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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第一幕
28/256

世界を救った聖女

『次に魔法使いは二つ目の願いを尋ねました。欲のない女は一つ目の願いだけで十分だと言いましたが、老人は聞き入れません。女は、それではこの世界を救ってください、みんなが仲良く暮らしていけるきれいな世界に戻してください、と願いました』

T.タイラー著 『ヨウコにまつわる伝承』より抜粋 (21世紀日本語訳)


       *****************************************

                                               

 ヨウコ、驚いた顔でローハンを見上げる。


「うそでしょ? あの『じいさん』、二つ目の願いも叶えたの? どうやって?」

「救われた、と言える状態になるのはまだまだずっと先だけどね。これからいろいろ起こるはずだよ。ヨウコはね、『無私の精神で世界を救った聖女』って事になってるよ。本物はこんなもんだけど」


 ヨウコ、赤くなって顔を押さえる。


「うわあ、恥ずかしい」

「俺は本物のヨウコの方がいいや。24世紀にはヨウコに関しての記録がほとんど残ってないんだ。どこに住んでいたのかさえも分からない。実在の人物じゃないって信じてる人もいるぐらい」

「そうなんだ」

「21世紀以降の記録は誰か消しちゃったみたいでさ、ヨウコという女性の『二つ目の願い(セカンドウイッシュ)』によって世界が救われたのは分かってるんだけど、具体的に何が起こったのかは全くの謎なんだ」

「そういえばサエキさんもそう言ってたわ。不思議ね」

「だから『じいさん』が俺を注文に来て『一つ目の願い(ファーストウィッシュ)』の話を始めるまでは、誰もヨウコがあの伝説の『ヨウコ』と同一人物だとは気づかなかったんだよ」

「そうなんだ」

「ナイチンゲールやジャンヌダルクよりも有名な『二つ目の願い(セカンドウイッシュ)のヨウコ』のために作られたって聞いたときには、俺、びっくりしたなあ」

「恥ずかしいから、もうやめてよ。私は何もしてないのに」

「作り物の俺なんかでいいのかな、って本当はすごく心配だったんだ。救世主とニセ人間だよ。不釣合いなのは俺の方」

「わかったわよ。もう別れようなんて言わないから、救世主って呼ぶのやめて」


 ローハン、真面目な顔になる。


「ねえ、前から気になってたんだけどさ、ヨウコは『じいさん』にどうやって願いごとを叶えてもらったの?」

「大したことじゃないのよ。『じいさん』さ、くそ寒いのに道端にしゃがみこんで何か探してたから、気の毒に思って手伝ってあげたの」

「何を探してたの?」

「家の鍵」

「かぎ?」

「うん。寒いのに家に入れないなんてかわいそうでしょ? すぐに見つかったんで行こうとしたら、『自分は魔法使いだから、お礼に三つの願いを叶えてやろう』って言い出してさ、また変なのに捕まったと思って逃げようとしたんだけどね……」

「うん」

「『じいさん』ったらしつこいのよ。『三つの願いを叶えてもらえるとしたら何を願うか、一度くらい考えたことがあるだろう』っていうからさ、『それじゃ、いい男が欲しい』って言ったの」

「それだけ?」

「そしたら『じいさん』、もっと具体的に、っていうもんだから、『魔法使いなら私の理想ぐらいわかるでしょ』って言ってやったのよ」


 ローハン、幻滅した顔をする。


「ちっともロマンチックじゃないなあ」

「次に『じいさん』、二つ目の願いを聞いてきてさ、逃げられそうもないから、『じゃ、もっと住みやすい世の中にしてくれる?』って言ったの」

「それで?」

「また具体的に言え、っていうから『それも魔法使いなら分かるでしょ』って言ってやった」

「そうなんだ。……ねえ、ヨウコは三つ目の願いごともしたんだろ? あ、内容は言わなくていいよ。人に話して叶わなくなると困るからさ」

「三つ目は願わなかったの。その時、仕事の面接に行く途中で急いでたのよね。『三つ目は保留ね』って言ってやっと逃げ出してきた」

「ええ? 三つ目は使ってないの!」

「うん。結局、あの日は『じいさん』のせいで面接に遅刻して採用してもらえなかったんだ。本当に叶うんだったら、面接に受かるように願っとけばよかったわ。うっかりしてたなあ」

「ヨウコがうっかりしててくれて良かったよ。そんな事に使ったらもったいないだろ。大事に取っておきなよ」

「でも『じいさん』が戻って来るかどうかも分からないのよ。使えなかったらもったいないなあ」


 ローハン、笑う。


「ねえ、ハルちゃんがヨウコに謝ってほしいって言ってたよ」

「今更、何を謝るのよ?」

「本当は俺の事が羨ましかったんだって」

「はあ? ドラミが? 才色兼備のエリートなんでしょ。どうして?」

「あんまり俺が幸せそうだったから」

「そうなの? いつものローハンだったじゃない」

「俺がいつもどんだけ幸せなのか、本当にわかんないんだね。鈍いんだから」

「鈍いのはわかったから何度も言わなくていいよ」


 ヨウコ、ローハンにキスする。


「ねえ、ヨウコ。なんでハルちゃんのこと、『ドラミ』って呼ぶのさ」

「だってあんたは私の『ドラえもん』でしょ? 妹分なら『ドラミ』じゃない?」


 ローハン、ふくれっ面になる。


「そういう事じゃないかと思ったよ。あのさあ、『ドラえもん』はロボットだろ?」

「こだわるなあ。そんなのどうだっていいじゃない。どっちも未来から来たんだしさ」

「全然よくないよ。俺とロボットなんかを一緒にしないでくれる?」

「はいはい。サエキさんは眼鏡かけてるから『のび太』っぽいよね。でも役割から言えばあんたが『のび太』でサエキさんの方が『ドラえもん』かな?」


 ローハン、笑う。


「『のび太』ならいいや。ニンゲンだし」

「そういう問題なんだ」


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