世界を救った聖女
『次に魔法使いは二つ目の願いを尋ねました。欲のない女は一つ目の願いだけで十分だと言いましたが、老人は聞き入れません。女は、それではこの世界を救ってください、みんなが仲良く暮らしていけるきれいな世界に戻してください、と願いました』
T.タイラー著 『ヨウコにまつわる伝承』より抜粋 (21世紀日本語訳)
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ヨウコ、驚いた顔でローハンを見上げる。
「うそでしょ? あの『じいさん』、二つ目の願いも叶えたの? どうやって?」
「救われた、と言える状態になるのはまだまだずっと先だけどね。これからいろいろ起こるはずだよ。ヨウコはね、『無私の精神で世界を救った聖女』って事になってるよ。本物はこんなもんだけど」
ヨウコ、赤くなって顔を押さえる。
「うわあ、恥ずかしい」
「俺は本物のヨウコの方がいいや。24世紀にはヨウコに関しての記録がほとんど残ってないんだ。どこに住んでいたのかさえも分からない。実在の人物じゃないって信じてる人もいるぐらい」
「そうなんだ」
「21世紀以降の記録は誰か消しちゃったみたいでさ、ヨウコという女性の『二つ目の願い』によって世界が救われたのは分かってるんだけど、具体的に何が起こったのかは全くの謎なんだ」
「そういえばサエキさんもそう言ってたわ。不思議ね」
「だから『じいさん』が俺を注文に来て『一つ目の願い』の話を始めるまでは、誰もヨウコがあの伝説の『ヨウコ』と同一人物だとは気づかなかったんだよ」
「そうなんだ」
「ナイチンゲールやジャンヌダルクよりも有名な『二つ目の願いのヨウコ』のために作られたって聞いたときには、俺、びっくりしたなあ」
「恥ずかしいから、もうやめてよ。私は何もしてないのに」
「作り物の俺なんかでいいのかな、って本当はすごく心配だったんだ。救世主とニセ人間だよ。不釣合いなのは俺の方」
「わかったわよ。もう別れようなんて言わないから、救世主って呼ぶのやめて」
ローハン、真面目な顔になる。
「ねえ、前から気になってたんだけどさ、ヨウコは『じいさん』にどうやって願いごとを叶えてもらったの?」
「大したことじゃないのよ。『じいさん』さ、くそ寒いのに道端にしゃがみこんで何か探してたから、気の毒に思って手伝ってあげたの」
「何を探してたの?」
「家の鍵」
「かぎ?」
「うん。寒いのに家に入れないなんてかわいそうでしょ? すぐに見つかったんで行こうとしたら、『自分は魔法使いだから、お礼に三つの願いを叶えてやろう』って言い出してさ、また変なのに捕まったと思って逃げようとしたんだけどね……」
「うん」
「『じいさん』ったらしつこいのよ。『三つの願いを叶えてもらえるとしたら何を願うか、一度くらい考えたことがあるだろう』っていうからさ、『それじゃ、いい男が欲しい』って言ったの」
「それだけ?」
「そしたら『じいさん』、もっと具体的に、っていうもんだから、『魔法使いなら私の理想ぐらいわかるでしょ』って言ってやったのよ」
ローハン、幻滅した顔をする。
「ちっともロマンチックじゃないなあ」
「次に『じいさん』、二つ目の願いを聞いてきてさ、逃げられそうもないから、『じゃ、もっと住みやすい世の中にしてくれる?』って言ったの」
「それで?」
「また具体的に言え、っていうから『それも魔法使いなら分かるでしょ』って言ってやった」
「そうなんだ。……ねえ、ヨウコは三つ目の願いごともしたんだろ? あ、内容は言わなくていいよ。人に話して叶わなくなると困るからさ」
「三つ目は願わなかったの。その時、仕事の面接に行く途中で急いでたのよね。『三つ目は保留ね』って言ってやっと逃げ出してきた」
「ええ? 三つ目は使ってないの!」
「うん。結局、あの日は『じいさん』のせいで面接に遅刻して採用してもらえなかったんだ。本当に叶うんだったら、面接に受かるように願っとけばよかったわ。うっかりしてたなあ」
「ヨウコがうっかりしててくれて良かったよ。そんな事に使ったらもったいないだろ。大事に取っておきなよ」
「でも『じいさん』が戻って来るかどうかも分からないのよ。使えなかったらもったいないなあ」
ローハン、笑う。
「ねえ、ハルちゃんがヨウコに謝ってほしいって言ってたよ」
「今更、何を謝るのよ?」
「本当は俺の事が羨ましかったんだって」
「はあ? ドラミが? 才色兼備のエリートなんでしょ。どうして?」
「あんまり俺が幸せそうだったから」
「そうなの? いつものローハンだったじゃない」
「俺がいつもどんだけ幸せなのか、本当にわかんないんだね。鈍いんだから」
「鈍いのはわかったから何度も言わなくていいよ」
ヨウコ、ローハンにキスする。
「ねえ、ヨウコ。なんでハルちゃんのこと、『ドラミ』って呼ぶのさ」
「だってあんたは私の『ドラえもん』でしょ? 妹分なら『ドラミ』じゃない?」
ローハン、ふくれっ面になる。
「そういう事じゃないかと思ったよ。あのさあ、『ドラえもん』はロボットだろ?」
「こだわるなあ。そんなのどうだっていいじゃない。どっちも未来から来たんだしさ」
「全然よくないよ。俺とロボットなんかを一緒にしないでくれる?」
「はいはい。サエキさんは眼鏡かけてるから『のび太』っぽいよね。でも役割から言えばあんたが『のび太』でサエキさんの方が『ドラえもん』かな?」
ローハン、笑う。
「『のび太』ならいいや。ニンゲンだし」
「そういう問題なんだ」




