースが『ローハンが無断で入り込んでくる』って文句言ってたでしょ? その衛星のこと?」
「そうだよ。あいつ、どこにでも入り込んじゃうからなあ」
「ローハン、見てないかな?」
ヨウコ、空に向かって手を振る。
「ローハンが『ヨウコ、馬鹿みたい』だってさ」
「ええ? ほんとに見てたの? やだなあ。農作業に専念しなさいよね」
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一週間後 居間のソファにもたれて不機嫌そうな顔をしているローハンにヨウコが話しかける。
「まだ機嫌直らないの?」
「別に機嫌なんて悪くないけど」
「悪いでしょ? あっちの方がホールインワンの数が多かったんだから仕方ないじゃない。……凄いモノ見ちゃったなあ。もうテレビでゴルフの試合なんて見れないや」
「練習したのになあ」
「飛距離はローハンの方が出てたじゃない。今日は相手が悪かっただけよ」
「ヨウコ、キース見てうっとりしてただろ」
「身に覚えがないけど?」
「嘘つき」
ヨウコ、笑う。
「なんだ。だから不機嫌なんだ」
「ヨウコのバーカ」
「キース、格好よかったなあ」
「開き直ってる?」
「うん」
ドアを開けてキースとサエキが入ってくる。キース、ローハンの顔に目をやる。
「へえ。まだすねてるんだ」
「うるさいな。すねるのはお前の専売特許だろ?」
「僕がいつすねたって言うんだよ?」
サエキ、キースを横目で見る。
「知りたきゃ俺が教えてやるけど? 全部日記につけてあるからさ」
ヨウコ、ふくれっ面のローハンの肩を抱く。
「もう機嫌直しなさいよ。負けて悔しいんだったら、何かでリベンジしたらいいじゃない」
「例えば?」
ヨウコ、考え込む。
「ほら、将棋はどう? こないだ帰国したマサさんがさ、ルークにって将棋のセットを置いてってくれたでしょ?」
サエキ、申し訳なさそうに口を挟む。
「ヨウコちゃん、将棋はやめときな。ローハンじゃキースには勝てないよ」
「そうか。キースは本業がコンピュータだもんね」
「本業って?」
「本業がコンピュータで副業が俳優なんでしょ?」
ローハン、またふくれる。
「そうやって皆で俺を馬鹿にする。やってみなきゃわかんないだろ?」
ローハン、立ち上がって将棋盤を持ってくるとコマを並べ始める。キースがローハンの向かい側に腰を下ろす。
「どうしてもやりたいって言うんなら仕方ないな。じゃ、先手を譲ってやるよ」
「後悔するよ」
ヨウコ、キースにささやく。
「先手ってそんなに有利なの?」
「将棋の場合はたいして変わらないかな」
ローハン、キースを睨む。
「ええ? じゃあなんでそんなに恩着せがましく言うのさ?」
「いいから早く始めなさいよ」
「はあい」
ローハン、コマを動かす。キースもすかさず自分のコマを進める。ローハンとキース、交互にコマを動かし始める。
「うわ、ちょっと早すぎない? 目がついていかないわ。もっとじっくり考えたらどうなのよ?」
サエキが笑う。
「AI同士なんだからあんなもんだろ。コーヒー、いれるけど飲む?」
「後でいいや。もう少ししたらローハンを慰めてあげなきゃならないから」
しばらくしてキースが動きを止める。
「負けました」
サエキ、驚いてキースを見る。
「ええ? 嘘だろ? 手加減したのか?」
「いいえ。本気でしたよ」
ローハン、得意そうに笑う。
「今度は俺の勝ちだな。あれ、負けたのにすねないの?」
キース、ローハンに向き直る。
「ローハン、君は一体何なんだよ?」
「何って……ロボットだろ? そんなの思い出させるなよ」
「僕が今までにボードゲームで勝てなかった相手はガムランだけなんだよ」
キース、サエキを見る。
「サエキさん。飛行機の中でも言いましたよね。やっぱりローハンには何かあるんですよ。ロボットの演算処理能力で僕に勝てるわけないでしょう? 調べてみたほうがいいと思いますけど?」
「調べるって言ったって、何をどうやって調べるんだよ?」
「ガムランなら間違いなく知ってるでしょうね」
「あいつが俺に隠し事をしてるってのか?」
「隠し事、大好きじゃないですか。知らないんですか?」
「……まあ、確かに何度か驚かされたことがあるな」
「何度か、ですか?」
「いや、思い起こせば何十回となく、かもしれない……」
「……気になるなあ。夜も眠れないよ」
「お前は寝ないだろ?」
「そのぐらい気になるって言ってるんですよ」
ヨウコ、ローハンを睨む。
「あんた、未来からやって来たロボットってだけじゃ足りないわけ? 他に何を隠してるのよ?」
「そんな事聞かれてもわかんないよ」
「妻にも言えないっていうの?」
「知らないことは話せないだろ?」
「私には秘密なんだ。秘密も分け合えないようじゃ夫婦とは言えないわよね。もう私達、終わりなのかなあ?」
「ええ? ヨウコ、何言ってるの?」
「ヨウコちゃん、そこまでにしときなよ。楽しいのはわかるけどさ」
サエキ、キースの方を見る。
「で、次は何にするんだ?」
「何って?」
「将棋のリベンジだよ。たかがロボットなんかに負けてそのままでいいの?」
「ローハンは『たかがロボット』なんかじゃありませんよ」
ヨウコが口を挟む。
「まあ、ローハンの事はどうでもいいじゃない。次は水泳なんてどうだろ? 400メートル個人メドレー」
「男の水着姿が見たいんだな」
「うん。この二人が並んだら最高でしょ?」
「水泳じゃ僕が負けると思いますよ。ローハンと僕じゃ体格も筋力も違うでしょう?」
「なんだ、つまんない」
「俺の裸ならいつも見てるだろ?」
「見飽きた」
「見飽きた?」
「嘘だって。そんな顔しないでよ」
「じゃ、リベンジは置いといて、みんなでプールに遊びに行くか? そこのプールって眼鏡は禁止だったよな」
「サエキさん、やっぱりプールは駄目だわ」
「なんでだよ? 俺の裸が嫌だとでもいうのか?」
「ローハンとキースと眼鏡はずしたサエキさんよ。プール中の女が全部集まってきちゃうでしょ?」
キースが肩をすくめる。
「僕もプールはパスです。変装のしようがありませんからね」
「ピチピチの水泳キャップかぶってゴーグルかけとけば誰かわからないだろ?」
「絶対に嫌です」
「いい男に囲まれてるってのも不自由なものねえ」
「そういうのを贅沢な悩みって言うんだよ。俺もかわいい子とプール行きたいなあ。ヨウコちゃんなんかとじゃなくってさ」
「はいはい。ハルちゃんが来たときにでも誘ったら? 私もコーヒー入れてこよう。ローハンとキースも飲むよね」
ヨウコ、立ち上がると部屋を出て行く。ローハンとキース、サエキをじっと見る。
「そんな目で見ないでくれよ。今のは失言だったよ」
「ほんとだよ。人の妻つかまえてなんて事言うんだよ。確かに水着着たって凹凸なんてないけどさ、だからってそこまでいう事ないだろ?」
「ヨウコさん、内心傷ついてるんじゃないですか? あの外見からは想像がつかないぐらい繊細なんですよ」
「お前らの方がずーっと失礼じゃないか。なんで俺が怒られなきゃならないんだよ」




