フギンからの電話
キッチンでヨウコが片づけをしていると、携帯が鳴る。ヨウコ、急いで通話ボタンを押す。
「ハロー? ああ、フギン、元気?」
『元気ですよ。でも、あまりに何も起きないんで退屈ですね』
サエキが後ろから声をかける。
「ちょっと、なんであいつが勝手に電話してくるんだよ? おい、フギン。駄目って言っただろ?」
「しまった、サエキさん、後ろにいたわ。ごめん」
「もしかして初めてじゃないんだな? 困るよ、ヨウコちゃん」
「世間話しかしてないってば」
「じゃあ、俺にも聞こえるように話してくれる?」
ヨウコ、ふくれっ面でスピーカーに切り替える。
「いいけどさあ。話しにくいなあ」
「話しにくいような話をしてるわけ? 俺に隠れてこそこそと?」
「してないわよ。この間はテレビドラマの話をしただけよ。フギンって何でも知ってるから面白いんだ。日本のドラマだってみんな見てるんだよ」
「そりゃ、情報集めが仕事だからな。世界中のメディアは全部記録してるんだよ」
『そうそう、サエキさんに頼まれてた限定販売のフィギュア、手に入りましたよ。そちらに送ってもらいましたから』
「そりゃ、助かったよ。ありがとう。すごい競争率だったからな」
「時々サエキさん宛てに送られてくる怪しい小包の中身はそれか。そういうの、公私混同って言わないの?」
「ちょっとぐらいいいだろ? せっかく来てるんだから21世紀アートの収集ぐらいさせてよ」
「ふーん。アートねえ。それじゃ私もなんか頼んじゃおうかな」
「おいおい」
「そうは言っても何にも思いつかないや」
『買い物以外でもたいていのことはできますよ。バッキンガム宮殿にだって入れてあげますけど』
「駄目だってば。フギンも余計なことするな」
「スーパーコンピュータって凄いのねえ。でも女王陛下に会う用は今のところないなあ」
『会いたい有名人はいる?』
「そうねえ。俳優のキース・グレイに会いたいけど、さすがに無理よね」
『なんだ、そのぐらいなら簡単ですよ』
サエキ、慌てて割って入る。
「ああ、もう。駄目。そんなの絶対に駄目。お願いするのはコンサートのチケットぐらいにしておきなさい。好きなバンドがニュージーランドに来るんだろ? 最前列取ってもらえよ」
「はいはい、わかってるわよ。言ってみただけだってば」
『ねえ、サエキさん、ローハンって何者なんです?』
「え? 急に話題を変えるなよ。あいつは俺の同僚だよ」
『サエキさんたちとヨウコさんとの関係は?』
「ヨウコちゃんは俺たちの大家さんなんだよ。ちゃんと話しただろ?」
『なんでサエキさんたちが一般人のお宅にステイしてるんですか?』
「そりゃあ、この時代の研究のためだよ」
『ヨウコさんとローハンはどう見ても恋人同士ですよね』
「どっから見てるんだよ?」
『そりゃ、いろんなところにカメラが設置してありますから、ちょくちょく見かけますよ』
「そうなの。ローハンは私の彼氏なの」
サエキ、ヨウコを睨む。
「ヨウコちゃんってば」
「見られちゃったんだったら、隠しても仕方ないでしょ?」
「だからって話せないこともあるんだよ。電話切るぞ。もう二度とヨウコちゃんにかけてくるなよ」
『サエキさん、やっぱり何か隠してるんですね』
「聞きたいことがあったらガムに直接聞いてくれ。じゃな」
サエキ、ヨウコから携帯を取り上げて通話を切る。
「もう、後味悪いなあ」
「だって仕方ないだろ。話しちゃいけないことになってるんだからさ」
「フィギュア、手に入れてもらったくせに? もうちょっと優しくしてあげたらいいのに」
「それとこれとは別なんだよ。あいつは好奇心が旺盛でさ、このぐらいで諦めるとは思えん。困ったもんだよ」




