ヨウコとローハン、式を挙げる
二月のある晴れた日 ヨウコ達の自宅の庭に人が集まっている。自室の窓から外を覗いていたヨウコが、振り返ってローハンに話しかける。
「自宅の庭で結婚式なんて素敵よね。何もかも自分で手配ってのが面倒くさいけどさ」
「ヨウコは何一つ手配してないだろ?」
「だって、ローハンが全部自分でやっちゃうんだもん。そろそろドレスに着替えようかなあ」
「手伝おうか?」
「新郎は式が始まるまではドレスを見ちゃいけない決まりなのよ。トニーが着替えを手伝ってくれるからいいよ。そろそろ入ってきてもらわなきゃ」
「トニーって一応男だよね? ミチヨちゃんはどうしたの?」
「あの子は男漁りに忙しいみたいで、お客の間をうろうろしてるわ。私が再婚するんで焦ったんじゃない? 男って言ってもトニーだから構わないでしょ? モデルだからメイクも上手なのよ」
「でも、そういう関係になったことあるんだろ?」
「あれは酔ってたからでしょ? お互いびっくりしたわよ。……全然思い出せないのがちょっと残念だけどさ」
「ヨウコ?」
「冗談よ。じゃ、トニーを探してくるわ」
ヨウコ、ドアを開けて、ローハンを振り返る。
「ちょっと、ローハン、廊下に香港の映画スターみたいな人がいるんだけど、あんたの友達でしょ? すっごい美形で24世紀くさいわ」
ローハンも廊下をのぞく。
「あの人、ヨウコのタイプ?」
「ううん。残念ながら微妙に違うなあ」
「……紹介してあげようか?」
「わざわざ式に来てくれてるんだもん。是非とも紹介してもらわないと」
ローハン、ヨウコを男のところに連れて行って話しかける。
「やっぱり全然わかんないみたいだよ」
ヨウコ、戸惑った顔でローハンを見る。
「何がわかんないの?」
男、ヨウコにイタズラっぽく笑いかける。
「おめでとう、ヨウコちゃん」
「……あれ? この人、声がサエキさんにそっくり」
「俺、サエキだけど……」
「ええっ!」
素顔のサエキ、ニヤニヤする。
「驚いた? 今日はヨウコちゃんの友達がみんな話しかけてくるよ。いつもは悲しいぐらい避けられてるのに」
「ありえないでしょう? 目の色、違うじゃない」
「そりゃ、眼鏡のせいだ」
「どんな眼鏡なのよ? 日本人じゃなかったの?」
「日系人だけどさ、俺の時代には純日本人なんて稀少だよ。日本って国自体、もうないし」
「どおりでサエキさん、今日は見かけないと思ったわ。ベストマンなのにおかしいなあ、って思ってたの。化けたわねえ」
「こっちが本当の姿なんだけどなあ。アキバ系で式に出るな、って言ったの、ヨウコちゃんだろ?」
「そんなこと、言ったっけ?」
「なんで覚えてないんだよ? ……そういえば、今晩、客が帰った頃にハルちゃんとウサギがお祝いに来るって言ってたぞ。ヨウコちゃんの家族はウサギを見たって平気だろ?」
「おかあさん喜ぶわよ。かわいいもの好きだから。ニンジン、用意しとかなきゃ。ローハンに掘ってきてもらおう」
「そんなん、食べないよ。それに新郎にニンジンなんて掘らすなよ。奴は寿司が好物だから残しておいてやって」
トニーが外から廊下へ入って来る。
「ヨウコ、そろそろ着付けしなきゃ。……まあ、ヨウコ、こちらのハンサムな方はどなた?」
ヨウコ、トニーにささやく。
「トニーのタイプ?」
「残念ながら微妙に違うわ」
「やっぱり」
「聞こえてるぞ」
「まあ、サエキに声がそっくりね」
「でしょう? 何故かと言うとねえ、この人の正体はサエキさんなの」
トニー、驚いて口に手をあてる。
「オーマイ……」
「トニーまで言うのか?」
「未来の人って顔かたちが変えられるのね。凄いわ」
「眼鏡をはずしただけだよ? どうしてトニー、俺と同じスーツ着てるの? 並ぶと漫才のコンビみたいなんだけど」
「トニーは私のブライズメイドだもん。衣装を揃えたのよ」
「さすがにドレスを着るわけにはいかないものねえ」
「なんだ、そういうことか」
「四人で並ぶと花嫁の私が引き立て役みたいじゃない。サエキさん、やっぱり眼鏡かけなさいよ」
「やだよ。せっかくおめかししてきたんだからさ。ヨウコちゃんがアキバ系で来るなって言ったんだから諦めなよ」
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式が始まり、丘の上の木の下でヨウコとローハンがセレブラント(結婚執行人)の前に並んで立っている。セレブラントが二人に尋ねる。
「あなたはこの女性を妻とすることを誓いますか?」
いきなり、後ろから声が聞こえる。
「ちょっと待った」
ヨウコ達が振り返ると、サングラスをかけたキースが丘を駆け上がって来る。
「あれ? キースが来たよ」
「嘘だろ?」
近づいてきたキースをローハンが睨む。
「どうしてお前が人の式に乱入してるんだよ?」
「だって飛行機が遅れたんだよ。仕方ないだろ? 危うく今日のハイライトを見逃すところだったよ」
キース、セレブラントに向かって話しかける。
「すみませんでした。続けていただいて結構です。できればもう一度、最初からやってもらえればとても嬉しいんですが」
「遅れて来ておいてずうずうしい奴だな。続きからお願いします」
セレブラント、気を取り直して、ヨウコ達に質問する。
「あなたはこの女性を妻とすることを誓いますか?」
「誓います」
「やったあ、ほら、チュウして」
「ちょっと、ヨウコがまだ誓ってないって」
「誓わなきゃ駄目かな?」
「そりゃそうだろ? 何考えてるんだよ?」
「冗談よ、冗談」
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式が終わって、客たちが談笑している。サエキ、キースとベンチに座っている。
「撮影はもう始まってるんだろ? こんなところまで来るなんて、無理したんじゃないの?」
「友達の結婚式には出たいじゃないですか。ほかに友達なんていないから、これが初めてなんですよ」
「先月ヴィッキー・モリスの式に出てただろ? 親友面してさ」
「あんなの友達じゃないですよ。あの女、式の三日前に僕を誘って来ました。あれじゃすぐに破局するでしょうね」
「ヴィッキーに誘われたって? うらやましいなあ……。で、誘いには乗ったの?」
「まさか。あんな女のせいで『キース・グレイ』の評判に傷が付いたら困りますよ」
「それなのにヨウコちゃんとは東京の街の中でチュウするのか? それも素顔で写真まで撮られてさ」
「それとこれとは別です」
「別じゃないだろ? この間からずーっと考えてたんだけどさ。お前、もしかしてヨウコちゃんのこと、気になってるの?」
「そうなんです。自分でもどうしてなのかわからないので来ちゃいました」
「どうしてって、ローハンにおかしなファイル、貰うからだろ! 最悪の予感が当たっちゃったよ」
「最悪っていい方はひどくないですか?」
「自分とあいつを重ねてどうするんだよ? ヨウコちゃんにはローハンがいるんだぞ。それも今日からは夫婦なんだよ。面倒なことになったら俺がガムに叱られるよ」
「サエキさんと僕の秘密にしとけばいいでしょ? キスで我慢しますから」
キース、立ち上がる。
「花嫁にチュウしてどうする?」
「ハリウッドスターからの祝福のキスですよ」
「本当にキスだけで我慢できるのか? お前って自分の欲しい物は手に入れないと気が済まない性格だろ? 自分勝手でわがままなんだから」
キース、肩をすくめる。
「ヨウコさんやサエキさんに迷惑をかけるようなことはしませんよ。約束します」




