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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第二幕
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サエキの眼鏡

 結婚式の翌日 キースが庭のテーブルで雑誌をめくっていると、ローハンがやって来る。


「いつまで新婚さんのお宅に居座るつもり?」

「飛行機、明日の朝なんだ。君たちにも予定なんてないんだろ? 僕がいたって構わないじゃないか」

「うちはだなあ、質素でエコロジーな生活をしている一般中流家庭なんだよ。お前がいると半径五メートルがセレブ空間になっちゃうよ」

「一般中流家庭にあんなジェネレーターがあるもんか」

「二酸化炭素排出量を気にせずに風呂に入れるじゃないか」

「あれは21世紀には持ち込み厳禁だよ。あんなモノの存在が知れたら歴史が変わっちゃうだろ?」

「厳禁? 他にも一つあるって聞いたけど?」

「もう一つは僕の本体の電力供給源なんだよ。ロシア人から電気を買えとでも言うのか? 僕と君んちの風呂と一緒にされてたまるか」


        *****************************************

                                               

 居間 窓から外を眺めているサエキにヨウコが声をかける。


「サエキさん、ローハン見なかった?」

「キースと外にいるよ。面白いからそこの窓から見てみな」

「……あの人たち、何してるの?」

「どちらがたくさん箸でハエを捕まえられるか競ってるらしい」

「あ、捕った。すごい動体視力よね」

「な、面白いだろ?」

「昨日の晩のパーティでもあんな事してなかった?」

「りんごの皮をどちらが長くむけるか競ってたな」

「仲いいわねえ。ローハンにも同類の友達が出来てよかったわ」

「仲がいいようには見えないんだけどな」

「終わったみたいよ」

「ローハンが勝ったな。嬉しそうな顔してる」


 ヨウコ、笑う。


「これからはハエ捕りはローハンの仕事にしようっと」


        *****************************************

                                               

 キッチン ヨウコとサエキとキースの三人が座ってコーヒーを飲んでいる。キースがサエキの眼鏡に目を留める。


「サエキさん、いつまでその眼鏡、かけてるんですか? もう素顔は見られちゃったんだし、変装の必要はないんでしょう? 持ち込み禁止の品なんだから、次にあっちに戻ったら置いてきてくださいよ」


 ヨウコ、興味深げに眼鏡を見る。


「それ、未来の眼鏡だったの? 秘密道具?」

「気に入ってるんだよ。俺が古い物、集めてるの知ってるだろ? それにすごく便利なんだよ」

「新しいの、古いの、どっち?」

「22世紀初頭に作られたビンテージモノなんだよ。24世紀仕様にリストアしてもらって使ってるんだ」

「いくら古くても、この時代じゃ未来のハイテク機器なんですよ」

「どんな風に見えるの?」

「かけてみる?」


 サエキ、眼鏡をはずすとヨウコに手渡す。ヨウコ、サエキの素顔を見る。


「サエキさん、やっぱり美形よねえ。眼鏡一つでこんなに雰囲気が変わるなんて信じられないわ。私のタイプじゃないなんてもったいないなあ」

「ほんとに残念だよ。ほら、早くかけてみなって」


 眼鏡をかけたヨウコを見てサエキが吹き出す。


「似合わないなあ」

「似合いませんね」

「うるさいなあ。キースまで言うことないでしょ? 眼鏡が似合わないの、知ってるわよ。……線とか字とかが見えるんだけど……英語よね?」

「24世紀じゃだいぶ言葉が変わっちゃってるけど、なんとなくわかるだろ? 例えばだな、そこの花瓶に入ってる花を見てみな」

「文章みたいなのがずらずらっと出てきたわ。ほとんどわかんないや」

「データベースになってるんだよ。面白いだろ。距離や温度も測定できるんだ」

「もの凄く鬱陶しいんだけど、よく平気ね。SF映画のロボットになった気分だわ。ローハンもこんな風に見えてるのかしら?」

「まさか。本人が聞いたら怒っちゃうよ。サエキさん、データベースなんて頭の中に入れとくものでしょ?」

「頭の中に入ってるものを使うのが苦手なんだよ。蕁麻疹が出そうだ」

「『会社』の職員とは思えませんね」

「ガムにもよく言われるよ」

「あ、これなら私にも読めるわ。『サンフラワー』って書いてある。ひまわり?」


 キース、周りを見回す。


「ひまわりなんてどこにもないよ」

「窓からそこのタンポポ見てるんだけど」

「サエキさん、その眼鏡、あんまり信用しないほうがいいんじゃないですか?」

「そういうところがレトロなモノを使う醍醐味なんだよ。俺のささやかな趣味なんだから見逃してよ」

「まあ、いいですけどね。どこかで落っことしてきたりしないでくださいよ」

「それなら大丈夫よ。結婚式まで一度もはずしたの見たことなかったからさ」


 サエキ、ヨウコに向かって手を伸ばす。


「ほら、もう返してよ。それしてないと落ち着かないんだ」

                                               

        *****************************************


 翌日 キッチンでヨウコとローハンとサエキが昼食を食べている。


「あーあ、キースが帰っちゃった。がっかりだなあ」

「夫の前でそんなこと言うんだ。それも新婚ほやほやなのに」

「そうね。ローハンで我慢するしかないなあ」

「我慢って?」

「冗談に決まってるでしょ。おとうさんたちも明日帰るし、そしたら二人きりだね」


 ヨウコ、立ち上がるとローハンを後ろからぎゅっと抱きしめる。サエキ、腰を浮かせる。


「俺、遠慮した方がいいよね?」

「サエキさんは空気みたいなもんだから、気にしないで」

「それはどういう意味にとったらいいのかな?」


 ローハン、ヨウコを振り返る。


「ねえ、ヨウコ。新婚旅行には行きたくないの?」

「ルークも学校だし、当分は無理でしょ? これだけ一緒に住んでたら、いまさら新婚って気分でもないしさ」

「ヨウコちゃん、ルークの面倒ぐらい俺がみてやるよ。第一コブつきじゃ雰囲気もなにもあったもんじゃないだろ? 近場でよければ行ってこれば?」

「それじゃヨーロッパに行こうよ」

「近場って言ったろ? 地球の裏側じゃないか」

「言ってみただけでしょ? 日本から戻ったところだし海外はもういいよ。どこかでかわいいコテージでも借りてのんびりする?」


 ローハン、嬉しそうに笑う。


「ヨウコと新婚旅行かあ」

「何うっとりしてるんだよ。旅行中、お前一人が集中的にいじめられるんだよ。覚悟しとけ」

「土日は避けて月曜日からにしようよ。田舎の小さい町にする?」

「お、早速プランを立てはじめたぞ」

「ヨウコの生理は来週末まで来ないよね?」

「聞かないでよ」

「大切なことだろ? 新婚旅行でやることやれなかったらどうするのさ?」

「だから、そういうのはこっそり聞いてって言ってるの」


 サエキ、ニヤニヤする。


「俺は空気だから気にしないで」

「ローハンって計画立てるの大好きなのよね。こっちは楽でいいや。車に積んどくとナビ代わりになるし便利よね」

「ねえ、ヨウコ。ゴルフ場があるところにしてもいい?」

「あんた、ゴルフなんてしないでしょ?」

「三週間後にキースとまわることになったんだ。練習しとかなきゃ」


 サエキ、驚いた顔をする。


「ええ? あいつまた来るの?」

「ハエ捕りのリベンジにゴルフで勝負だっていうから、受けて立ったんだ。クラブのセット、買いに行かなきゃ」

「中古でいいんでしょ? 不用品売買の新聞ならそこのかごに入ってるよ」

「相手はキースだよ。精度の高いクラブを使わないと勝てっこないだろ?」

「新品買うの? もったいないなあ」


 ヨウコ、首を傾げる。


「あれ? あの人、ゴルフはあまりうまくないって聞いたけど? チャリティイベントでたまにプレイするぐらいでしょ?」

「目立たないように下手なフリしてるだけだよ。あいつがプロだったら間違いなく賞金王だな」

「うひゃ、そりゃ絶対見に行かなきゃ」

「俺の応援してくれるんだよね?」

「当然でしょ?」

「怪しいなあ」

「いいじゃない。あんたの方がハエ捕るのうまいんだからさ。ゴルフよりも実用的だわ。それと新婚旅行中にゴルフの練習するのは許さないからね」


 サエキ、出て行き際にローハンにささやく。


「キースにうまいこと乗せられたなあ。あいつ、戻ってくる口実が欲しかっただけなんじゃないのか? ここに来るなっていうのはお前だけだからな」

「ああ! そうかも……」


 愕然とするローハンを見て、サエキが笑う。


「あいつの方がお前よりも脳みそ、うんとでかいんだからさ、気にするなよな」


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