ヨウコ、お持ち帰りする
駅の構内 キースとヨウコ、停車している電車に飛び乗って隅の席に座る。ドアが閉まり電車が動き出す。
「本物のキースって、映画の中より格好いいかも。いつもこんな事してるの?」
「パパラッチがしつこい時ぐらいですね。マスコミにはニセ目撃情報を流しておきましたから、追われることはないですよ」
「キースは報道陣の網に引っかからないので有名だよね。つまり、こういうことだったんだ」
「優秀なチームがバックアップについてると思われてますけどね。実際はマネージャーもいないんです。今からどこに行きたいですか?」
「あなたが決めてよ。日本は久しぶりだからよくわかんないや。私よりも観光名所には詳しいんでしょ?」
「観光案内なら24時間やってますからね」
「ほんとに未来の人がこっちに観光に来てるんだ」
「さっきも一人すれ違いましたよ。東京は人気スポットなんです」
「今度見かけたら教えてよ」
「はい、わかりました」
ヨウコ、はっとして急に笑顔になる。
「そうだ、キースに何を頼めばいいか思いついた。友達なんだからこれからはタメで話してよ」
キース、ヨウコの顔を無表情で見つめる。
「ヨウコさん……『二つ目の願いのヨウコ』に向かってやっぱりそれはマズいですよ」
「ええ、そうなの?」
「と言うのは嘘ですけどね。じゃあ、今からタメで話すよ。変な感じだな」
ヨウコ、怪訝な顔でキースを見る。
「はあ? ……キースって嘘つけるの?」
「当たり前でしょう? 得意中の得意だけど?」
「ローハンは嘘つけないよ」
「まさか。嘘ついても下手なもんだから、ヨウコさんが見抜いちゃうだけの話じゃないの?」
「そういえばそうね」
キース、窓の外の景色に目をやる。
「ヨウコさん、せっかくだから日本の過剰なクリスマスデコレーションでも見に行こうよ」
「しまった、クリスマスか。まだみんなのプレゼント買ってないや。ついでに買い物してもいい?」
「いいよ。僕はみんな済ませちゃったけどね」
「誰にあげるプレゼントなの?」
「全部、『俳優キース』の仕事関係だよ。今はネットで配送までやってくれるから助かるな」
「友達には?」
「プレゼントを贈るほどの友達はいないんだ」
「でもファンからはたくさん貰うでしょ?」
「うん。プロダクション宛に届くんだけど、部屋が一杯になるよ」
「キースが全員にお礼の手紙を書くってうわさはほんと?」
「同じ文面の『サンキュウカード』をスタッフが送り返すだけだよ。でもプレゼントにも手紙にも目は通すようにしてるよ。気になるファンレターには自分で返事を書くこともあるし」
「私、いくらファンだからって、手紙書いたりプレゼント送ったりはしないのよね。ファンクラブにも入らないし。そういうところは醒めてるから、どうせ本人には届かないだろうって思ってさ」
「でもヨウコさん、一度だけ年賀状、くれたでしょ?」
「え? そういや、大昔に余った年賀状、キースに送ったことがあったっけ。目の前にあった映画雑誌にファンレターの送り先が載ってたんだ。なんで知ってるの?」
「僕に届いたモノには目を通すって言ったでしょ」
「もしかして見たモノ全部覚えてるの?」
「そういう頭の構造になってるんだ。それにヨウコさん、僕の名前、書き間違えてたし」
「嫌だなあ。もう十年近く前の話でしょ? 忘れてよね。……そうだ。飛行機の中で『本物のキースは無表情で冷たい感じがする』って言ったでしょ?」
「うん」
「あれ、取り消すよ。無表情だけど冷たくはないよね。ごめんね」
「よかった。実は気になってたんだ」
「私の言う事なんて聞き流せばいいのに」
「ファンの意見は大切でしょ?」
「でもさ、なんでそんなに無表情なのよ? 感情はあるって言ってたでしょ?」
「僕は人間みたいに感情がそのまま顔に出るようにはできてないんだよ。この端末は操り人形だから、表情を出そうと思ったら全部演技になっちゃうんだ。僕の正体を知ってる人にまで演技して見せたくないでしょ?」
「なるほど、そういうことだったのね。じゃあさ、ファンからのお願いをもう一つ。嬉しいときには演技でいいから笑って見せてよ。そのくらいのサービスは期待してもいいでしょ?」
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ヨウコの実家 帰宅したヨウコをローハンが玄関で迎える。
「お帰り。ハリウッドスターとのデートは楽しかった?」
ヨウコ、ローハンに抱きつく。
「ただいま! キース、すごく格好よかったよ。あんまり格好よかったから連れて帰ってきちゃった」
後からキースが荷物を持って入ってくる。
「お邪魔します」
「ええ! お持ち帰り?」
ヨウコの父母とサエキが、ヨウコ達の声を聞いて奥から出てくる。
「あら、どなた?」
キース、サングラスをはずす。
「こんばんは。キースです。ヨウコさんに夕飯に誘っていただいたんですけど、突然お邪魔しても構いませんでしたか?」
「あら、ヨウコってすごい人とお友達なのねえ。そうか、この間、飛行機の中で知り合ったのね。素敵だわあ」
「そうなんです。今日は無理を言って付き合ってもらったんですよ」
「荷物持ちさせちゃったよ」
ヨウコの父、キースを疑い深そうに見つめる。
「そんな有名人が飛行機で会ったぐらいで、ヨウコにのこのこついてくるもんか。それになんで日本語がこんなにうまいんだ。サエキくん、彼もアレなんだろ?」
「そうなんですよ。こいつはコンピュータの端末なんです。本体はでか過ぎるんでシベリアに置いてあるんですけどね。おとうさんは勘がいいですね」
「今日は鍋だっていうから参加してもらおうと思ったのよ」
父、キースをじろじろと見る。
「……コンピュータが鍋を食うのか?」
「だって身体は人間と同じなのよ。ほら」
ヨウコ、キースの頬を指で押す。
「ヨウコさん、痛いんだけど」
ローハン、ヨウコの腕を掴んでキースから引き離す。
「おい、ヨウコ、そいつと仲良すぎない? 離れろよ」
奥からルークも出てくる。
「あ、スパコンの人だ。こんばんは」
「やあ、ルーク。その略称は嫌いなんだ。やめてもらってもいい?」
母、嬉しそうにスリッパを並べる。
「ささ、どうぞ上がって。もっと近くで見せてちょうだいな」
玄関のドアが開いて、ヨウコの妹のマリコとその夫が入ってくる。
「ごめん、遅くなったわ」「お邪魔します」
マリコ、キースを見て目を見開く。
「げっ! どうしてキース・グレイがここにいるの? そっくりガイジン?」
「本物だってば。私の友達なのよ。キース、紹介するわ。私の妹のマリコとカズオさん」
キース、にっこり笑って優雅に頭を下げる。
「はじめまして。キースです」
「はじめましてって……日本語しゃべってるわよ? なんで、お姉ちゃんがキースを知ってるの?」
「今日は僕が頼み込んで観光に付き合ってもらったんですよ」
「ええ!」
マリコ、ヨウコに近づいてささやく。
「ちょっと、ローハンと婚約したんでしょ? 何でこんな超セレブとデートしてんのよ? 何かの景品?」
「こう見えても最近、引く手数多なのよねえ。いいでしょ」
キース、ローハンの横に立つと小声で話しかける。
「ヨウコさん、あの妹さんにずいぶんと虐げられてきたんだよ。知ってた?」
「そうじゃないかと思ってたんだ。復讐のチャンスだな」
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マリコ夫婦が帰った後、居間でヨウコ達がお茶を飲みながら話している。
「ちょっと、ローハン、さっきのは何よ? 私にべたべた優しいし、自分の学歴なんて得意そうに話しちゃってさ。なにがオックスフォードよ。経歴詐称じゃないの。キースまで加担してたでしょ?」
父が笑う。
「いや、面白かったな。すっきりしたよ」
「おとうさん?」
「マリコのやつ、今夜はカズオ君の自慢ができなかったじゃないか。今日はカズオ君がお笑い芸人の家の設計をまかされた、って話をしに来たんだよ。どこぞの外車を買ったって話もな」
ローハン、すました顔をする。
「マリコさん、ヨウコにいつも意地の悪い態度を取るから、ついつい仕返ししちゃったんだ」
「そういうことだったの? じゃ、もしかしてキースも?」」
「うん、フェラーリもロールスロイスもプロヴァンスの古城も持ってないよ。嘘ついちゃってごめんね」
「なんだ。お城にご招待してくれたんじゃなかったの?」
「買おうと思えばすぐにでも買えるけど? 今なら即入居可能な物件が32件出てるけどどうする?」
「いいよ。そんなもったいない」
父、満足そうにうなずく。
「マリコは悪い子じゃないんだが、妙に勝ち組志向が強くてな。いい薬だっただろ」
「まあいいや。最初の彼氏、マリコに奪われた恨みもあるし」
キースがヨウコを見る。
「それって相当昔の話でしょ? 高校二年生の冬休み、クリスマスの四日前だよね」
「どうやってそこまで詳しく調べたのよ?」
ローハン、驚いた顔をする。
「ええ? 中学生に奪われちゃったってこと?」
「うるさいなあ。トラウマになってるのよ。いまだにクリスマス前になると思い出すんだから」
「クリスマスソングが嫌いなの、そのせいなんだ」
「別に嫌いじゃないわよ」
キースが無表情で付け加える。
「就職して最初に付き合った男にもクリスマス一週間前にフラれたからね。あの時は同期で入った女の子と二股かけられてたんだ。さすがに男の方もクリスマスが近づくと隠しておけなくなったんだな」
「もういいからキースは黙ってて」
ローハン、ヨウコの肩を抱く。
「今年のクリスマスには俺がいるよ」
「クリスマスなんてどうだっていいじゃない。あんたの顔なんて毎日見てるでしょ? クリスマスだと何か変化でもあるわけ?」
「やっぱり根に持ってるじゃないか。それもかなり深く」
母が感心した様子でキースを見る。
「それにしてもキースちゃんって、ずいぶんとヨウコにくわしいのね」
「実は僕、ヨウコさんのおかあさんにも色々と伺ったんですよ。おかあさんのメル友に『キース』っていうのがいるでしょう?」
「あら、もしかしてキースちゃんってあの『キース』ちゃんだったのね?」
ヨウコ、呆れた顔でキースを見る。
「名前、そのまま?」
「その節はお世話になりました。仕事でヨウコさんの調査をしていたんですが、おかあさんのおかげでとても捗りましたよ」
「おかあさんの仕業だったのね。知らない人からメールもらって、娘のことをなんでも教えちゃうわけ?」
「どっかのサイトで知り合ったんだけど、キースちゃん、いい人そうだったんだもの。未だにメールをやり取りしてるのよ」
「もう、おかあさんみたいなのが詐欺にひっかかるのよ」
「僕も心配になってそれ以来、おかあさん宛の怪しいメールや電話は全部ブロックしてるんだ」
母、嬉しそうに笑う。
「ああ、だから勧誘の電話がちっともかかってこなくなったのね。助かるわあ」
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翌日の朝、居間から母がヨウコを呼ぶ。
「ヨウコ、ちょっといらっしゃいな」
「何? おかあさん」
「ワイドショー、面白いわよ。ほら、あの写真、あんたでしょ? キースちゃんとチュウなんかしちゃって」
「ええ! 嘘でしょ?」
ヨウコ、テレビに走り寄る。
「……見事な逆光写真ね。これじゃ私だってわからないか。これだけ?」
「ローハンちゃんと婚約したばかりなのにねえ」
ヨウコ、慌てて携帯電話を探す。
「電話! キースに電話しなきゃ!」
テーブルの上に置いてあったヨウコの携帯が鳴り、ヨウコがいそいで通話ボタンを押す。
『おはよう、ヨウコさん。昨日はありがとう。ワイドショー、見た頃だと思って』
「今、電話するところだったのよ。写真撮られてたじゃない。大丈夫なの?」
『うん、いまどき、フィルムのカメラを使ってた人がいたみたいだね。あれは僕には消せないからなあ』
「それじゃすまないでしょ?」
『逆光が強くてヨウコさんの顔はわからないからいいでしょ?』
「私のことじゃないよ。あなたって今まで浮いたうわさが一つもなかったでしょ? イメージに傷がついちゃうよ?」
『ああ、気にしないで。ヨウコさんとなら別にいいんだ。あの写真の僕の髪型、変だよね。フードをかぶってたからぺったんこだよ。参るなあ』
「こんな時に冗談はやめてよ」
『ローハン、怒るだろうなあ。今から謝っとくね。そうそう、ラーメンだけどあさっての晩はあいてる?』




