君は何者だ
同日の晩、ヨウコとローハンが二人でコタツに入って会話をしている。
「ねえ、ヨウコ」
「なに? またミカンとって欲しいの? あんまり食べると黄色くなるよ」
「今度の火曜日、キースと会って欲しいんだ」
「はあ? あんたがそんなこと頼むなんて、あり得ないでしょ? どこか壊れちゃったの?」
「実はさあ……」
ローハン、ヨウコに事情を話す。
「ええ! その女に、ローハンの代わりにキースとデートさせるって言ったの?」
「デートじゃなくて通訳するだけなんだけど。あいつなら日本語ぺらぺらだし」
「で、なんで私がキースと会うの?」
「当然ながらキースはきっぱりと断ってきた」
「そうよねえ」
「ヨウコのおとうさんのためだって言ったら、交換条件でヨウコと会わせてもらえるならOKだって言うんだ」
「……あんたはそれでいいの?」
「ヨウコがキースになびくとは思えないからね」
「急にずいぶん信用されたものね」
「飛行機じゃ俺が大人げなかったね。本物のキースがいきなり現れて焦っちゃったんだ」
「なんでキースが私に興味を持つんだろ?」
「ヨウコは『二つ目の願いのヨウコ』なんだよ。歴史上もっともミステリアスな人物なんだから、そりゃ興味も持つだろ」
ヨウコ、にんまり笑う。
「キースとデートかあ。何を着て行こうかな」
「ヨウコ?」
「大丈夫だって。私、ローハン一筋だから。そうだ、明日は服を買いに行こう。エステにも行っちゃおうかなあ」
「俺と出かけるときは平気で汚い服、着てくじゃないか」
「グランジよ」
「それって90年代の流行だろ? 俺が未来から来たからってごまかすなよ」
「あんたとは四六時中一緒にいるんだからいちいち着飾ってられないでしょ?」
「俺があの女の通訳したほうが良かったかも」
「そんなの絶対に許さないわよ」
「勝手だなあ」
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翌日 居間の前を通りがかった父が、ゲームをしているルークとローハンを後ろから見ている。
「ロボット、すごいや。まだ一機も死んでないよ」
「このまま全面いけるよ。これとこれを取ればボーナスだ」
ローハン、父の視線に気づいて振り向く。
「ほら、余所見してるとクリアできないぞ。ルークをがっかりさせるな」
「……俺、ものすごくゲームが得意なんです」
「そうらしいな。見ればわかるよ」
父、立ち去る。
「やばいなあ。ルークのおじいちゃん、俺のこと、変だと思ってるよ」
「人間じゃないんだから仕方ないよ。気にするなよ」
「おじいちゃんは俺がロボットだって知らないんだよ」
「俺が教えてあげたからちゃんと知ってるよ」
「でも、信じてなかっただろ?」
「そうなのかな? 『ルークはロボットがお父さんになってもいいのか?』って聞かれたよ」
「なんて答えたの?」
「『ほかのおとうさんはいらないよ』って言ったんだ」
「そうか」
ローハン、嬉しそうにルークを抱きしめる。
「やめろよ。俺、もう十歳だよ。ほら、危ないってば。撃たれちゃうよ」
「父親相手に照れるなよ」
「おかあさんと結婚しなきゃおとうさんにはならないだろ? おじいちゃんに反対されたら結婚できないんじゃないの?」
ローハンの表情が暗くなる。
「そうなんだよ。気が重いなあ」
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その晩、ローハンとサエキが客間に並べられた布団に入って会話している。
「サエキさん、俺、かなりおとうさんに怪しまれてるみたいだよ」
「お前ってどうしてこう不器用なんだろうなあ? まあ、まさか人間じゃないとは気づかないだろうから変人で通せよ。結婚は許してもらえなくても別れろとまでは言わないだろ」
「おとうさんには俺がヨウコにふさわしい、って認めてもらいたいんだけどなあ」
「元気ないな」
「ヨウコが恋しい」
「朝になったら会えるよ」
「俺たち、いつも布団の中でいろんな話をするんだよ。それにヨウコってね、俺に抱かれてるときは凄く素直でかわいいんだ。俺のこと、好きだって言ってくれるし」
「……どうして俺が気恥ずかしくなるような話をして聞かせるんだ?」
「こっちに来てから昼間のヨウコにしか会ってない」
「よくわかった、そりゃ深刻だ。つまりずっとヨウコちゃんにいじめられっぱなしって事だな」
「落ち込むよ」
サエキ、布団から這い出す。
「ちょっと待ってろ。ヨウコちゃんと交代してやるよ」
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サエキ、ヨウコの部屋をノックする。ヨウコが眠そうな顔でドアを開ける。
「サエキさん、なんなの? 夜這い?」
「ローハンが寂しがってる。行ってやって」
「やっぱりね。サエキさんは私のベッドで寝てもらっていい? ルークが床で寝てるから踏まないようにね」
「ヨウコちゃんの部屋、物置にされてるの?」
「ずっといなかったんだから、部屋があるだけましでしょ?」
サエキ、ふと本棚をみて愕然とする。
「こ、これは!」
「なに? 古い漫画のこと? なかなかいい品揃えでしょ」
「宝の山じゃないか。これ、持って帰ろうよ」
「送料、出してくれるんだったらいいよ。読むならそこにライトがあるから。ルークを起こさないよう気をつけてね」
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客間にヨウコが入ってくる。
「ローハン、来たよ」
「ヨウコ。寂しかった」
「寂しいんだったら早く言えばいいのに。寒いったらありゃしない。早くそっちに入れて」
ヨウコ、ローハンの布団にもぐりこむ。
「前から思ってたんだけど、ローハンって体温高いわよね」
「ヨウコが寒がりだからいつも寝るときには高めにしてるんだよ」
「電気毛布みたいね」
「ヨウコ、足が氷みたいだよ。靴下はいて寝ろって言ってるだろ」
「はいたら気になって眠れなくなっちゃうのよ」
「……ねえ、ヨウコ、俺はヨウコがいなきゃ駄目みたい」
「そんなの前から分かってることでしょ?」
「明日、おとうさんとおかあさんにお願いしてみるよ。ヨウコは絶対に俺と結婚しなきゃいけないんだ」
「反対されたらどうする?」
「駆け落ちする」
「やだよ。この歳になって駆け落ちだなんて」
「本当に?」
「朝までに考えとくわ。こっちにおいでよ」
ヨウコ、ローハンをひきよせる。
「本当はね、私も寂しかったんだ」
「そっちこそ早く言えばいいだろ」
「ローハンがいつ弱音を吐くかなあ、って待ってたんだ」
「意地悪いなあ」
ヨウコ、ローハンにキスする。
「いつものことでしょ? もう慣れなさいよ」
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翌日、ローハンが居間にいるヨウコの父母に声をかける。
「おとうさん、おかあさん、大切なお話があるんです。聞いてもらえますか?」
「ああ、いいよ」
ローハンとヨウコ、居間の床にヨウコの父母と向かい合って座る。サエキもヨウコ達の後ろに座る。
「もうすでに俺とヨウコが結婚を考えてることはお話しましたね」
父がうなずく。
「ああ」
「ここで正式にお願いさせてください。おとうさん、おかあさん、俺とヨウコの結婚を許していただけますか?」
「ひとつだけ教えてくれたら許してやろう」
「なんでしょうか?」
「ローハン、君は何者だ?」
「人間です」
父、愕然としてローハンを見つめる。
「……人間じゃないのか」
ヨウコ、慌てて口を挟む。
「に、人間って言ったわよ。ローハンは人間だし、おとうさんもちゃんと聞いてよね」
サエキ、ヨウコの耳元でささやく。
「ヨウコちゃん、普通その質問に『人間だ』って答えるか?」
「た、たしかに……」
父、厳しい顔でヨウコを見る。
「この男は完璧すぎるんだ。どうしてノルウェー語なんて話せるんだ? 日本語も一度たりとも間違えなかった。バラを漢字で書けって言ったらためらわずに書いたぞ。書道家なみの達筆でだ」
ローハン、困った顔でヨウコを見る。
「ごめん。書いちゃまずかったのかな?」
「車の運転からして変だ。無駄な動きがひとつもない。ゴルフの帰り道、高速を降りただろ。あの日、高速で事故渋滞があったそうじゃないか。迂回してたんだな。どうやって知ったんだ?」
「……偵察衛星を通して上から見たんです。あと警察の無線も傍受しました」
ヨウコ、驚いてローハンの腕をつかむ。
「ちょっと、ローハン!」
「いいんだよ。やっぱり正直に話そうよ。俺、隠し通す自信ないし、ヨウコのおとうさんとおかあさんに嘘はつきたくないよ」
ローハン、父に向き直る。
「おとうさん、俺は24世紀で作られた、そ、その、ロ……ロボットなんです」
「そうか、わかった。ローハン、ヨウコをよろしく頼むな」
ヨウコとサエキ、驚いて声を上げる。
「ええ!」
ローハン、信じられないといった表情で父を見る。
「……おとうさん、俺、ロボットですよ。本当にいいんですか?」
「教えてもらったら許すって言っただろ? 聞いてなかったのか?」
「おとうさん? ローハンがロボットだって信じたの?」
「信じざるを得ないだろ? 他にどうやって説明するんだ」
「反対しようとは思わなかったの?」
「母さんがローハンのことをすっかり気に入ってしまってるからな。俺が反対しても無駄だよ」
「やったあ」
母、ウキウキとヨウコに話しかける。
「ローハンちゃん、人間じゃなかったのねえ。どおりで素敵過ぎると思ったわ。ヨウコったらいいのを見つけたわねえ」
サエキ、呆れた顔でヨウコを見る。
「ヨウコちゃん、君の家族はどうなってるんだよ?」




