『一つ目の願い』
二人がカフェから外に出ると、もう雪がやんでいる。
「さっきはどうして戻ってきたの?」
「本当に晴れたのよ。あんたの言った通り、三十分でさ。それ見て急に、戻らなくっちゃって思ったの」
「信じてなかったの?」
「私をカフェに連れ込む口実だと思ってたから」
「美術館、行く?」
「チケットあるんでしょ。使わなきゃもったいないよ」
「手、つないでいい?」
「それは駄目」
ローハン、ヨウコの手を握る。
「駄目って言ったんですけど」
「ヨウコは嘘つきだからいいんだよ」
「せめてシャイだなあ、とか照れ屋さんだなあ、とか言えないの?」
「そうか。照れてたんだね」
「違うけどさ」
アキバ系の服装をした眼鏡男がいきなりローハン達に近づいてくると、日本語で話しかける。
「おい、ローハン」
「あ、サエキさん!」
サエキと呼ばれた男、ヨウコに頭を下げる。
「どうも、俺、サエキです」
「こ、こんにちは」
ローハン、嬉しそうにヨウコにサエキを紹介する。
「この人、仕事仲間なんだ。サエキさん、これ、ヨウコ」
「これ、ってなによ?」
「ヨウコさん、よろしく。ローハン、よかったなあ」
「へへー」
サエキ、ヨウコに微笑みかける。
「ローハン、今日、ヨウコさんが来てくれるかとても心配してたんですよ」
ヨウコ、不審そうに隣のローハンを見上げる。
「ふうん。この人いつもこんなに変なんですか?」
「うん。変なんだ。でもすごくいい奴だから慣れてやってくださいね」
「なんでこんな格好いい人が私の事を好きなのか納得いかなくて」
「ローハン、いいでしょ? タイプじゃないの?」
ヨウコ、サエキに近づいてローハンに聞こえないように小声でささやく。
「……実はかなり……」
満足そうなサエキをヨウコが怪訝な顔で見る。
「何でニヤニヤしてるんですか?」
ローハン、ヨウコの手を握ってひっぱる。
「いいから行こうよ。じゃあ、サエキさん、またね」
「それじゃあ、後でな」
ヨウコとローハン、歩き出す。
「もしかして、あの人がさっき言ってた知り合い?」
「違うよ。サエキさんはただの仕事仲間」
「プログラマーの? あの人ならそれっぽいけどさ。ローハンって日本人のお友達が多いの? 日本語うますぎるけど日本に住んでた? もしかして前の奥さんが日本人、ってパターン?」
「俺、ずっと独身だよ」
「うそだ。そんな顔してるんだからモテるんでしょ? 籍を入れない主義なの? 歳はいくつなの? 私より若いって事ないわよね?」
「一度にいろいろ聞くんだなあ。俺は今三十五だよ」
「私と同じなんだ」
「同じくらい、もしくは年上が好みなんでしょ?」
「『でしょ?』って何よ?」
一時間後、静かな公園をローハンとヨウコが並んで歩いている。
「私、もうすぐ行かないと」
「子供のお迎えの時間だね」
「よく知ってるね。ずっと独身だったのに、子持ちと付き合うの平気なの?」
「うん、子供は好きだもん」
「今日は楽しかったよ。また会える?」
ヨウコ、不安そうにローハンを見上げる。
「会えるよ。だって俺と付き合ってくれるんだろ? 俺のこと、ちょっとは好きになってくれた?」
「うん……最近、あまりいいことなかったからね。一つくらいは願いが叶ったかな、って感じだよ」
「そりゃ俺はヨウコの『一つ目の願い』だからね」
ヨウコ、驚いた顔でローハンを見上げる。
「……どうして、あんたがその話を知ってるの?」
「あれ?」
「ローハン?」
「俺……やっちゃったみたいだね」
「どういうこと?」
ヨウコ、はっとしてローハンを睨みつける。
「そうか。あなた、あの『じいさん』とグルなんだ。変だと思った。やっぱり俳優なんでしょ? すごい演技力よね」
「違うってば」
「騙されちゃって馬鹿みたい。『じいさん』に雇われて私の相手してたの? それとも何もかも全部イタズラ? どっちにしろ悪趣味すぎるよ。あの眼鏡男も仲間なんだ」
「落ち着いて、ヨウコ」
ローハン、逃げ出そうとするヨウコの手をつかむ。
「離しなさいよ!」
「お願い。説明させて。ヨウコを騙してなんかないよ」
「それじゃあ納得行く説明してよね。無理だと思うけど」
サエキが向こうから走ってくる。
「どうした? 」
「イタズラだって疑われてるんだ」
「やっぱり、お前だけじゃ頼りにならんな。うっかり口を滑らせちゃったんだろ? 何を言ったの?」
「俺はヨウコの『一つ目の願い』だって……」
サエキ、愕然とする。
「馬鹿だなあ。ほんと、馬鹿だ」
「あんたたち、私をからかってそんなに面白いの?」
「からかってなんかないですよ。説明するから、そこのベンチに座ってもらえますか?」
ヨウコ、ためらう。
「でも……」
サエキ、ヨウコににじり寄る。
「い・い・か・ら、座ってください」
「はい」
ヨウコ、サエキの気迫に押されておとなしく座る。
「それじゃあ、まず聞きますけどね。ローハンってあなたのタイプでしょ? 細かいところまで完璧に」
「……はい」
「もしローハンが俳優だとしても、ここまで演じるのは無理だ。そんな事はあなたにだってわかるでしょう? 顔、声、髪の色、話し方、性格、表情、頭もいいし日本語だって流暢に話す。挙げればきりがないですけどね。何かひとつでも気に入らないとこ、ありますか?」
「……ないです」
「そんな男性がこの世に存在する可能性は?」
「……ほとんど……ありません」
「信じるか信じないかは別として、ローハンはあなたに惚れてます。そんな完璧な男性があなたに夢中になる可能性は?」
ヨウコ、ムッとした顔になる。
「その言い方、むかつくなあ」
「可能性は?」
「……まったくありません」
「でも、それがあなたの『老人』への『一つ目の願い』だったんでしょ?」
ヨウコ 驚いて顔を上げる。
「じゃあ、本当に願い事が叶ったっていうの?」
「そうですよ。ローハンがそこにいること自体が証拠でしょ?」
ヨウコ、ローハンが不安そうに自分を見ているのに気づいて、慌てて目をそらす。
「信じられない。でもどうやって? 『じいさん』、自分が魔法使いだって言ってたけど、ふざけてるんだと思ってた。私、魔法とかそういうのって、全然信じられないの」
「願い事を叶えるって言ったって『老人』が魔法を使ったわけじゃないんですよ。魔法の代わりにお金はずいぶん使いましたけどね。うちの『会社』にあの老人から注文があったんです」
「チュウモン?」
「ヨウコさんの望む男性を作って欲しいってね。他にも当たってはみたものの、ヨウコさんの理想が高すぎて見つからなかったので、特注することにしたんだそうですよ」
「作る?」
「よく出来てるでしょ」
「ローハンのこと?」
ローハン、笑う。
「うん、俺のこと」
「うちの『会社』、オーダーメイドで人間作ってるんです」
「オーダーメイド? じゃ、あなた、ロボットかなんか? 魔法だって言ってくれたほうがまだ信じられるわ」
ローハン ムッとした表情でヨウコをみる。
「ヨウコ、口が悪すぎるよ。俺、作られたって言ってもれっきとしたニンゲンだよ。ニンゲン」
「ふざけんな、って言ったでしょ。人間なんてどうやったって作れるわけないじゃない」
「そういわれても本当なんだよ」
ヨウコ、立ち上がる。
「じゃあ、あんたが作り物だっていう証拠見せてみなさいよ。どうせできないんでしょうけどね」
「ヨウコ! 待ってよ」
「うるさい。どっか行ってよ。ニンゲンモドキをあてがってもらうほど男に困っちゃいないわよ。いくらシングルマザーだからって、そんな話、信じると思ってんの? 馬鹿にしすぎ」
ヨウコ、引きとめようとするローハンに蹴りをいれる。
「もうつきまとうの、やめて!」
走り去るヨウコを呆然と見送るローハンに、サエキが声をかける。
「こりゃ、困ったな。明日出直すか。ヨウコさん、お前のこと、気に入ってくれたと思ったんだけどなあ」
「だから余計にショックだったんだよ。向こう脛、蹴られた。痛いよ」