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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第二幕
43/256

サエキ、出社する

 24世紀 『会社』の一室 サエキが大きな椅子に座ってぼーっとしている。 長身のアジア系男性の姿をしたガムランの端末が、黒いこうもり傘をぶら下げて、あごをなでながら入ってくる。


「サエキさん、戻ってた?」

「ああ、ガムか。友達のパーティに行ってたんだ。今21世紀に戻っても朝方だからさ。お前、ヒゲ伸ばした?」

「なかなかいいだろ? ちょっと痒いけどな」

「ちゃんと手入れしろよな。無精ひげにしか見えんぞ。なんだよ、そんな古風な傘持って。今日、雨降るの?」

「明後日までは晴れる予報だよ。ところで式は来週だって? ウサギさんのロボットは予想以上に優秀だな」

「ちゃんとローハンって名前があるんだから、名前で呼べよな」

「フギンはヨウコさんとローハンのこと、知ってるんだろ?」

「ああ、『俳優キース』に飛行機で待ち伏せされた」

「仕方のないやつだな。ヨウコさんが『二つ目の願い(セカンドウイッシュ)のヨウコ』だってのもバレちゃった?」

「うん。なんとなく自分で気づいてたみたいだけどな」

「それじゃ、すねてるだろうなあ。『ヨウコ』探索があいつの任務の一つだったのに、こっちで勝手に見つけておいて知らせなかったんだからな」

「もの凄くすねてたよ。一言教えておいてやればよかったのに。お前、キースに冷た過ぎないか?」

「口外しないようにブロックかけた?」

「必要ないよ。あいつは秘密を漏らすような奴じゃない」

「サエキさんは誰でも信頼しちゃうんだからなあ。フギンに知られた事、俺に黙ってるつもりだったろ?」

「たいしたことじゃないと思ったからさ。ヨウコちゃん達とも仲良くやってるから、問題ないだろ? 一人ぼっちで退屈してたみたいだしな」

「俳優までやらせてやってるのに? こっちの同型の二基はおとなしいもんだけどな」

「お前が怖いんだよ」


 ガムラン、サエキに近づいて、顔を覗き込む。


「気になってることがあるんだろ?」

「別にないよ」

「サエキさんの任務は『じいさん』からの依頼を遂行することだってわかってるよな? あいつが障害になるようだったらすぐ俺に知らせてよ」

「『ヨウコ』のサポートが仕事なんだから、障害になるようなことはしないだろ」


 ガムラン、さらに顔を近づける。


「サエキさんさ、『天使の卵』とやらを探すのに夢中になってるんじゃないの? 『天使』なんていやしないんだから、くだらないことに気を取られるなよ」

「心配するなって。自分のやるべき事はよく分かってるよ。それに『二つ目の願い(セカンドウイッシュ)のヨウコ』の傍にいれば、探さなくっても『天使の卵』は見つかるはずなんだ。『ヨウコ』が『天使』をこの世界へ導くんだからな」

「そんなわけのわかんない言い伝えを、本気で信じてるのか?」

「他に手がかりはないだろ? コーヒーでも飲みに行かないか? 眠気が覚めないんだ」

「俺はいいや。もう行かないとエリザベスにどやされる」

「エリザベスばあちゃんか。お前自ら家庭訪問? わざわざ端末が行かなくっても、通信で話せるだろ?」

「俺が顔見せなきゃ、すぐにでも安楽死するって言うからさ。俺に説教するのが生き甲斐らしいよ」

「まだぴんぴんしてなかったか? バジルにでも任せりゃいいのに」

「若いもんとは話が合わないんだってさ。まあ一般市民に仕えるのが公僕の務めだからな。気にしてないよ。それじゃなきゃ、こんな人型端末なんて必要ないだろ? サエキさん、こっちでもその眼鏡してるんだ」

「え? ああ、最近はしてないと落ち着かなくてな」

「よく似合ってるよ。ヨウコさんとローハンに『式に出れなくてすみません』って伝えておいてくれる? じゃ」


 ガムラン、窓枠によじ登る。


「おい、何してるんだよ?」

「出かけるんだけど」

「15階から?」

「天気もいいし飛んでこうかなあって」

「『会社』から三百メートル以内で『反重力ユニット』は使用禁止だろ? お前が規則を破るなよ」

「この部屋からならどこにも影響ないんだよ」

「ちょっと待て。どうやって飛ぶ気だ? 『ユニット』、装着してないだろ?」

「ああ、メイちゃんとこがさ、埋め込み型の『ユニット』を作ってただろ? 面白そうなんで俺がモニターに志願したんだ」

「だから先週インドに遊びに行ってたのか。どこに埋め込んだのさ?」

「全身を持ち上げなきゃならんからさ、骨格に組み込んであるんだ。大きな骨は全部交換しちゃった」

「どんな具合?」

「なかなかいいよ。でもこのままじゃ人間にはバランスが難しくて扱えないな。今、ソフトを開発中だって言ってたから、数か月したらサエキさんでも使えるようになるだろ。インドに行くんだったら休暇あげるけど?」

「俺、自分の骨が大好きなんだよ」

「なんだ、残念だな。あとしばらくは世界で俺ひとりだけが素っ裸でも空を飛べるってわけだ」

「そりゃあ、よかったな」

「じゃ、行ってくるわ」


 ガムラン、窓枠から足を踏みだすと宙に浮く。


「ぴゅーっと飛んでかないの?」

「反重力だから……」

「うん」

「浮くだけだな。横方向に進むには、プロペラとかジェットパックとか別の推進力が必要でさ」

「じゃあ、反重力ユニット付きのジェットパックを使ったほうが手っ取り早いだろ。わざわざ身体に埋め込まなくってもさ」

「今日は風が強いから風に乗ってくさ。東南の風が吹いてるからばあさん家まではすぐだろ」

「ばあさん家は公園の向こう側だろ? 真南じゃないか」

「近所で降りて歩くよ」

「どうしても飛んで行きたいんだな?」

「そうだよ」


 ガムラン、持っていた傘を開くと、風に乗って離れていく。サエキ、立ち上がって伸びをする。


「こういうのをメルヘンって言うのかなあ? そろそろ俺も戻るか」  


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