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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第一幕
4/256

『一つ目の願い』

 二人がカフェから外に出ると、もう雪がやんでいる。


「さっきはどうして戻ってきたの?」

「本当に晴れたのよ。あんたの言った通り、三十分でさ。それ見て急に、戻らなくっちゃって思ったの」

「信じてなかったの?」

「私をカフェに連れ込む口実だと思ってたから」

「美術館、行く?」

「チケットあるんでしょ。使わなきゃもったいないよ」

「手、つないでいい?」

「それは駄目」


 ローハン、ヨウコの手を握る。


「駄目って言ったんですけど」

「ヨウコは嘘つきだからいいんだよ」

「せめてシャイだなあ、とか照れ屋さんだなあ、とか言えないの?」

「そうか。照れてたんだね」

「違うけどさ」


 アキバ系の服装をした眼鏡男がいきなりローハン達に近づいてくると、日本語で話しかける。


「おい、ローハン」

「あ、サエキさん!」


 サエキと呼ばれた男、ヨウコに頭を下げる。


「どうも、俺、サエキです」

「こ、こんにちは」


 ローハン、嬉しそうにヨウコにサエキを紹介する。


「この人、仕事仲間なんだ。サエキさん、これ、ヨウコ」

「これ、ってなによ?」

「ヨウコさん、よろしく。ローハン、よかったなあ」

「へへー」


 サエキ、ヨウコに微笑みかける。


「ローハン、今日、ヨウコさんが来てくれるかとても心配してたんですよ」


 ヨウコ、不審そうに隣のローハンを見上げる。


「ふうん。この人いつもこんなに変なんですか?」

「うん。変なんだ。でもすごくいい奴だから慣れてやってくださいね」

「なんでこんな格好いい人が私の事を好きなのか納得いかなくて」

「ローハン、いいでしょ? タイプじゃないの?」


 ヨウコ、サエキに近づいてローハンに聞こえないように小声でささやく。


「……実はかなり……」


 満足そうなサエキをヨウコが怪訝な顔で見る。


「何でニヤニヤしてるんですか?」


 ローハン、ヨウコの手を握ってひっぱる。


「いいから行こうよ。じゃあ、サエキさん、またね」

「それじゃあ、後でな」


 ヨウコとローハン、歩き出す。


「もしかして、あの人がさっき言ってた知り合い?」

「違うよ。サエキさんはただの仕事仲間」

「プログラマーの? あの人ならそれっぽいけどさ。ローハンって日本人のお友達が多いの? 日本語うますぎるけど日本に住んでた? もしかして前の奥さんが日本人、ってパターン?」

「俺、ずっと独身だよ」

「うそだ。そんな顔してるんだからモテるんでしょ? 籍を入れない主義なの? 歳はいくつなの? 私より若いって事ないわよね?」

「一度にいろいろ聞くんだなあ。俺は今三十五だよ」

「私と同じなんだ」

「同じくらい、もしくは年上が好みなんでしょ?」

「『でしょ?』って何よ?」

                                                 

 一時間後、静かな公園をローハンとヨウコが並んで歩いている。


「私、もうすぐ行かないと」

「子供のお迎えの時間だね」

「よく知ってるね。ずっと独身だったのに、子持ちと付き合うの平気なの?」

「うん、子供は好きだもん」

「今日は楽しかったよ。また会える?」


 ヨウコ、不安そうにローハンを見上げる。


「会えるよ。だって俺と付き合ってくれるんだろ? 俺のこと、ちょっとは好きになってくれた?」

「うん……最近、あまりいいことなかったからね。一つくらいは願いが叶ったかな、って感じだよ」

「そりゃ俺はヨウコの『一つ目の願い(ファーストウィッシュ)』だからね」


 ヨウコ、驚いた顔でローハンを見上げる。


「……どうして、あんたがその話を知ってるの?」

「あれ?」

「ローハン?」

「俺……やっちゃったみたいだね」

「どういうこと?」


 ヨウコ、はっとしてローハンを睨みつける。


「そうか。あなた、あの『じいさん』とグルなんだ。変だと思った。やっぱり俳優なんでしょ? すごい演技力よね」

「違うってば」

「騙されちゃって馬鹿みたい。『じいさん』に雇われて私の相手してたの? それとも何もかも全部イタズラ? どっちにしろ悪趣味すぎるよ。あの眼鏡男も仲間なんだ」

「落ち着いて、ヨウコ」


 ローハン、逃げ出そうとするヨウコの手をつかむ。


「離しなさいよ!」

「お願い。説明させて。ヨウコを騙してなんかないよ」

「それじゃあ納得行く説明してよね。無理だと思うけど」


 サエキが向こうから走ってくる。


「どうした? 」

「イタズラだって疑われてるんだ」

「やっぱり、お前だけじゃ頼りにならんな。うっかり口を滑らせちゃったんだろ? 何を言ったの?」

「俺はヨウコの『一つ目の願い(ファーストウィッシュ)』だって……」


 サエキ、愕然とする。


「馬鹿だなあ。ほんと、馬鹿だ」

「あんたたち、私をからかってそんなに面白いの?」

「からかってなんかないですよ。説明するから、そこのベンチに座ってもらえますか?」


 ヨウコ、ためらう。


「でも……」


 サエキ、ヨウコににじり寄る。


「い・い・か・ら、座ってください」

「はい」


 ヨウコ、サエキの気迫に押されておとなしく座る。


「それじゃあ、まず聞きますけどね。ローハンってあなたのタイプでしょ? 細かいところまで完璧に」

「……はい」

「もしローハンが俳優だとしても、ここまで演じるのは無理だ。そんな事はあなたにだってわかるでしょう? 顔、声、髪の色、話し方、性格、表情、頭もいいし日本語だって流暢に話す。挙げればきりがないですけどね。何かひとつでも気に入らないとこ、ありますか?」

「……ないです」

「そんな男性がこの世に存在する可能性は?」

「……ほとんど……ありません」

「信じるか信じないかは別として、ローハンはあなたに惚れてます。そんな完璧な男性があなたに夢中になる可能性は?」


 ヨウコ、ムッとした顔になる。


「その言い方、むかつくなあ」

「可能性は?」

「……まったくありません」

「でも、それがあなたの『老人』への『一つ目の願い(ファーストウィッシュ)』だったんでしょ?」


 ヨウコ 驚いて顔を上げる。


「じゃあ、本当に願い事が叶ったっていうの?」

「そうですよ。ローハンがそこにいること自体が証拠でしょ?」


 ヨウコ、ローハンが不安そうに自分を見ているのに気づいて、慌てて目をそらす。 


「信じられない。でもどうやって? 『じいさん』、自分が魔法使いだって言ってたけど、ふざけてるんだと思ってた。私、魔法とかそういうのって、全然信じられないの」

「願い事を叶えるって言ったって『老人』が魔法を使ったわけじゃないんですよ。魔法の代わりにお金はずいぶん使いましたけどね。うちの『会社』にあの老人から注文があったんです」

「チュウモン?」

「ヨウコさんの望む男性を作って欲しいってね。他にも当たってはみたものの、ヨウコさんの理想が高すぎて見つからなかったので、特注することにしたんだそうですよ」

「作る?」

「よく出来てるでしょ」

「ローハンのこと?」


 ローハン、笑う。


「うん、俺のこと」

「うちの『会社』、オーダーメイドで人間作ってるんです」

「オーダーメイド? じゃ、あなた、ロボットかなんか? 魔法だって言ってくれたほうがまだ信じられるわ」


 ローハン ムッとした表情でヨウコをみる。


「ヨウコ、口が悪すぎるよ。俺、作られたって言ってもれっきとしたニンゲンだよ。ニンゲン」

「ふざけんな、って言ったでしょ。人間なんてどうやったって作れるわけないじゃない」

「そういわれても本当なんだよ」


 ヨウコ、立ち上がる。


「じゃあ、あんたが作り物だっていう証拠見せてみなさいよ。どうせできないんでしょうけどね」

「ヨウコ! 待ってよ」

「うるさい。どっか行ってよ。ニンゲンモドキをあてがってもらうほど男に困っちゃいないわよ。いくらシングルマザーだからって、そんな話、信じると思ってんの? 馬鹿にしすぎ」


 ヨウコ、引きとめようとするローハンに蹴りをいれる。


「もうつきまとうの、やめて!」


 走り去るヨウコを呆然と見送るローハンに、サエキが声をかける。


「こりゃ、困ったな。明日出直すか。ヨウコさん、お前のこと、気に入ってくれたと思ったんだけどなあ」

「だから余計にショックだったんだよ。向こう脛、蹴られた。痛いよ」


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