『理想の男性』
一時間後、自分にもたれて眠るヨウコをローハンが見つめている。近づいてきたキースが通路を挟んだ席に腰を下ろす。
「さっきはごめん」
「何を考えてるんだよ?」
「ちょっとからかってみたくなったんだよ。許してよ」
「ヨウコで遊ぶことないだろ? ファンをからかうなんて性格悪いなあ。俺のモノだから気安くチュウされちゃ困るんだけど」
「ヨウコさん、君のこと、本当に好きなんだね」
「最近まで俺も自分が人間だと思い込んでいたんだよ。ロボットなんて『二つ目の願いのヨウコ』にふさわしくないと思って落ち込んだ。でも、ヨウコにはどうでもいい事みたいだよ」
「不思議な人だね。僕の正体を知ってもたいして驚かなかったし」
「だからそう言っただろ?」
「僕はヨウコさんと君が出会う半年前からヨウコさんの調査を始めたんだ」
「それで?」
「彼女は変わったね。今日会って驚いた。まるで別人だ。いや、たぶん、元々のヨウコさんに戻っただけなんだろうけど。君のおかげなんだろうな」
「ヨウコはね、やっと自分の幸せが受け入れられるようになってきたんだ。もっともっと幸せになってほしい。キースも手伝ってくれる?」
「僕?」
「どうせ暇なんだろ? 退屈してるって聞いたよ」
「ええ?」
「俳優やってる端末の話をしてるんじゃないよ。それはあんまりヨウコに近づけないで欲しいな」
キース、眠ったままのヨウコに目をやる。
「さっきのおわびにいいこと教えてあげるよ。僕が集めたデータによるとね、ヨウコさんの理想の男性は『キース・グレイ』なんだ」
「お前と俺とじゃまったく違うじゃないか。デザイナーが同じってだけでさ」
「『四月の空』に出てた『キース・グレイ』がヨウコさんの理想の男性なんだよ。この映画知ってる?」
「それ、見てないよ。ヨウコがその映画の中のお前がめちゃくちゃ格好いいっていうもんだからさ。むかつくだろ?」
「ちょっと間抜けだけど善良で心優しい男の役なんだ。今気づいたんだけど、怖いぐらい君にそっくり」
「……俺、しっかりヨウコの好みに作ってもらったんだな」
「僕が真面目に下調べしたおかげだよ。もっと感謝してほしいな」
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飛行機が成田空港に着陸し、キースが最初に立ち上がる。
「僕と一緒だと目立ちますから、時間を空けて降りてくださいね。ヨウコさんもローハンも自分たちが思ってるよりも重要人物なんだからね。記録には一切残らないほうがいい」
「私が重要人物か。自覚なかったなあ」
サエキ、うなずく。
「キースの言う通りだよ。田舎にいる間は心配なかったけどな」
「これからはマスコミの写真やビデオには一切写り込まないようにしてください。印刷されてしまうと僕にも回収しきれない」
ヨウコ、立ち上がってキースに近づく。
「また会える?」
「会えますよ。電話しますね」
サエキが口を挟む。
「おい、電話は駄目だって言っただろ?」
「だって、もう僕に隠すことは何もないんでしょ?」
「そう言われりゃそうだけどさ」
「やった! じゃ電話してね」
ローハン、ムッとする。
「すっかり仲良くなっちゃって。ヨウコって誰の彼女なのさ?」
「キースはただの友達でしょ?」
「では、お先に」
キース、一礼して先に出て行く。
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ヨウコの一行が到着ゲートから出ると、びっしりと人が集まっている。ヨウコ、周りを見回す。
「おかあさん達、どこだろ?」
ヨウコの両親が手を振っている。
「ヨウコ、ここ、ここ」
ヨウコ、嬉しそうに駆け寄る。
「お母さんもお父さんも元気そうだね。凄い人だけど、今日何かあったの?」
「あんたの大好きなキースがいきなり来日したのよ。格好良かったわ。もしかして同じ飛行機だったんじゃない?」
「うん、すっごく間近で見ちゃった。いいでしょ」
ヨウコの後ろからルークが挨拶する。
「おじいちゃん、おばあちゃん、こんにちは。今日はロボットを連れて来たんだよ」
「ちょっとルーク、おじいちゃん達におかしなこと言っちゃだめよ」
ヨウコ、振り返ってローハンたちを紹介する。
「この人、サエキさんって言うの。こっちはローハン」
ヨウコの母、二人に近づいてまじまじと顔を見つめる。
「友達って二人とも男の人なのね。一人はヨウコの彼氏なんでしょ? どっち?」
「こっちの格好いい方よ」
ローハン、にっこり笑ってあいさつする。
「初めまして、ローハンといいます」
「あら、日本語が上手なのね。よろしくね。こんな素敵な人、どこで見つけたの?」
「近所で拾ったのよ」
ルークがローハンの袖を引っ張る。
「疲れたよ。早くおうちに帰ろう」
「俺が背負ってやろうか?」
「いいよ。恥ずかしい」
父、小声でヨウコに話しかける。
「ヨウコ、あれが本当に彼氏なのか? 格好良すぎるぞ。さっきの俳優よりも男前じゃないか。また騙されてるんじゃないのか?」
「何よ、またって? 人聞きの悪い。ローハンは絶対に大丈夫だってば」
「今度は日本人にするって言ってただろ?」
「努力はしたけど日本人とは立て続けに駄目になったのよ。日本語しゃべってるから同じようなものでしょ? 妥協しなさいよ」
父、サエキの方を見る。
「こっちの人はどうだ? 真面目そうだぞ」
「サエキさんなんていらないわよ」
「ヨウコちゃん、俺にだって傷つく心があるんだぞ」
母、うきうきとヨウコに話しかける。
「ねえ、ヨウコ、ローハンちゃんってほんと素敵ねえ」
「なんで、ちゃん付けなの?」
ローハン、母に微笑みかける。
「おかあさんも素敵ですよ。ヨウコもおかあさんに似ればよかったのに」
父、ローハンを睨む。
「俺に似たんだよ。媚を売ってどうするんだ」
「ねえ、おとうさん、ローハンのどこが気に入らないのよ? 初対面なのに失礼じゃない?」
「お前がいつも男に泣かされてるから心配してるんだよ」
ローハン、にこやかに父を見る。
「そうか。ヨウコの口の悪いのもおとうさんに似たんですね」
「こじれさせてどうするのよ?」




