【サイドストーリー5】 穴の底のミア その3
食事が終わるとジョシュは無口になった。時折不安そうにミアの顔に目を向ける。一人になりたくないんだとミアは察した。
「疲れたでしょ? もう戻って寝たほうがいいんじゃない?」
予想した通り、彼の顔が曇る。
「もうちょっとだけここにいてもいい?」
「私は構わないけどあなたは疲れてるんでしょ? ……そうだ、泊まっていけば?」
みるみるジョシュが笑顔になった。
「いいの?」
彼の『普通』の反応を見てミアはなんだかほっとした。24世紀では気に入った相手であれば誰とでも床を共にするのだが、こちらではそうは行かない。一夜だけと思い誘った相手に本気になられて困ったこともあった。
とは言っても今のはセックスに誘ったわけではないのだけど。
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毛布の下でジョシュはためらいもなくミアを抱き寄せた。心なしか動機が早い。震えているようだ。
「大変な一日だったね。大丈夫?」
「うん、こんなに怖い目に遭ったことなくってさ。ミアがいてくれて助かったよ」
「助かったって言われても私には何もしてあげられないよ」
「でも心強いよ」
大の男に子供のようにしがみつかれてミアは気恥ずかしくなった。慌てて別の話題を探す。
「ジョシュは『本社』で働いてたんでしょ? 凄いのね」
「そんなことないよ」
恥ずかしそうに彼は笑った。
「ミアは? 向こうでは何をしてたの?」
「ここに来るちょっと前に仕事をやめてぶらぶらしてたの。嫌なことがあって鬱々としてたからカウンセラーに21世紀観光はどうだって勧められてね、でも着いたのはここだった。ジョシュも21世紀に行くつもりだったんでしょ?」
「うん。人に会う予定だったんだ。俺も……」
ジョシュはそこまで言って口をつぐんだ。急に不安が蘇ってきたのかミアを抱く腕に力をこめる。暖かな胸板に押し付けられたミアは、何も考えずに彼のシャツの下に手を差し入れた。滑らかな肌の下のひきしまった筋肉を指でなぞる。
「ミア?」
ミアは慌てて手をひっこめた。
「ごめん、そんな気分じゃないよね」
「ううん。ミアがいいんなら俺は……」
ジョシュが照れたように彼女を見つめる。 急に動悸が激しくなってミアは思わず彼から目をそらせた。
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
初めて好きな人に抱かれたときもこんな風にドキドキしたのを覚えてる。私、ジョシュに惹かれてるの?
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ジョシュはミアを抱きしめたままそっと髪をなでた。彼女の満足そうな様子を見て笑みを浮かべる。ミアは赤くなって弁明した。
「こっち来てから気軽に誘える相手がいなかったの。ここ、そういうのに厳しいのよ」
言ってしまってからジョシュの置かれた状況を思い出してますます赤くなる。
「ごめん。ジョシュはそれどころじゃないのにおかしな話してるよね」
「ううん、構わないよ」
ジョシュは上半身を起こして彼女の唇に優しく口付けた。少し言葉を交わしては思い出したようにキスする。
ミアは誰と寝たってキスなんてさせない。キスは愛情表現だ。身体だけの関係の相手からキスなんてされたくない。でもジョシュにされるのにはなんの抵抗も感じなかった。もっとして欲しいとさえ思う。唇をそっと触れ合わせるだけのキス。この人は誰にでもこんなキスをするのかな?
ミアはジョシュのぬくもりに身を寄せた。
「誰かが隣にいるっていいね」
彼は答えない。もしかしたら無神経なことを言ってしまったのかもと気がついた。
「ごめんね。向こうにパートナーがいたんだよね」
「いないよ。でもね、もし恋人がいたらこんな感じかなって思ったんだ」
「どういう意味? 付き合ったことはあるんでしょ?」
「なんどか一緒に寝た人はいるけどそれだけだよ」
ミアはまじまじと彼の顔を見た。やっぱりこの人、変わってるのかな。こんな魅力的な人を女が放っておくはずないのに。
「ねえ、ミアも一人なんだろ? 俺、しばらくこの部屋にいたらダメかな? 一人になりたくないんだ」
そう言うとまた彼女を抱き寄せてキスを落とす。愛おしそうに幸せそうに。これは恋人からのキスだ。友達のキスなんかじゃない。ジョシュは気づいているんだろうか?
「いいよ。一人よりは二人の方が心強いものね」
「よかった。ミアといると安心できるんだ」
突然、彼の顔が輝いた。
「分かった。俺はミアと出会うためにここに呼ばれてきたんだよ」
「はあ?」
ミアは言葉を失った。どうやってそんな結論に達したんだろう? 突然、知らない世界に放りだされてもう二度と戻れないっていうのに、嬉しそうに笑ってる。
顔が熱くなるのを隠そうと慌てて顔を背けた。わざとちゃかして言葉を返す。
「すごい口説き文句ね」
「え?」
自分の言ったことの意味に気づいたジョシュは耳まで赤くなった。
「ごめん。会ったばかりでそんな事を言われたらびっくりするよね。でも……俺、すごく君に惹かれるんだ」
それだけ言って恥ずかしそうに黙り込んだジョシュにミアが微笑みかけた。
「ねえ、私もあなたに惹かれるよ。だから試しに一緒に暮らしてみようよ。もしかしたら私たち、うまくやっていけるかもしれない」
ジョシュの頭をそっと引き寄せると、今度はミアから口付けを返した。




