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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第一幕
30/256

『人間の定義』

 トニーのカフェ、店に入ってきたヨウコとサエキをトニーが笑顔で迎える。


「いらっしゃい。今日はローハンはいないのね。サエキと浮気なの?」

「違うって。私の趣味じゃないもん」

「悪かったな」

「まあ、サエキもなかなかラブリーよ」 

「そりゃどうも。俺はラテ、お願い」

「私もラテにするわ。トニー、この間のパーティ、誘ってくれてありがとうね。面白かったわ」

「あなたたちなら大歓迎よ。それにローハンを連れて来いってみんながうるさいのよね」

 

 ヨウコ、サエキを振り返る。


「サエキさん、払っといてね」

「俺のおごり?」

「だって話があるっていったのはサエキさんでしょ?」

「そうだけどさ」


 二人、向かい合って席につく。


「で、なんなのよ。よっぽどローハンに聞かれたくない話なのね?」

「その通り」

「そんな話を私にしちゃってもいいの?」

「俺の判断だけどね。あいつと結婚する気だったら、この際はっきり聞いておいてもらったほうがいい。以前、24世紀じゃローハンは作られたとはいえ人間だし人権もあるって話、したよな。ヨウコちゃん、『人間の定義』って分かる?」

「24世紀の? わかんないよ、そんなの」

「単純にいうとだな、脳が人間の脳だったら人間なんだ。たとえどんな姿をしててもね」

「どんな姿って?」

「たとえば俺の友達はこんなんだ」


 サエキ、手元のフォルダから写真を取り出して見せる。


「友達? 私にはガンダムに見えるけど」

「こいつは20世紀のロボットアニメマニアなんだ。身体は全部機械だけど、脳みそは人間のままだから人間なわけ。ウサギ好きが高じてウサギの顔をしてる同僚もいる」


 サエキ、別の写真を取り出す。


「うわ、かわいい! これがローハンのいってたウサギさんかしら。触りたいわあ。一度連れてきてね」

「こう見えてもローハンを作ったチームの主任なんだけどなあ」

「そんなに偉いウサギだったの?」

「ローハンの生みの親みたいなもんだよ」

「ええ? じゃあ結婚したらウサギが義理の父?」

「いや、そういうことにはならないけどさ。……とにかくだな、人間でも普通は頭にいろいろと脳の機能を補助するパーツを埋め込んでるんだ。ほかの人と通信したりネットにつないだりGPSを使ったり、俺もローハンやフギンとよく通話してるだろ」

「それ便利よねえ」

「でも、メインは人間の脳なわけ」


 サエキ、紙ナプキンに小さな円を描き、その中に簡単な脳の絵を描き込む。


「たとえクローン人間でも培養された脳が入っていても、大脳さえ人間のものなら人間扱いしてもらえるし、人権も認められる。詳しい法律上の定義となるともっとややこしいんだけどね。24世紀にはいろんなのがいるから」

「だからローハンは作られたとはいえ『人間』って認められてるわけね。わかった。それで?」

「この、脳みその部分に人工の頭脳、いわゆるコンピュータを使っていれば」 


 サエキ、紙に別の円を描く。


「たとえ肉体が人間と全く同じでも、ロボットとかアンドロイドだとか呼ばれるモノになる。もちろん人権なんて認められない。これもわかる?」

「うん、わかる」

「ここからが肝心なところなんだけど……」

「うん」

「ローハンは……こっちなんだ」


 サエキ、二つ目の円をペンで指す。


「ええ! ……うそでしょ? だって脳みそが入ってるって言ってたよ。培養モノだけど正真正銘の人間の脳だって」

「本人も気づいてないんだよ」

「全然、機械とは思えないんだけど」

「ローハンの頭脳は人工部品と生体を組み合わせた画期的なモデルで、今までのロボットに入ってたのとは段違いの性能なんだよ。24世紀でも奴がAIだと気づいた奴は一人もいなかった。知ってるのは制作担当した俺たちのチームとガムランぐらい」

「……本人も知らないのになんで私に言うの?」

「最近のローハンは人間じゃ到底不可能なことばっかりやらかしてる。いくらあいつが間抜けだからって、気づくのは時間の問題だよ。そろそろ自分でもおかしいと思いだしてるんじゃないかな?」

「つまり、ローハンは本当にロボットだったのね」

「ロボットを使うしかなかったんだよ。ヨウコちゃんのことを好きになるようにインプリントしてあるって言ったよね。実はそういうインプリンティングって、法律にひっかかっちゃうんだ。『洗脳』というと聞こえがちょっと悪いけど……」

「めちゃめちゃ悪いわよ」

「それに人間だとどんな行動を取るか予測しにくいんだ。そんなのに『ヨウコ』の『一つ目の願い(ファーストウイッシュ)』を任せるわけにはいかないからな。代わりにロボットを使うことにした。ヨウコちゃんを好きになるようにプログラムしてね。もちろん、依頼主の『じいさん』は承諾済みだ」

「でも、どうして最初から本人に教えてあげなかったの?」

「ローハンにはあくまでも人間でいて欲しかったから。自分が機械だと知ってたら、人間らしく振舞えないだろ」

「確かにそうね」

「それに俺たちもローハンがどこまで人間に近づけるのか知りたかったしな。ローハンと同型の頭脳を使ったロボットってまだ三体しか作られてないんだ」

「ずいぶんレアなものを貰っちゃったのねえ」

「すごい奴だろ。俺たちもローハンには驚かされっぱなしだよ。で、ヨウコちゃんにお願いしたいんだけど……」

「こんなことでローハンと別れたりしないわよ。もともと人間だとは思ってないからさ」

「それはわかってるってば。でも、ローハンが気づいたらどうなるかわかるだろ? あいつ、プライド高いからさ」

「確かにねえ。ロボット扱いするとむきになって面白かったんだけど、もう笑える冗談じゃなくなっちゃったなあ」

「もしもあいつが気付いたら……ヨウコちゃんが支えてあげてくれる?」

「いつも支えてもらってるからね。たまには私の番かな。後でコーヒー、もう一杯おごってね」

「そんなにカフェイン取ると眠れなくなるぞ」


 ヨウコ、真顔になってサエキを見つめる。


「あの、サエキさん……言ったほうがいいよ」

「え?」

「本人が自分で気づく前に教えてあげたほうがいいと思う」

「でも……」

「大丈夫。ローハンは私がいれば幸せなんでしょ?」

「それはそうだけど……」

「ローハンのプライド、ぼろぼろねえ」

「ヨウコちゃん? 今、一瞬、嬉しそうに見えたんだけど」

「そんな事ないって。ないない」


 いきなり、背後から現れたローハンが声をかける。


「サエキさん」


 ヨウコたち、驚いて振り返る。


「ローハン?」

「……今、すごく嫌なこと、聞いちゃった気がするよ」

「おい、いつから聞いてたんだ?」

「俺が、その、ロ、ロ、ロボ……」


 ヨウコが口を挟む。


「ロボットだっていうところから?」

「そう。そこから」

「じゃ、説明する手間がはぶけたわね」

「ふ、二人で俺を担いでるんだ。もうすぐエイプリルフールだから」

「半年先だろ? お前が後ろで盗み聞きしてるのも知らなかったんだぞ」

「何か変だとは思ってたんだけど……」

「あんたはいつも変でしょ」


 ローハン、ヨウコに向き直る。


「ヨウコは平気なの?」

「私が? どうして?」

「ヨウコと俺って根本的なところで違うんだよ。気にならないの?」

「ならない」

「でも……。俺、ますますヨウコにふさわしくなくなっちゃったなあ」

「ねえ、ローハン。あんたは私のためだけに存在してるのよ。そこんとこ、ちゃんと理解してる?」

「それは分かってるけど……」

「じゃあ、私が百パーセントどうでもいいと思ってることで悩むのやめなさいよね。やめないと結婚してあげないからね」

「俺と結婚?」

「するんでしょ? 取り消すつもりだったの?」

「俺、機械だよ。わからないの? いくら24世紀でも人間とモノは結婚できないんだよ。ヨウコはちゃんとした人間と一緒にいなくっちゃ駄目だよ」

「ローハン、こっち向いて」


 ヨウコ、立ち上がってローハンの顔面をげんこつで殴る。ローハン、鼻を押さえる。


「いたっ!」


 ヨウコ、急ぎ足でカフェから出て行く。サエキが呆れた顔でローハンの顔を見る。


「うわ、思い切り殴ったな。鼻血が出てるぞ」

「……ヨウコ、怒ったのかなあ」

「当り前だろう? お前は家に戻ってしばらく反省してろ」


 トニーがティッシュの箱を持ってテーブルに来る。


「はい、ティッシュ。しっかり鼻に詰めときなさいよ。あんなにヨウコを怒らせるなんて、何があったのよ? まさかあんた達二人が出来ちゃってそれがバレたとか?」


 サエキ、苦笑いする。


「それだけはないよ。勘弁してよ、トニー」


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