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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第二幕
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機内での会話

 飛行機が離陸してシートベルト着用のサインが消える。キースが立ち上がり、ヨウコ達の近くの席に移動してくる。


「ここなら何を話しても大丈夫ですよ」


 サエキ、キースを睨む。


「何の用だよ? わざとこの便に乗っただろ?」

「サエキさんこそ、この便しか取れなかったんじゃないんですか?」


 サエキ、ヨウコの方を向く。


「ヨウコちゃん、そうなの?」

「うん、オンラインで予約したんだけどさ、この便しか空いてなかったんだ」


 サエキ、唸る。


「仕組んだな」

「こうでもしなきゃ、サエキさんに逃げられずにお話できないですからね」

「ねえ、サエキさん。ローハンがさ、キースはロボットだって言うんだけど本当なの?」


 キース、ヨウコの顔をじっと見る。


「ロボット? ちょっと違うよ。ヨウコさんとは何度かお話ししたことがあるんだけど、思い出せないかな?」

「ええ? あなたと会うのは今日が初めてだよ。ファンの私が覚えてないはずないでしょ?」


 サエキ、困った顔で頭を掻く。


「ヨウコちゃんさあ、フギンは知ってるだろ?」

「もちろん知ってるわよ。今回もローハンやサエキさんのパスポートを偽造してくれたのよね。で?」

「こいつはフギンの端末なんだ」

「はあ?」

「『キース・グレイ』はフギンの端末のひとつなの」

「ええ! 冗談でしょ? あんた、フギンなの?」

「あーあ、ヨウコちゃんには隠し通すつもりでいたのになあ。夢を壊しちゃかわいそうだろ」


 キース、ヨウコに向かっておもむろに頭を下げる。


「やっとお会いできましたね。フギンって名前は嫌いなんで忘れちゃってください。これからはキースと呼んでもらえますか?」

「スーパーコンピュータがサボって俳優やってるの?」

「俳優はただの趣味ですから、サボってなんていませんよ。今も24世紀からの慰安旅行客の苦情処理の真っ最中です。この身体は遠隔操作で動かしてるだけで、僕の本体、というか頭脳はシベリアの地下にあるんですよ」

「リモコン人形みたいなもの? 慰安旅行が気になるんだけど」

「こいつ、この時代で情報収集やってるうちに映画にはまってさ。自分で俳優やりたいっていうから『会社』で身体を作ってやったんだ。最初は反対されたんだが、作るまで仕事をボイコットしやがった。かなりわがままな奴なんだよ」

「なんだ、キースは作り物だったのか。だからこんなに格好よかったのね」


 サエキ、笑う。


「ヨウコちゃんってほんと受け入れるの早いよな。そういや、こいつをデザインしたのもローハンと同じでサルバドールだったわ。まさかハリウッドスターの座に上り詰めるとは予想外だったけどな」

「僕の紹介はここまでにして、単刀直入に聞きますね。サエキさんはこっちで何をしてるんですか? この時代の責任者である僕が、何も知らされてないのはどういうこと? ガムランに聞いてもごまかされるばかりだし」

「だからだなあ、研究のために一般人家庭にステイしてるって言っただろ?」

「下手な嘘はやめてくださいよ。ヨウコさんとローハンに関係があるのは分かってるんです。飛行機が着くまでの11時間、質問し続けてもいいんですけど?」


 サエキため息をつく。


「お前がどんだけねちっこい性格だったか忘れてたよ。悪いんだけど、この件は重要機密なんだ。話したらガムに怒られちゃうよ」 

「怒られればいいじゃないですか」

「嫌だよ。あいつ、お前と同じぐらいねちっこいんだもん」

「黙っていればわからないでしょう?」

 

 キース、サエキに顔を近づける。


「サエキさん。この二人は何者なんですか? 24世紀の人間が過去の人間と付き合うのは禁止されてるんです。本来一緒にいるべきじゃない二人を、サエキさんほどの人が付きっ切りで面倒みてるなんて怪しすぎるでしょ?」


 サエキ、ため息をつく。


「仕方ないな。俺はローハンとヨウコちゃんのお目付け役なんだ」


 ヨウコ、訝しげにサエキを見る。


「サエキさん、さっき重要機密だって言ってたよね? 話しちゃってもいいの?」

「だって、こいつ、本当にしつこいんだよ。気になりだしたら手段を選ばないからな」

「仕方ないでしょう? 僕は情報収集コンピュータなんですよ」

 

 ヨウコ、はっとしてキースを見る。


「ちょっと待ってよ。あなたがフギンなんだったら……私の情報、キースに全部知られてるってことなのよね? 恥ずかしいなあ」

「気にしないでいいですよ。それが僕の仕事ですから」


 ローハン、不満げにキースを睨む。


「なんでお前がヨウコの事を知ってるんだよ。いやらしい奴だな」

「だからそれが僕の仕事だって今言ったとこだろ?」


 キース、そのままローハンの顔を凍り付いたように見つめる。


「ローハン君? 君は……もしかして人間じゃないの?」

「こいつはロボットだよ。ウサギのチームが作ったんだけどさ、今までで一番人間に近い最新型なんだ。よく見抜いたな」

「よほどの理由がない限り、21世紀へのAIの持ち込みは禁止なんですよ。持ち込む場合には僕に連絡がくることになってるし」

「よほどの理由があるんだよ」


 ローハンがのんびりした口調で口を挟む。


「俺はヨウコのパートナーとして作られたんだ」

「それ自体、ありえない。一介の21世紀人に24世紀の、それも最新型のロボットを与えるなんておかしいですよね。情報の漏洩を禁じる法律もあるんですよ。なんでそんな特別扱いが許されてるんですか?」


 キース、ローハンを見つめる。


「君が本当にロボットだとするとだな、偵察衛星にしょっちゅう入り込んでくるのは君なのか?」

「うん、そうだよ」

「あれは僕の管理下にあるんだから勝手に入り込まれちゃ困るよ。いつもどうやって侵入してくるの? 誰かが手引きしてくれるの?」

「侵入なんかしてないよ。いつも開きっぱなしだし、ちょっと覗かせてもらってるだけだよ」

「開きっぱなしにしとくわけないだろ? 本当に君が一人でやってるの? サエキさん、ローハンはただのロボットじゃないんですか?」

「こいつ、そういうの得意なんだよ。最新型だからじゃないのか?」

「いくら新しいからって、ロボットごときの頭脳にあのセキュリティを破れるはずがないですよ。サエキさんにもローハンについて知らないことがあるんじゃないですか?」

「俺の知らないこと?」

「そして、ヨウコさん。あなたは誰? 僕が調べたこと以外にも何かあるんだね?」

「え、私?」


 ヨウコ、面食らった顔でキースを見返す。


「やっぱりそうなんだ。サエキさん、ヨウコさんはあの『ヨウコ』なんですね?」

「さて、どうかなあ? どうして知りたいの?」

「僕の任務の一つは『二つ目の願い(セカンドウィッシュ)のヨウコ』が誰なのか特定することなんですよ。知ってるでしょう?」

「そう言えばそうだったっけ」

「見つかったんだったら見つかったと知らせてくれればいいのに、どういう事ですか? どうして何もかも僕から隠すの?」

「ガムが決めたことだからな。俺にはわかんないよ」

「まあ、それはいいんです。サエキさんが僕に黙っていたのは許してあげますから、『二つ目の願い(セカンドウィッシュ)のヨウコ』の発見に至った経緯をくわしく教えてください」

「お前もガムに劣らず偉そうだよな。どうしても知りたいのか?」

「はい。僕は好奇心の塊なんです」

「お前が知りたいだけ?」

「そうですよ。誰にも漏らすつもりはありません。僕は自分さえ知っていれば満足なんです」

「お前って自己中のナルシストだからなあ。信用してやってもいいかな。それじゃあ、ヨウコちゃんとローハンとこれからは仲良くしてやってくれる?」

「どうしてそういう話になるんですか?」

「お前みたいな万能なお友達がいれば、こいつらも心強いだろ」

「それで全部教えてもらえるんだったらお安い御用です」


 ヨウコ、身を乗り出す。


「キースが友達? うひゃ、嬉しいかも」


 ローハン、不満そうにキースを睨む。


「『うひゃ』ってなんだよ? 俺はあんまり嬉しくないけど」

「ローハンは僕のこと、嫌いみたいだね」


 サエキ、肩をすくめて見せる。


「こいつ、ものすごいヤキモチ焼きなんだよ」

「へえ、愛人ロボットごときに嫉妬されてちゃ、ヨウコさんも大変だな」


 キース、ローハンの顔をじっと見る。


「君は馬鹿なの? この身体がコンピュータの端末だって知ってるのに、惚れる女がいるはずないだろ? 妬くだけ無駄だとは思わないの?」

「だって、ヨウコはそういう些細な事は気にしないんだよ」


 ヨウコ、ローハンの足を蹴飛ばす。


「気にしないからって私が浮気すると思う? 私はあんたと結婚するの。俳優なんかにいちいち妬かれちゃテレビも見れやしない」

「……ヨウコさん、ローハンと結婚するって? それ、人間じゃないですよ。ロボットとの結婚は認められてないんですよ」

「未来でどうであろうと知ったこっちゃないわよ。その話を蒸し返したら、ハリウッドスターだろうがなんだろうが容赦しないからね」


 サエキ、懇願するようにキースを見る。


「頼むからその話題に触れないでくれるかな」

「ガムランは本気で『二つ目の願い(セカンドウィッシュ)のヨウコ』とロボットの結婚を許すつもりなんですか?」

「そうだよ。ローハンはヨウコちゃんの『一つ目の願い(ファーストウィッシュ)』だからな」

「ローハンが?」

「ああ、『ヨウコちゃんを愛して裏切らない生涯の伴侶』。それがヨウコちゃんの願いだったんだよ」

「ですが、ロボットには恋愛の真似事しかできないでしょう? 伴侶にふさわしいとは思えませんが」

「今までで一番人間に近いって言っただろ? こいつは本当にヨウコちゃんに恋してるよ。少なくとも俺にはそう見える」 


 黙り込んだキースに、サエキが不思議そうに話しかける。


「おい、キース。どうかしたのか?」

「いえ、そういう事もあるんですね。ヨウコさんにもローハン君にも失礼なことを言ってしまってすみませんでした」

「わかりゃいいんだ。そういうことで仲良くしろよ。ローハンもな」


 ローハン、ぶすっとした顔でサエキを見る。


「はあい」

「じゃ、俺、キースと話すから前に移るな」


 サエキとキース、立ち上がると前の席へと移動する。


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