不釣り合いな二人
翌朝、キッチンでヨウコがカップを持って座っているところに、ローハンが入ってくる。
「ヨウコ、まだハルちゃんの言ったこと、気にしてるの? 怒ってるんだろ?」
「ううん。怒ってないよ」
「でも、昨日からずっと変だよ」
ヨウコ、ローハンの顔を見上げる。
「ねえ、あんたが私しか好きになれないなんて不公平だよね?」
「なんでそんなこと言うのさ? やめてよ」
「私になんて本当なら見向きもしないハズだよ」
「ヨウコ、俺、怒るよ」
「そこんとこ、変更してもらえないの?」
「どうしちゃったんだよ? 俺のこと、好きなんだろ?」
「私達、どう見たって不釣合いだよ」
「何言ってるんだよ? じゃあ、どうしろっていうの?」
「私の事、忘れさせてもらったらどうだろ」
ローハン、いきなりヨウコの胸倉をつかむ。
「何すんのよ? 殴る気?」
ローハン、ヨウコに頭突きする。
「痛い!」
「ヨウコの馬鹿!」
ローハン、泣き顔で部屋を出て行く。
「……泣くんだ」
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しばらくして、サエキが部屋に入ってくる。
「ヨウコちゃん、ローハン、どうかした? 凄い勢いで飛び出して行ったんだけど……。おい、ヨウコちゃんも大丈夫か?」
ヨウコ、ぶすっとしてサエキを見る。
「私しか好きになれないのは不公平だから、私の事を忘れさせてもらえって言ったのよ」
「ええ! なんでそんなこと言ったの? 好きなんだろ?」
「だって、最初から私しか愛せないってひどい話でしょ。あんないい男なんだからチャンスをあげて、普通に恋愛させてあげるべきじゃない? ローハンみたいな凄い人が、こんな大昔のド田舎で一生私の子守だなんてかわいそうよ」
「そうしたらローハンは今より幸せになると思うの?」
「うん」
「ローハンは今でも十分に幸せだよ」
「そういう風に洗脳されてるんだもん。選択の余地がないんでしょ」
「いくらインプリントされてても、幸せじゃなきゃどこかにひずみが出てくるもんなんだよ。特にローハンなんて単純だからすぐにわかっちゃうよ。あんなに幸せな奴、見たことないけどなあ」
「そうなの?」
「ああ。それに、もうやり直しは利かないんだ。奴は特注だからね、ヨウコちゃんへの愛情が最優先になってる。無理にいじったら人格が崩壊しちゃうよ。ローハンにしてみたら、ヨウコちゃんに『死ね』って言われたぐらいのショックだったんじゃないか?」
「……頭突きをかまされたよ」
「頭突き? ローハンに?」
「ほら、たんこぶ。そのあと泣きながら出て行っちゃった。ローハンって泣くんだね」
「そりゃあ、悲しかったら泣くだろ。そのうちヨウコちゃんがこういう事を言い出すだろうとは思ってたけど」
「え?」
「今までローハンが最初から君を好きになるように刷り込まれてるのが気にならないわけじゃなかったんだろ? で、ヨウコちゃんがローハンを好きになるにつれて無視し切れなくなってきたんじゃないの? そこをハルちゃんにぐさっと突かれたんだな」
「よくわかったわね。サエキさんってほんとにカウンセラーだったんだ」
「自分がローハンを引き止めてる気がするんだろ?」
「うん、そうなの」
「それじゃ、自分はどうするつもりだったの? ヨウコちゃん、いまさらローハン無しで生きていけるの?」
「ううん。そんな自信ない。でも、ローハンを見るたびに罪悪感を感じて生きてくのかな、って思ったら、言わずにはいられなかったの」
「ヨウコちゃんって、いまだに自分は幸せにならないもんだと思い込んでるだろ?」
「そうかもしれない」
「思い込んでる限り、誰も幸せにはなれないんだよ。幸せになるチャンスは遠慮しないで掴まなくっちゃ。ローハンは君の『一つ目の願い』なんだ。ヨウコちゃんだけへの贈り物だと思ったらいいんだよ」
「贈り物か。……私、凄いモノもらったんだね」
「行ってあげてよ。ローハンはもう変われない。ここにしか居場所がないんだから」
「わかった……」
ヨウコ、立ち上がる。
「でも、どこに行っちゃったんだろ? ローハンには私がどこにいても分かるのに、私にわかんないなんて不公平よね。サエキさんならGPSで分かるんでしょ? 教えて」
サエキ 目をつぶる。
「えーと、座標で言ってもいい?」
「私にわかるはずないでしょ?」
「そりゃそうだ。俺、こういうの苦手だって言ったろ? 頭がぐらぐらしちゃうんだ。だいたい東の方へ145メートルだな」
「それってどこよ? 偵察衛星から見れないの?」
「俺、ローハンじゃないから無理だよ」
サエキ、窓から外を見る。
「あっちの木のたくさん生えてる辺りだ。あの高い木に向かってまっすぐ進めば見つかるよ」
「ありがと。行ってくるね」
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ヨウコ、藪をかき分けて林の中の小さな空き地に出る。ローハンが空き地の真ん中に仰向けに寝転んでいる。
「私が来るの、わかったでしょ?」
「うん」
「何してるの?」
「わかんない。ここで朽ち果ててもいいかな、って思ってたところ」
「ローハンって朽ち果てられるの?」
「当たり前だろ。残るのは電子部品と強化骨格ぐらいだよ」
「そんなの見つけたくないなあ」
「俺のこと、どうして嫌いになっちゃったの?」
ヨウコ、かがみこんでローハンの顔を覗き込む。
「嫌いになれるはずないでしょ」
「じゃあ、捨てないで。お願い」
「ごめんね。もう泣かないでよ」
ヨウコ、ローハンにキスする。
「頭突きしてごめん」
「ここ、こぶができたよ。あ、ローハンにもできてる」
「もう一回チュウしてくれる?」
ヨウコ、ローハンにもう一度キスする。
「ね、うちへ戻ろう。それとも私もここで朽ち果てようかなあ。ローハンと一緒ならいいや」
ヨウコ、ローハンの隣に寝転ぶ。
「ヨウコ。もう二度とあんなこと言わないで」
「うん、もう言わないよ。……ねえ、ローハンって本当に幸せなの?」
「当たり前だろ? こんなに不幸な気分になったの、今日が生まれて初めてだよ。ヨウコ、変なんじゃない?」
「変なのよ、私は。いい加減に慣れなさいよ」
「努力はしてるんだけどな」
「……以前にさ、俺は絶対にヨウコには手をあげないよ、って言ってたでしょ? 頭突きしたのはそれが理由?」
「うん」
「手をあげない、って文字通りにとってるんだ」
「うん」
「あんたって本当に馬鹿なんだね」
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居間、ヨウコがソファに座って本を読んでいるところに、ローハンが入ってくる。
「サエキさんにヨウコ錯乱の理由を聞いちゃった」
「うん、ごめんね。無駄にローハンを悲しませたね」
「ヨウコって優しいんだ。見かけによらず」
「それが余計」
「俺にもその気持ちは分かるよ。よく、ヨウコには俺なんかでいいのかな、って思うもん」
「はあ? そんなの、あんたの思うことじゃないでしょ? 自分がどんだけいい男なのか自覚はないの?」
「ヨウコ、あまり褒めてくれないし」
「あんまり褒めるの得意じゃないんだ。まだわかんないのかな?」
「わかってるよ。だからたまに褒められると凄く嬉しいんだ。健気だろ?」
ローハン、隣に座ってヨウコを抱きしめる。
「ヨウコ、サエキさんがいいって言ったからさ、いいこと教えてあげるよ。ヨウコって本当は凄い人なんだよ」
「どういう意味?」
「24世紀じゃヨウコは歴史上の偉人として尊敬されてるんだ」
「なんで私が?」
「世界を救っただろ?」
「……何の話よ?」
「思い当たること、ない?」
「世界をって……もしかして……私の二つ目の願い?」
ローハン、微笑む。
「そう。ヨウコは救世主なんだ。不釣合いなのは俺の方だよ」




