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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第二幕
39/256

キースからのお願い

 港の近くのカフェ、パーカのフードをかぶりサングラスをかけて変装したキースとヨウコが向かい合って座っている。


「今日のキースはイメージ違うわ。ヒップホップ系?」

「素顔で会えなくてすみません。この辺りはこういう服装の外国人が多いから目立たないでしょ?」

「十分目立ってるみたいだけど。そんな格好しててもオーラが出てるよ」

「今日は来てくれてありがとう。断られるかと思ってた」

「私ほどのキースファンが断るはずないでしょ? でもローハンの許可がでるとは驚いたわ」

「ヨウコさんを信頼してるんですよ」

「晴れて婚約したしね」

「よかったですね。おめでとうございます。ローハン、ご両親に怪しがられませんでしたか?」

「あまりに怪しすぎてしっかり正体バレちゃったわよ。おとうさん、勘がいいから」

「じゃあ、リストに加えておかないと。この時代と24世紀の繋がりを知ってる人は僕の監視下に置かれるんです。おかあさんもですよね? サエキさん、教えてくれなくっちゃ困るなあ」

「おとうさん、誰にも話さないわよ」

「分かってますよ。でも決まりは決まりですからね。未来からやって来たロボットと結婚だなんて反対されなかったんですか?」

「二人ともローハンのこと、気に入っちゃったのよ。私の今までの経歴を考えれば、こんないい話はないと思ったんじゃないの」

「確かにヨウコさん、不思議なぐらい男運が悪かったですね」

「そっか、キースは私の過去を全部知ってるのよね。やんなっちゃう。あなたが何者なのか忘れてたわ」

「気にしないでって言ったでしょう」

「そう言えばおとうさん、無事に契約が取れたって言ってたわ。あの人の案内を引き受けてくれて、本当にありがとう」

「いいんですよ。観光案内の代わりにディナーにしてもらいましたけどね。あの人と外をうろうろしてるところ、パパラッチに撮られたくないですから」

「変更しちゃって大丈夫だったの?」

「『キース・グレイ』と二人きりのディナーですよ。不満はないでしょう。凄いドレス着てきたなあ」

「そうよね。うらやましいなあ」

「そうなの? じゃ今度誘ってもいいですか?」

「ほんと? でもドレス着てくような店はやめといて。ラーメン屋かすし屋がいいな」

「僕は味覚音痴なんで、何を食べてもよく分からないんです。なんでもいいですよ」

「私と外をうろうろするのは構わないの?」

「ヨウコさんは僕の友達ですからね」

「キースが友達かあ。夢みたい」

「電話で話してたときから友達のつもりでいたんですけどね」

「私もだよ。でもまさかキース本人としゃべってたとはびっくりよね」

「この時代で『キース・グレイ』の正体を知ってる人はサエキさんだけでしたからね。『俳優キース』のフリをせずに話せる人間って他にはヨウコさんしかいないんですよ」

「私だけがほんとのキースを知ってるってわけか。得した気分だな。それが私と会いたかった理由?」

「伝説の『二つ目の願い(セカンドウイッシュ)のヨウコ』と誰にも邪魔されずに話してみたかったんです」

「そうだった。私って救世主なのよね。でも自覚がないんだから面白い話はできないよ」

「あれからローハンにもらったあのファイルを何度も見直しました」

「やだなあ。そんなの、さっさと消しちゃってよ」

「僕には人間の感情がよくわからないんです。もちろん僕にもある程度の感情はあるんですよ。でも細やかな心の動きとなってくると難しくって」

「分からないのに映画に出てるの? キースの演技って完璧なのに」

「いつも人の真似をしてるんです。古今東西の俳優のデータはすべて持ってますからね。おかげで辛口の批評家には叩かれっぱなしですよ」

「ええ、そうだったの?」

「でもね、あのファイルを貰ってから前よりも人の心がわかるようになりました。ローハンは人間以上に感情豊かですからね。おかげであれから毎日楽しいですよ」

「ねえ、あれってもしかしてローハンの記憶だったの?」

「ヨウコさんとの思い出がうまくまとめてありましたよ」

「そんなもの、人にあげるかなあ?」

「ローハンはヨウコさんと自分の仲を見せつけたかったんですね。僕に相当妬いてたみたいだから」

「俳優に妬くなんてほんと馬鹿よね。……ねえ、ローハンの記憶を持ってるんだったらさ、ローハンの一番嬉しかったことってなんだかわかる?」

「彼はヨウコさんさえいれば幸せなんですよ。だから一つ選べといわれても難しいですね。あえて言うなら、ふと気づいたらヨウコさんが自分を見つめていたとき?」

「そんな些細なことで喜ぶんだね」

「思いつきもしなかったですね」

「じゃあ、悲しかったのは? 私が別れようって言ったときかな?」

「ヨウコさんが夜中に泣きながら目を覚ましたとき。最近はなくなりましたけどね。自分が無力なのが悔しかったんですね」

「そんなことまで入ってたの? やっぱりそのファイル、全部消して忘れちゃってよ」

「元々僕の方がヨウコさんに関しては詳しいんですよ。いまさらちょっとぐらいデータが増えてもいいじゃないですか」

「キースにとってはちょっとぐらいのデータかもしれないけどさあ。恥ずかしいなあ」

「ローハンはヨウコさんの事、ほんとに好きなんですね。機械に恋愛ができるとは思いもしなかった」

「私はローハンしか知らないし、24世紀じゃそれが普通なのかと思ってたんだけど」

「僕には恋愛感情が理解できないんです。自分には全く必要のないものですからね。僕の出てる映画の半分は恋愛モノなのにおかしな話でしょ」

「ローハンのおかげで少しはわかるようになったんでしょ?」

「彼がヨウコさんのことを好きなのはよくわかるんですけどね。でも、ヨウコさんに対する執着とか自己犠牲とか、そういう感情はちっとも理解できない」

「キースは誰かを好きになってみたいとは思わないの?」

「思いませんよ。でも、少しでも理解できれば俳優として成長できますよね。今は平均的な人間であればどのような表情を見せるのか、分析しながら演技をしてるんです」

「……裏切られた気がするよ。キースのラブストーリー、大好きで繰り返し見てるのよ。よくそれであんな切ない演技ができるわね」

「切ない演技はできても切ない気持ちはわかんないですね。あまり分かりたいとも思いませんけど」

「確かに『切ない』ってあんまりいい気分じゃないわよね。恋愛ってうまく行ってりゃ最高だけど、辛いときは死にたくなるほど辛いのよね」

「どうせ僕は恋愛なんてできるようには作られてませんからね。なんとなくわかればそれでいいんです。ローハンの行動パターンはすごく参考になりますよ」

「たとえば?」

「ヨウコさんが本を読んだりテレビを見たりしてると、ついつい邪魔をせずにはいられない、とか」

「だから人がまったりしてるとちょっかいかけてくるんだ。じゃあ、ローハンの真似してみたらいいんじゃない? そのうち自分でも分かるかもしれないよ」


 キース、フードを脱いでサングラスをはずす。


「どうしたの? 正体バレちゃうよ。うわ、衝撃的な格好よさね。また直視できなくなっちゃうじゃない」

「友達の顔ぐらいまっすぐ見れるようになってくれないと困りますよ」


 キース、身を乗り出すと小声で話しかける。


「ヨウコさん、ちょっといいですか?」

「なに?」


 キース、いきなりヨウコにキスをする。


「うわ! なにすんのよ?」

「だってローハンの真似をしろって言ったでしょ? 彼は至近距離でヨウコさんと目が合うとキスせずにはいられなくなっちゃうんですよ」

「私相手にすることないでしょ?」

「他に出来る相手がいないんですけど」

「……それ、考えてなかった」

「それにね、実を言うとヨウコさんにキスすると何かが掴めそうな気がするんですよね」

「何かって何よ?」

「それが分かれば苦労はしません。もう一回いいですか?」

「駄目に決まってるでしょ」

「僕のファンなんでしょ? ファンを名乗るんだったら役作りにぐらい協力したらどうなんですか?」

「……キースって強引なんだね」

「サエキさんに聞いてるでしょ?」

「わがままで自己中でナルシストだって言ってたけど」

「そうなんですよ。俳優やってるぐらいですからね。僕にキスされるの嫌なんですか?」

「嫌じゃないけどさ。私にはローハンがいるからやっぱりマズイでしょ」


 キース、ヨウコの目をじっと見つめる。


「ヨウコさんは世界でたった一人の僕の正体を知ってる21世紀人なんですよ。僕は誰も好きになれないんだから、なんの心配もないでしょ? キースからのお願い、聞いてはもらえませんか?」

「それじゃ……軽いチュウだけにしといてね」

「ヨウコさんって人に何か頼まれるとどうしても断れないんですよね。その性格直さないと後々苦労しても知りませんよ」

「ええ? 頼んどいてその態度は何よ?」


 キース、素早くヨウコにキスする。


「ちょっと、するんならするって言ってよ。で……何かわかったの?」

「何にもわかんないですね。まあそのうち分かるでしょう」

「そのうちって? 今ので終わりじゃないの?」

「そんなこと誰が言ったんですか?」

「あんたねえ」

「お返しにヨウコさんの頼み、なんでも聞きますよ。何かありませんか?」

「キースに二回もチュウされちゃったから、それでチャラにするよ」

「もしかして嬉しかったんですか?」

「『キース・グレイ』にキスされて嬉しくないはずがないでしょ?」

「その辺の心理もわかんないですね。でもそれとは別にお返しはしますよ」

「そう? でもすぐには思いつかないや。後でもいい?」


 周囲がキースに気づいて騒ぎ始めている。キースが立ち上がる。


「そろそろここを離れたほうがいいですね」


 周りの人が携帯のカメラで写真を撮っている。


「これってヤバくないの?」

「大丈夫ですよ。データを全部消してしまえばいいだけだから」


 キース、サングラスをかけるとヨウコの手をひいて走り出す。


「面倒だからそこの駅から電車に乗っちゃいましょう」


キース、ヨウコをひっぱって改札に向かう。


「切符買ってないよ」

「改札機なら騙せます」


 ヨウコとキース、開いている改札機を走り抜ける。


「無賃乗車だ」

「後で払っときますよ。下りの電車、止めてるから急いで」

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