ヨウコの大失敗
同日の晩 居間でヨウコとローハンがテレビを見ていると、袋を抱えたサエキとキースが入ってくる。
「ルークも寝たしさ、あと日本も数日だから飲み会しない? いろいろ買ってきたよ。この缶チューハイっての、飲んでみたかったんだ」
キース、飲み物をコタツに並べる。
「寂しくなりますね。僕は次はロスなんです」
ローハン、キースを睨む。
「お前はいつまでここにいる気なんだよ?」
「おかあさんが泊めてくれるって言うんだから構わないだろ? 僕もちょうど日本での仕事が終わったからさ、空港で別れようよ」
ヨウコ、自分の前に置かれたビールの缶を押しやる。
「私、飲むのはパス。おつまみなら付き合うけど。焼きスルメあったよね?」
サエキ、不思議そうにヨウコを見る。
「ヨウコちゃんって全然飲まないんだね。結構いけるほうかと思ったのに」
「そうなんだよ。どこ行っても飲もうとしないんだ」
「何度か大失態を演じてるんで、もう二度と飲まないことにしてるの」
「へえ、悪酔いするほうなんだね。何があったの?」
「人には言えないわ」
キース、ヨウコを見る。
「僕は知ってるけど」
「……キースってよく私に嫌気がささないわね」
「人はみんな汚点だらけの人生を歩んでるんだよ。周りが気づかないだけの話でさ」
「それはいたわりの言葉だと思っていいのかな?」
ローハン、不満そうにサエキを見る。
「ねえねえ、サエキさん。前から気になってたんだけどさ、キースがヨウコの事を何もかも知ってるのに、『生涯の伴侶』の俺がなんにも知らされてないのはどういうこと?」
「お前にはわざと教えてないんだよ。自分の事、最初から何もかも知ってる男となんて付き合いたくないだろ?」
ローハン、納得した顔になる。
「なんだ。そういうことか」
「でも、キースなら許せるなあ」
「ええ?」
「またそんな顔してる。かわいいったらないわ」
「ヨウコちゃん、正月からローハン、からかうのやめなよ。今日ぐらい飲んでもいいんじゃないの? みんなが一緒だから、ヤバくなったら止めてあげるよ」
「絶対にやだ」
ローハン、懇願するようにヨウコの顔を覗き込む。
「ねえ、ヨウコ、一度ぐらいは付き合ってよ」
「あんた、機械のくせに酒飲んで酔えるの?」
「俺は酔わないよ。でも酔ったヨウコが見てみたい」
「見ないほうがいいわよ」
「なんでだよ?」
「仕方ないな。それじゃあ、一例として前回どれだけ大変なことになったか教えてあげるわ」
「やった」
「ナオキと別れたすぐ後の話なんだけどね。がっくり落ち込んでるときにさ、トニーも凄く好きだった人に振られたのよね。で、二人でうちで飲み明かすことにしたのよ。トニーはヤケになっちゃって、もうゲイなんてやめてやる、って言うし、私も、じゃあ、トニーと付き合ってあげるわ、なんて言い出してさ……。それからはまったく記憶がないんだけど、朝になったら二人で裸で抱き合って寝てたのよ」
「……それは大変なことになったんだね」
「もちろんトニーがゲイをやめるはずないし、それっきりだけどさ」
キース、首を傾げてヨウコを見る。
「へえ、その話は僕も初耳だったよ」
「ええ! それじゃ、もしかしてオークランドでの出来事を知ってるの? それとも横浜?」
ローハン、慌てて口を挟む。
「それ全部、キースの胸の奥にしまっておいてくれていいからね」
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帰りの機内、ヨウコがローハンにもたれて眠っている。サエキがやって来て、ローハンの反対側の席に腰を下ろす。
「おい、お前、キースに何をしたんだよ?」
「ええ? まだ何もしてないよ。何回か端末ぶっこわそうかと思った瞬間はあったけどさ。ファーストクラスを貸切にしてくれたから、許してやるよ」
ローハン、訝しげにサエキの顔を見返す。
「どうかしたの? あいつ、壊れたの?」
「お前、行きの飛行機の中でなにかキースに渡してただろ? あれ見せてみろ」
「『ヨウコと俺の愛の軌跡』のファイルのこと? サエキさんが見てもわかんないんじゃないかなあ」
サエキ、真剣な表情になる。
「……もしかして映像と音声だけじゃないんだな?」
「俺の記憶も一緒に入ってるからさ、機械同士じゃないと理解できないと思うよ」
「やってくれたな」
「どういう意味?」
「お前はだな、この世で唯一、人間と同じ感情や感覚を持ってる機械なんだぞ」
「そんなことないだろ? 『会社』にもたくさん人型のロボットがいるけど、みんな普通に笑ってたよ」
「あいつらは人間の真似をするようにプログラムされてるんだよ。どんなときに笑えばいいのか知ってるだけで、本当に面白いと思ってるわけじゃない」
「ええ、それじゃ本気で笑ってたのは俺だけなの? 馬鹿みたいじゃないか。でもミッチなんて、ほんとに楽しそうに笑ってたけどなあ」
「ああ、ミッチはお前らのプロトタイプだよ。感情のバランスが取れてないんで、いつだってハッピーなんだ。言っちゃ悪いが出来損ないだ」
「じゃあ、ガムランは? あの人、感情豊かだよ。不機嫌なときはもう最悪だろ? あれも真似なの?」
「大型コンピュータには感情があるんだよ。容量からして全然違うだろ? ガムが人間と同じ感情をもってるのかどうかは、誰にもわからんけどな」
「そうなの? じゃ、キースだって同じだろ?」
「キースは感情を持たないことを前提に作られてるんだ。事務処理と情報収集が仕事だから必要ないだろ? 怒ったり喜んだりするくらいは学んだみたいだけどな。よくすねてるし」
「それで?」
「なのに、どこかのおせっかいロボットが、喜怒哀楽がいっぱいつまったデータを渡しちゃったんだよ。あいつに理解できる形でさ。盲目の人間に新品の目玉をくれてやったようなもんだ」
「別に悪いことじゃないだろ? 感情がわかんないなんてかわいそうじゃないか」
「悪かないけどヤバイだろ。ガムに叱られるよ。キースは離れてるって言ってもガムのネットワークの一部なんだよ。ただでさえわがままなのに、これ以上おかしくなったらどうするんだ」
「俺の責任にしてもらえばいいよ」
「お前のやらかすことは全部俺の責任なの。お叱りを受けるのはお前じゃなくて俺だよ」
「キースって人間の感情もわからないのに、どうやって俳優なんかやってるのさ?」
「話題を変えるなよ」
「だって悩んでたって仕方ないだろ? 済んだことなんだしさ」
サエキ、ため息をつく。
「そうだな。ガムにはバレるまで黙っておくか。……キースは人真似が得意なだけなんだ。昔からずいぶん人間に興味をもってたからな。俳優やってるのは少しでも人の心を理解したいからだって言ってたよ」
「じゃあ、俺のしたことには感謝してもらわなきゃね」
「そりゃあ、感謝してるんじゃないか?」
「そうかなあ。それにしちゃあ態度悪いよ。俺のこと、嫌ってるのかな?」
「それなんだよなあ。なんかひっかかるんだ」
ローハン、ふくれる。
「きっとロボットだと思って馬鹿にしてるんだ」
「それはないだろ? いいからキースに渡したファイル、見せてみろよ」
「サエキさんにはわかんないって言っただろ?」
「映像と音声だけ抜き出してもらえればいいから」
「俺とヨウコのプライベートライフを覗き見ようとはいやらしい」
「そんなモノをなんでキースには渡すんだよ? わけわかんないよ」
ローハン、愕然とする。
「……ほんとだ。俺、何やってたんだろ?」




