ローハン、指輪を渡す
翌日の午後、ローハンとヨウコが庭のテーブルでコーヒーを飲んでいる。
「さっきからなんでじろじろ見てるのよ?」
「飲み終わった?」
「ううん? まだちょっと残ってるけど」
「早く飲んじゃいなよ」
「コーヒーぐらいゆっくり飲ませてよ」
ヨウコ、言いながらコーヒーを飲み干す。
「げ! なにこれ!」
ヨウコ、咳込みながら口から手のひらに光る物を吐き出す。
「飲んじゃうところだったわよ。あんたが入れたの? あれ? 指輪?」
「カップの底に入ってるところを見つけて、かわいらしく驚いて欲しかったのになあ。寝ないで筋書き考えたのに、どうしていつもぶち壊すんだろう?」
「あんたがせかすからでしょ? 死ぬかと思ったわ。なんで指輪なんて入れるのよ?」
ローハン、ヨウコの顔を覗き込む。
「結婚して」
「え?」
「俺と結婚して、ヨウコ」
「結婚?」
「だって、ヨウコは俺と死ぬまで一緒にいてくれるんだろ? どうせ一緒にいるんだから、ヨウコの夫になっちゃ駄目?」
ヨウコ 赤くなる。
「そんなこと言っても、あんた、実在の人物じゃないんだから法律上は無効でしょ?」
「ローハン・F・スミス、一九七●年四月七日生まれ。イギリス出身。ちゃんと出生証明もあるよ。誰が調べても怪しまれないように、サエキさんがフギンに頼んで俺の経歴を作ってもらったんだ」
「そういや、イギリス人だって言ってたわねえ。出身地って言ってもイギリスなんて一度も行ったことないんでしょ?」
「ないよ。でもこの国の出身にしちゃうとボロが出るだろ? どこに行っても人が少ないのに昔からの知り合いが一人もいないなんて変だよ。俺、目立つから余計に怪しいだろ?」
「そりゃそうねえ」
「イギリスが気に入らないならアメリカ人でもいいよ。でも俺、英語で話す時にはさりげなくイギリス英語使ってるから、今更アメリカ人だなんて言ったら余計に怪しまれるかも」
「別にどこの人でもいいけどさ……。何も問題ないんだったら……はい」
「『はい』って?」
「だから、イエスって言ってんの」
「え、ええ!」
「何でそんなに驚くのよ? もしかして断られると思ってた?」
「うん。自信なかった」
「そんな格好いいのにどうしてさ? ローハンが私の夫だなんて鼻血が出そうだわ。あー、顔がにやけてきた」
ローハン、ヨウコの顔を不審げに見る。
「もしかして、凄く喜んでる?」
「うん、すっごく嬉しい。だってローハンと結婚なんて絶対に無理だと思ってたから」
ヨウコ、ローハンに抱きつく。
「ありがとう。ローハン」
「う、うん」
ローハン、赤くなる。
「でも『スミス』ってよくある名字よね? もっと変わったのにしようよ」
「わざと選んだんだよ。珍しい名前を付けてうっかり家系を調べられたら面倒だろ? 気に入らないんだったら変えるけど? 上位百位に入ってるような名字だったら問題ないよ」
「わかった。じゃ、『ヨウコ』にあうのを探すわ」
「それはいいけど、自分だけじゃなくって俺やルークの名前も考慮してよね」
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しばらくしてサエキが近づいてくると、ニヤニヤしているヨウコを不思議そうに見る。
「ご機嫌だな。どうしたの?」
「へへー、プロポーズ、されちゃった。ほら」
ヨウコ、サエキに指輪を見せる。
「ええ! ローハン、よくやったな。二ヶ月ぐらい悩んでただろ?」
「二ヶ月……そんなに長く? 度胸ないんだね」
「サエキさん、言わなくってもいいのに。断られるのが怖くて言い出せなかったんだけど、昨日のことがあったからね。さすがに夫のインプリントを取り消してくれなんて言い出さないだろうから」
「もうやめてよ。私が悪かったってば。二度とあんな事は起こりません」
「分かってるよ。でも、ヨウコは俺のモノだってはっきりさせたいんだ。結婚してないと誰かに取られちゃうかもしれないだろ」
「それはあんたでしょ? どこ行っても言い寄られるもんね。いちいち妬くのも馬鹿馬鹿しいわ。サエキさんもコーヒー飲む?」
「俺が入れてくるよ」
ローハンが家の中に消えると、ヨウコが小声でサエキに話しかける。
「サエキさん、ちょっと質問」
「何?」
「ローハンの行動ってどこまで刷り込まれてるのかしら?」
「プロポーズしたこと、気になってるの?」
「実はそうなのよ」
「心配しなくていいよ。あいつは最初からヨウコちゃんが好きだって以外は、すべて自由意志で行動してるからさ。何度も言うけど人間だからね」
「そっか。よかった」
「おめでとう。式には呼んでね」
「式……挙げるの? 私、再婚だし別に挙げなくてもいいんだけどな」
ローハン、コーヒーを持って戻ってくる。
「ヨウコ、俺は初婚だろ? もちろん俺がプランナーだからね」
「こりゃ、挙げないわけにはいかなさそうね。サエキさん、ご招待しますから、そんなアキバな格好して来ないでくださいよ」
「これってこの時代の流行だろ? どうしてそんなに嫌がるんだよ?」




