ローハン、接待ゴルフに駆り出される
ヨウコの実家の居間 ヨウコ、ローハン、サエキ、ヨウコの母の四人が、コタツに入ってお茶を飲んでいる。隣室で電話で話していた父が会話を終えて入ってくる。
「悪いけど明日は接待ゴルフが入った。朝から出るよ」
ルークが不満そうな顔をする。
「えー、おじいちゃんとお出かけするんじゃなかったの?」
「あさってにしような」
また電話が鳴り父が立ち上がる。
「まただ。アメリカの取引先のお偉いさんが、日本でゴルフをしたいと言い出してな。じゃなきゃ、絶対に断るんだが……」
父、急いで隣の部屋に引っ込むが、しばらくして戻ってくる。
「ローハン、あした俺と一緒にきて通訳をしてもらえんかな? 海外のお客さんが増えちまったんだが、急なもんで通訳が手配できないって言うんだ。君の日本語ならまったく問題ないだろ?」
ヨウコ、ふくれる。
「ええ? ローハン、連れてっちゃうの? さっきまで意地の悪いこといってたくせに」
「背に腹は変えられないってシチュエーションなんだよ。わからんのか?」
「でも……」
ローハン、急いでヨウコを遮る。
「いいですよ。俺で役に立つなら、喜んでご一緒します」
ローハン、小声でヨウコにささやく。
「一日ぐらいいいだろ? おとうさんに気に入られてくるからさ」
「ほんとに大丈夫なの? ボロださないでよ。心配だなあ」
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翌朝、ヨウコの父がローハンを伴ってゴルフ場のクラブハウスに入る。会社の人間が十人ほど集まっている。父、上司に歩み寄って挨拶する。
「おはようございます。遅くなって申し訳ありません」
「おはよう、サクライ君。急遽トヴァイトさんまで参加されることになってしまってな。通訳を見つけてきてくれたそうだが……」
「はい、彼が通訳のローハンです、娘の友達なんですが、ちょうど遊びに来ておりまして助かりましたよ」
ローハン、父の上司ににこやかに挨拶する。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「ほう、きれいな日本語をしゃべるんだな」
「ありがとうございます」
「では、ナカヤマ君と通訳のヨシダ君はアメリカから来られたリチャードさんのグループについてくれ。お嬢さんは気難しいから機嫌を損ねるなよ。サクライ君とローハン君にはトヴァイトさんと奥様の面倒を見てもらいたい。昨日ノルウェーから到着されたばかりだそうだ」
父、戸惑う。
「今、ノルウェーとおっしゃいましたか? ということは、ノルウェー語をお話になる……」
「当然だ。お二人とも英語の読み書きはできるが、会話が苦手なんだそうだよ。連絡は行ってるんだろ?」
「いえ、通訳が必要とだけしか聞いていませんが……」
父、ローハンのほうを見る。
「すまん、お客はノルウェー人だったらしい」
ローハン、にこやかに笑う。
「大丈夫ですよ」
「大丈夫って、ノルウェー語なんてわからんだろ?」
「わかりますよ。それ、お客さんの情報ですか?」
ローハン、父から紙の束を受け取り、素早く目を通す。
「この会社、電子通信機器を作ってる会社ですね」
「それはお前が持ってろよ。通訳の参考になるだろ」
「覚えましたから大丈夫です。じゃ、行きましょう」
ローハン、トヴァイト達に歩み寄り、ノルウェー語で挨拶する。上司が感心した様子でヨウコの父を見る。
「ほう、たいしたもんだな。サクライ君、どうした?」
「いえ……」
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コース上、ローハンと父が客の一行から少し離れて話している。
「よくノルウェー語なんて知ってたな」
「ヨウコがよく北欧旅行へ行きたいって言ってるので勉強しておいたんです」
「あんな専門用語までか?」
「え?」
「いや、なんでもない。今日は助かったよ。お客さんも君が気に入ったようだしな。リチャードさんの娘さんなんか、こっちについて来ちゃったじゃないか。君が目当てだな。ナカヤマ君はほっとしておったみたいだが」
リチャードの娘のトレイシーが近づいてくる。
「ミスターサクライの番よ」
「次、おとうさんですよ。ここ、5番使ったほうがいいですね」
「君はゴルフをするのかね?」
「いえ、一度も」
「それなのに人にアドバイスするのか。変わった奴だな」
「いつもヨウコにそう言われてます」
父、ローハンのアドバイスに従いボールをグリーンに乗せる。一行、また歩き出す。
「12時半までにクラブハウスに戻りたいんだが、ナカヤマ君たちはどこまで行ってるんだろうな」
「14番ホールですよ」
「ここから見えないだろ?」
「そういえばそうですね」
ローハンにキースから通信が入る。
『また勝手に偵察衛星に入り込んでる。やめろって言っただろ?』
『友達のよしみで使わせてよ。ほら、俺見える?』
ローハン、空に向けて手を振る。
『のんきにゴルフなんてやってるのか? ヨウコさんはどうした?』
父、怪訝な顔でローハンを見る。
「何をしてるんだ?」
「友達に手を振ってます」
「……君はどうしてヨウコと付き合ってるのかね?」
「理由がいりますか?」
「俺にとってはかわいい娘だが、あいつは性格もきついし顔だって美人とはいえんだろ」
ローハン、笑う。
「ヨウコはかわいいですよ」
「え?」
「おとうさんと俺、初めて意見が合いましたね」
「……そうか」
「でも、俺がヨウコのこと、かわいいって言ってたなんで、絶対にバラさないでくださいね。約束ですよ」
「ええ? ああ、わかった」
トレーシーが近づいてくると、笑顔でローハンの顔を覗き込む。
「日本のゴルフ場って途中で一度クラブハウスに戻っちゃうのね。面白いわ」
「ほんとですね」
「ローハンはゴルフをするの? これ、私の代わりに打ってみてよ」
「駄目ですよ」
「誰も見てないわよ」
ローハン、困って周りを見回す。トヴァイトが構わないという身振りをしたので、父がローハンを促す。
「いいから。ほら、彼女の機嫌を損ねるな」
「わかりました」
ローハンが打つとグリーンにボールが乗る。
「あら、乗ったわ。上手なのね」
ローハン、顔をしかめる。
「乗っちゃった……。思ったより難しいんだ」
「え?」
「いえ、なんでも」
トレーシー、ローハンに身体を寄せてくる。
「ねえ、あなた、イギリス人よね? どこの出身なの? 大学はどちら?」
「ロンドンから車で二時間ほどのところにある小さな町です。オックスフォードで電子工学を少しかじりました」
父、驚いた顔でローハンを見る。
「イギリス人だったのか? オックスフォード?」
「そういう事になってます。人に聞かれたのは初めてですけど」
「はあ?」




