【サイドストーリー2】 あなたを殺すその前に その1
映画『ターミネーター』の話題が出た時に、未来から殺し屋さんがやって来る話を書きたくなりました。本編メインキャラが一人だけ登場します。ネタバレは特にありませんが本編読了後の方が世界観や背景が分かって楽しんでいただけると思います。バケツリストは映画の『Bucket List』から。
夕暮れの街 駅の改札から出てきた仕事帰りのキョウコに、整った顔立ちのコートを着た男が話しかける。
「こんにちは、キョウコさん」
「……こんにちは。あの、お会いしたことあります?」
「いいえ。初対面ですよ」
キョウコ、警戒した表情になる。
「何でしょうか?」
「あなたにとって、とても大切なお話があるんです。『ターミネーター』という映画はご存知ですか?」
「ええ、知ってますけど」
「それなら話が早いです。本日、あなたを殺すために未来から殺し屋が送られてきます」
「……はあ?」
男、真剣な表情でうなずく。
「驚きましたか?」
「失礼します」
「あれ? 話は終わってませんよ」
「話しかけないでください。警察、呼びますよ」
「もしかして僕の話を信じてないんですね?」
「当たり前でしょう? ついて来ないでください」
「今から12分後、中国自動車道で車14台を巻き込んだ玉突き事故が起こります」
「はあ?」
男、微笑むと頭を下げる。
「それではまた後で」
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一時間後 キョウコの自宅 ノックの音にキョウコがドアを開けると先ほどの男が立っている。
「六時のニュースはご覧になりましたか?」
「はい」
「信じてもらえましたね?」
「あ、あの事故、あなたが仕組んだんじゃないよね?」
「疑われるのもごもっともですが、14台の車を予告時間通りに玉突き衝突させるのはまず不可能ですよ」
「それは分かってるけど……」
「奇跡的に死者はなし。よかったですね」
「うん、あ、あの……じゃあ、あなたは未来から?」
「そうです。まずは自己紹介をさせてください。僕はタツロフといいます。24世紀から派遣されてきました」
「に、24世紀?」
「ええ、そうですよ」
「あの、タツローさん、……私、本当に命を狙われてるの?」
「ええ、狙われています」
「どうして?」
「人類は近い将来、自意識をもった巨大コンピュータに支配される運命にあります。あなたのお子さんはそのコンピューターに対抗する抵抗軍のリーダーとなるのです」
キョウコ、疑わしそうにタツロフを見つめる。
「それ、本当?」
「本当です」
「それって映画の筋と同じだよ?」
「まあ、そういうことになりますね」
「私、子供を生むんだ」
「あなたが殺されなければの話ですけど」
「それで……タツローさんが私を助けてくれるんだね?」
男、不思議そうにキョウコの顔を見返す。
「僕……ですか?」
「私を救うために未来から来てくれたんでしょ?」
「いえ、僕があなたを殺すんです」
「はあ?」
「だから僕はあなたを殺しに来たんですよ」
「よく分からないんだけど……」
「いえ、単純明快ですよ。よく聞いてください。僕はあなたを殺しに来たんです」
「あなたが殺し屋なの?」
「そうですよ」
「タツローさんが?」
「タツロフです」
「それじゃどうして会ってすぐに殺さなかったの?」
「だって、わけもわからず殺されたんじゃ気の毒でしょう? 最初にきちんと説明しておこうかと思って」
「分かってて殺されても同じぐらい嫌だと思うけど……」
「それもそうですね。そこまでは考えがおよびませんでした。すみません」
タツロフ、キョウコの顔を見る。
「それではいいですか?」
「何が?」
「殺してもいいですかと聞いてるんです」
「嫌よ」
「嫌と言われてもやめるわけにはいかないんですが……」
「じゃあ、どうして聞くのよ?」
「それもそうですね」
「私が死んだら人類が滅びちゃうんでしょ?」
「いえ、反対です。あなたが死なないと人類は滅びるかもしれません」
「はあ?」
「僕は人類の味方、あなたは敵なんですよ」
タツロフ、微笑む。
「そのあたり、映画とは少し違うようですね」
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キョウコの家の居間 タツロフが座布団に座ってお茶を飲んでいる。
「おいしいお茶ですね。ありがとうございます」
キョウコ、せんべいの入った器をちゃぶ台の上に置く。
「お茶菓子がこれしかなかったわ。おせんべい、好き?」
「ええ、好きです。それにしても、普通、自分を殺しに来た人物を部屋に通すものですか?」
「だって玄関先じゃ落ち着いて話せないでしょう? 続きを聞かせてよ」
「そうですね。ええと、とにかくあなたには三日以内に死んでもらわなくてはならないんです」
「三日?」
「ええ、今日を入れて三日ですから、実際には二日と五時間半しか残ってませんね」
「あ、あの、じゃあ、二日と五時間半、待ってもらえないかな?」
「はい、分かりました」
「え、いいの?」
「いいですよ。でもここに泊めてくださいね」
「どうして殺し屋を泊めなくちゃならないの?」
「目の前にいたほうが安心できませんか?」
「近くにいちゃ逃げられないでしょ?」
「逃げても無駄ですよ。どこに隠れてもあなたの居場所は分かるんですから」
「本当に?」
「本当です」
「……どうして三日以内なの?」
「その期間内にあなたが受胎することになっているからです」
「じゅたい?」
「妊娠するんですよ。将来の抵抗軍のリーダーをね」
「付き合ってる人もいないのに?」
「付き合ってなくったって妊娠はするでしょう?」
「ねえ、映画だと未来から助けが来て、その人の子供を身篭ったんじゃなかったっけ?」
「ええ、そうです」
「誰かが助けに来てくれないかな?」
「その望みはないと思いますよ」
「……もしかして同居中のタツローさんに襲われて子供が、ってことにはならない?」
「それもないですね。あなたを襲うつもりはないですし、僕はロボットですからあなたを妊娠させることはできません」
「ロボット? タツローさんが?」
「はい」
キョウコ、手を伸ばすとタツロフの頬に指を押し付ける。
「そんなに押さないでください」
「どう見たって人間でしょ? やっぱり思い込みの激しいおかしな人なんだ」
「そう思うなら、玉突き事故の説明をつけてください」
「ええと……、そうだ。タツローさん、実は占い師とか?」
タツロフ、微笑む。
「僕は24世紀で作られたロボットです。僕たちの時代のテクノロジーはあなたの想像などはるかに超えたものなんですよ」
「あなたの身体、何で出来てるの?」
「ヒトの細胞です。この時代で僕の正体がバレると歴史が変わってしまいますからね。頭の中身以外は人間と同じです」
キョウコ、慌ててタツロフから離れる。
「うわあ、気持ち悪い」
「ひどいこというんですね」
「人間と同じだったら子供もできるんじゃないの?」
「できないようになってるんですよ。うっかり歴史を変えてしまうと困りますから」
「でも、私が子供を生まなければいいわけでしょう? わざわざ私を殺さなくても、妊娠しないように見張ってれば済むことじゃないの?」
「確かにそういう理屈なんですけどね。上が決めたことですから命令には逆らえません」
「それにこの三日で妊娠するってどうして分かったの?」
「出産日からの逆算です」
「赤ちゃんなんて予定通りには生まれないよ。この三日間じゃないかもしれない」
「その可能性もあるんですけどね、僕にも次の仕事があるのでこの任務に割けるのは三日間だけなんです。とりあえず殺しておけばあなたの出産は確実に防げるでしょう?」
「……人を殺すっていうのに、ずいぶんいい加減なんだね」
「あなたが近々妊娠するのは確かな事実なんですよ。デートの予定もないんですか?」
「今夜、会社のお得意さんに飲みに誘われてるんだけど、デートとは違うな。ほかの人も来るし居酒屋だから雰囲気もなにもないよ」
「その人、結構素敵なんじゃないですか? キョウコさんに気があるとか」
「見た目は悪くないかな。会えば話しかけてくるけど、三日でそんな関係になるとは思えないよ」
キョウコ、時計を見上げる。
「ああ、もう行かなきゃ。近所だから着替えてから行こうと思って帰ってきたんだ」
キョウコ、タツロフを見る。
「ええと」
「はい」
「着替えるから台所にいてもらっていい?」
「僕は気にしませんけど。女性の着替えを見るのは好きなんです」
「私が気になるから」
キョウコ、着替えながら、隣の部屋のタツロフに話しかける。
「タツローさん、ここで待ってる?」
「ついていきますよ」
「それは困るんだけど」
「気づかれないように離れたところで見張ってますよ。それならいいでしょう?」
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繁華街 男とキョウコが居酒屋から出てくる。
「キョウコちゃん、大丈夫?」
「ちょっと気持ち悪い」
「みんな行っちゃったよ。俺たちも次の店、行く?」
「すみません。私、もう、帰ります」
キョウコ、ふらふらと歩き出す。
「ええ? せっかくの週末だってのに帰ることないだろ?」
男、手をあげてタクシーを止める。
「よし、俺が連れて帰ってあげるよ」
「い、いいです。一人で帰れますから」
男、キョウコを後ろの席に引っ張り込むと、運転手に住所を告げる。
「えーと、それ、どこですか?」
「俺の自宅だけど?」
「私の自宅に戻りたいんですけど」
「泊まってけばいいじゃない。さっきの続きしようよ」
「続き?」
「さっき、俺に抱きついて来たじゃない。あんなところで俺の気をひこうなんて、キョウコちゃん、結構大胆なんだ」
「あれは座布団につまずいただけです」
「またまた、そんなこと言って」
キョウコ、慌ててタクシーから降りようとするが男に腕をつかまれる。
「またまた、じゃありません。帰りますってば」
キョウコ、タクシーのドアから頭を突き出す。
「タツローさん! いるんでしょ?」
タツロフ、近くの電柱の後ろから現れる。
「はい、いますよ」
「助けてよ」
「助けるんですか? すべて予定通り順調にいってるみたいですけど」
「ええ?」
「今からその人とセックスして妊娠するんじゃないですか? 妊娠したってどうせ僕があなたを殺しますから問題ありません。楽しんできてください」
「やめてよ。この人、生理的に受け付けないの。初体験の相手がこんなんじゃ嫌だよ」
「あれ、キョウコさん、処女だったんですか?」
「いいから助けてえ」
「そういうことなら……」
タツロフ、タクシーの中に頭を突っ込むと男に話しかける。
「あの、すみません」
「誰だ?」
「その人から手を離してください。あなたは初体験の相手にはふさわしくないそうです」
「ああ?」
「早く離してあげてください。さもなければ……」
「何するってんだよ?」
タツロフ、懐から拳銃を取り出すと男の顔に突きつける。
「あなたを殺します」
呆気に取られた男の手をキョウコが振り払う。
「すみません。お先に失礼します」
タツロフ、運転手に微笑みかける。
「運転手さん、この人を送ってあげてください。あ、これおもちゃの鉄砲なんです。通報したりしないでくださいね」
キョウコが降りると、タクシーが走り去る。
「あ、ありがとう」
「いえ、お安い御用です」
キョウコ、よろよろと歩道に座り込む。
「そんなところに座ったらお尻が冷えますよ」
「立てないの」
「どれだけ飲んだんですか?」
「分かんない。どんどん飲まされちゃって。うー、早く帰って寝たいよ」
「おぶってあげますよ。ほら」
タツロフ、キョウコを背中に乗せるとバッグを持って歩き出す。
「気持ちが悪いんでしょう? 電車に乗っても平気ですか?」
「分かんない」
「このまま家まで歩きます」
「遠いよ」
「直線だと三キロほどです。たいした距離じゃありません」
「私、小さい割には重いでしょ?」
「僕は普通の人間よりは頑丈にできてるんです。平気ですよ。眠たかったら寝てください」
「うん、ありがとう」
キョウコ、タツロフの肩に頭を乗せる。
「タツローさん」
「なんですか?」
「さっきのピストル、本物?」
「ええ、本物です。この時代のモノですけどね」
「人、殺したことあるの?」
「いいえ」
「じゃ、私が初めて?」
「そうです」
「痛くないように殺してね」
「……かなり酔ってますね。それでよく僕に助けを求めようなんて思いつきましたね」
「タツローさんなら助けてくれると思ったの」
「そうですか」
「お得意さん、怒らせちゃったかな」
「いいじゃないですか。キョウコさん、来週は存在していないんですから」
「そうだったね。……タツローさんの背中、あったかくて気持ちいい」
「ヒトの細胞を使ってるなんて気持ち悪いって言ったじゃないですか」
「気にしてた?」
「気にしてました」
「ごめんね」
「いいんです。……キョウコさん、今まで男性と付き合ったことはないんですか?」
「どうして?」
「モテそうなのに男性経験がないっていうから。結婚までは慎んでるんですか?」
「そういうわけじゃないよ。声はよくかけられるんだけど、そこまで好きになれる人がいなかったの。たいてい付き合い出したその日からホテルに連れてこうとするし」
「そうなんですか」
「あーあ、死ぬ前に映画みたいな恋がしたかったなあ。突然、素敵な人が現れて人生ががらっと変わるの」
「あと二日ありますから諦めるのは早いですよ」
「……タツローさん」
「はい」
「タツローさんが殺し屋じゃなかったらよかったのに」
「え?」
タツロフ、首を曲げてキョウコの顔を覗き込む。
「キョウコさん? ……寝ちゃったんですか?」
タツロフ、微笑む。
「残りは49時間ですよ。いい夢を見てくださいね」




