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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第二幕
34/256

『愛の軌跡』ファイル

 しばらくしてキースとサエキがヨウコたちのところに戻ってくる。


「ヨウコさん、ローハン、聞きたいことがあるんだけど」

「キースからの質問だったらなんでも答えるよ。何を聞きたいの?」

「君たちのなれそめ」

「はあ?」


 サエキが笑う。


「こいつ、俳優だろ? 役作りの参考になりそうな話には目がないんだよ」

「人間の感情や行動パターンってなかなか理解しにくいですからね。僕は機会があれば人と話すようにしてるんですよ。ローハンは人間じゃないし、二人の関係はとても興味深いですね」


 ローハン、横目でキースを睨む。


「たった今、散々ひどいこと言われたばかりなんだけどな」

「ごめん。君みたいなロボットが存在するなんて思ってもいなかったんだよ」

「ちゃんと謝ってんだからいいじゃない。ほら、ローハン、仲良くしようよ。すねてるの? 大人げないなあ」

「俺、ヨウコより34歳年下だから」

「ちょっとやめてよ。キースに歳がバレるじゃない!」

「心配しなくても知ってます」


 ヨウコ、ローハンの耳に口を近づける。


「仲良くしてくれたら後でごにょごにょしてあげる」


 ローハン 赤くなる。


「分かった。キース、さっきのことは水に流してやるよ」


 サエキ、ヨウコに小声で尋ねる。


「何をしてあげるって?」

「耳掃除よ」

「はあ?」


 キース、身を乗り出す。


「それじゃ二人が出会ったところからお願いします」


 ヨウコ、赤くなる。


「ええ、恥ずかしいなあ」

「ヨウコはこいつと話さなくてもいいよ。俺がダイジェスト版のファイルを送るからさ」

「なに、それ?」

「俺とヨウコの愛の軌跡。いいところ全部まとめてみた」

「ちょっと、おかしなモノ、作らないでよ! 絶対に駄目!」


 ローハン、ヨウコの耳元でささやく。


「心配しないで。エッチなところは全部カットしてあるから」

「そういう意味じゃない!」

「……送っちゃった」

「受け取りました」

「返してよ!」

「いやです」

「馬鹿!」


        *****************************************

                                               

 三十分後、サエキとルークは楽しそうに雑談し、キースは前の席で静かに座っている。ローハンに背を向けてふて寝していたヨウコがいきなり立ち上がる。


「トイレに行ってくる」

「ヨウコ、機嫌直してよ。ゲームでもしよう」

「うるさい。あんたとやってもつまんないでしょ。ぜーったいに勝てないんだから」

「手加減するからさ」

「手加減されるの嫌いなの」


 ヨウコ、ローハンの足を踏んでいく。


「痛い」


 サエキ、呆れた顔でローハンを見る。


「お前ってヨウコちゃんを怒らせることにかけては天才的だな」

 

        *****************************************

 

 しばらくして戻ってきたヨウコをキースが立ち上がって招く。


「ヨウコさん、こちらに来てもらってもいいですか?」

「あまりあなたと話したい気分じゃないんだけどね」


 気が進まない様子で隣に座るヨウコを、キースが首をかしげて見る。


「どうして? 僕のファンだって言ってたのに。ああ、そうか。これ、人形だってバレちゃいましたからね。ファンを一人なくしちゃったかな?」

「そんな理由で人を嫌いになったりしないわよ。脳みそが身体の中にあろうとなかろうと、別に違いはないでしょ?」


 キース、ヨウコの顔をじっと見る。


「ヨウコさんって面白いですね」

「面白がらせようと思って言ったわけじゃないよ。ローハンの送ったファイル見たんでしょう?」

「ええ」

「恥ずかしくって死にたいわ。私のブスな顔と性格、キースに見られてさ」

「よく出来てましたよ。ローハンには編集の才能がありますね」

「……そうなの?」

「『ヨウコ』の『一つ目の願い(ファーストウィッシュ)』が何だったのか、記録には残ってないんです。まさに歴史上のミステリーだったんですよ。まさか生涯のパートナーを望んでたなんて驚きましたね」

 「男を欲しがるなんてカッコ悪いよね。でも『じいさん』の言うことなんて全く信じてなかったもんだからさ、適当に言ったのよ」

「ヨウコさんって24世紀じゃ聖母みたいな人だったと思われてるんですよ。知ってますか?」

「勝手に想像されちゃ迷惑よ。あなたこそ本当にフギンと同一人物なの? 人間じゃないなんて信じられないんだけど」

「そうでしょうね」

「これでもキース・グレイがデビューした時からのファンなんだよ。あなたがフギンなんだったら知ってると思うけど」

「知ってますよ。でも、ヨウコさんが僕がずっと探してた『ヨウコ』だとは夢にも思わなかったな」

「そりゃ、自分でも知らなかったのに、あなたに分かるはずないわよ」

「15年間も探し続けてたんですよ。やっと見つけた」


 ヨウコ、赤くなる。


「キースからそんなセリフ聞いたら照れるよ」

「まったく『ヨウコ』なんてありふれた名前を付けるもんだから苦労しましたよ。もっと奇抜な名前にしてくれればよかったのに」

「私が付けたんじゃないってば。あのさ、私が見つかったんだから、仕事が一つ減って楽になったんじゃない?」

「でも、また別の任務が増えちゃいましたね。これからはこっちが最優先になりそうです」

「どんな任務なの?」

「『二つ目の願い(セカンドウイッシュ)のヨウコ』のサポートをすること」

「そうなの? 私ってほんとに重要人物なんだね」

「当然でしょう?『ヨウコ』のおかげで平和な24世紀が存在しているんですからね。というわけでこれからもよろしくお願いします」

「キースからよろしくなんて言われるとおかしな感じね。こちらこそよろしくね」


 キース、ヨウコの顔を覗き込む。


「ヨウコさんはどうして僕の目を見て話さないんですか?」

「え? ごめん。実物が予想以上にゴージャスすぎて直視できなかっただけなんだけど」

「ヨウコさん。この身体は作り物なんですよ。この顔も身体もデザインされたものなんです。そう思ったら全然たいしたことないでしょ?」


 ヨウコ、ムッとした顔でキースを見上げる。


「そんなこと言っちゃったらローハンだって同じじゃないの。作り物だろうがなんだろうが、キースはキースでしょ?」

「……そうなんですか?」

「たとえ本人でも、私のキースをけなすと許さないからね。ファンをなめるんじゃないわよ」

「でも、正体を知って『キース・グレイ』のイメージが壊れちゃったでしょ?」

「今まで悪いうわさや浮いた話がちっともなかった理由はわかったわね」

「世間で思われているような聖人君子ではないんですよ」

「テレビで見たキースとはずいぶん雰囲気が違うよね。トークショーじゃ優しくてにこやかな感じだったのにな」

「本物は?」

「全然笑わないのね。正反対だわ。無表情で冷たい感じがする」 

「あれは全部演技ですからね」 

「でもさ、誰でも知り合ってみれば想像とは違うもんだし、あなたはやっぱり格好いいよ」 「そういってもらえると嬉しいですね」

「電話でのフギンの声、どこかで聞いたことがあると思ったらキースの声だったんだ。英語でしか聞いたことなかったからわかんなかった」

「この声、いいでしょ。気に入ってるんですよ」

「私が電話で『キース・グレイに会いたい』って言った時にサエキさんが焦ったのはこういう事だったのね」

「あれは面白かったですね」


 ヨウコ、おずおずとキースを見上げる。


「あのさ……ちょっと触ってみてもいい?」

「僕に?」

「せっかく会えたから記念にと思って」

「記念? 記念だったらこういうのはどう?」


 キース、身を乗り出してヨウコに素早くキスをする。勢いよく立ち上がったローハンにサエキが声をかける。


「おい、飛行機、落とすなよ」


 サエキの声にヨウコも慌ててローハンを振り返る。


「ローハン、機内で暴れないで」

「そんなことしないよ」


 キースの身体がいきなり前のめりに倒れる。


「え! キース、どうしたの?」

「今度、ヨウコに触ったら日本に着くまで端末を遮断するからな」


 キース、身体を起こしてローハンを振り返る。


「今のどうやったんだ?」

「お前の端末なんか簡単に乗っ取れるよ。隙だらけじゃないか。ヨウコ、こっちにおいで」

「キース、大丈夫?」

「うん」


 ヨウコ、立ち上がって、ローハンの隣の席に戻る。


「何であんなのにチュウされてるんだよ?」

「油断したのよ。だってまさかキースにキスされるとは思わないでしょ? 不可抗力だってば」

「それにしちゃ、顔がにやけてない?」

「ないってば」

「やっぱりにやけてる。ほら」


 ヨウコ 笑い出す。


「へへー、キースにチュウされちゃった。嬉しいな。もう口、洗わなーい」


 ローハン、急いでヨウコにキスする。


「何すんのよ?」

「上書き保存だよ」

「もう。せっかくの記念だったのに」

「記念?」

「ふふふ」

「ねえ、そんなにあいつにチュウされて嬉しかったの?」

「ローハン、すごく格好よかったよ」


 赤くなったローハンにヨウコがもたれかかる。 


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