【サイドストーリー1】 アニカの災難 その6
ガムラン、困惑した表情のアニカに話しかける。
「こいつは『会社』で作られたロボットなんだが、重大な欠陥があってな」
「やっぱりロボットなんだ。欠陥品だからって『会社』じゃエスコートをやらせるの?」
ベン、にやにや笑う。
「してないよ」
「はあ?」
「俺の職場はここだ。身体なんて誰が売るもんか」
「だ、だって……」
「あのなあ、高級男娼があんなところをうろついて客を拾うわけないだろ?」
「そんなの私が知ってるはずないでしょ? ……じゃ、あなたはホストじゃないんだ」
ガムラン、笑う。
「うちの不良ロボットが面倒かけたな」
「どうしてあんな嘘ついたのよ?」
「こいつの同僚が最近パートナーを見つけてな。よほどうらやましかったらしい。自分にも彼女が欲しいって言い出しやがった」
「ロボットなのに?」
「こいつはツァオ博士のチームが開発した最新型でな、これまで作られた中で人間に一番近いモデルなんだよ」
「ツァオ博士なら知ってるわ。ウサギの顔した天才科学者でしょ?」
ベン、むくれる。
「そうだよ。俺を不良品扱いしやがった」
「ヒゲを引っこ抜いたりするからだ」
「あんなにふわふわしてるのが悪いんだ。俺のせいじゃない」
「とにかくな、こいつらは人間以上に感情豊かなんだ。お陰で色々やらかしてくれるよ」
「じゃ、やっぱり感情があるんだ」
ベン、馬鹿にしたようにアニカを見る。
「あるに決まってるだろ? 毎日見てて分かんなかったのか?」
「ある日、気に入った女を見つけたって言ってな」
「私の事?」
「そうだ。その時点でずいぶんと惚れ込んでたようだったな」
「え? どうして?」
ベン、答える。
「ブスでチビで目立ってたんだよ」
「はあ? どうしてそれで惚れるわけ?」
ガムラン、笑う。
「小柄でかわいい顔してて飾らないところがいいって言ってたな。読んでる紙の本も自分の趣味にあったそうだ」
ベン、ガムランを横目で睨む。
「バラさなくてもいいだろ?」
「絶対に惚れさせてみせるって言ってな。それも自分が人間じゃないと知った上で惚れさせるって言うんだ。一ヶ月以内に相思相愛になれるか俺と賭けをしてた」
「じゃ、何もかもが演技だったのね? ずっと私を騙してたんだ」
ベン、うなずく。
「ああ、騙してたよ」
「だからって男娼ロボットのフリするなんてあんまりだよ」
「『本社』勤務の最新型ロボットに惚れさせてもありがたみも何もないだろ? それにしてもあまりにも簡単に騙されるんで驚いたよ」
「嘘ついといてその態度? あなた、ロボットでしょ? どっかおかしいんじゃないの?」
ガムラン、苦笑する。
「だから欠陥があるって言っただろ? 誰に対してもこういう尊大な態度しかとれなくてな。手が焼けるよ」
アニカ、次はガムランを睨みつける。
「ガムだって私を騙したじゃない。信じて相談したんだよ」
ガムラン、いたずらっぽく笑ってみせる。
「賭けに負けたくなかったんだよ」
「何の話だ?」
「ガムがあなたを信用するなって言ったの」
「だから急に態度が変わったのか」
ベン、ガムランを睨む。
「おい、卑怯だぞ」
ガムラン、笑う。
「俺は手助けしてやったんだぞ。お陰でうだうだしてた関係が一気に進展したわけだ」
「見てたのか?」
「久しぶりにいいドラマを楽しませてもらったな」
「何言ってんだ。ぶち壊しになるところだったんだぞ」
「本気で好き合ってりゃ、あんな些細な事で壊れやしないよ」
アニカ、怒った顔で立ち上がる。
「帰る」
「おい。俺を一生かかっても買い取りたいほど愛してるんだろ?」
アニカ、振り向くと冷たい目でベンを見る。
「欠陥ロボットに金なんて出せるか」
「ええ?」
アニカ、ガムランを見上げる。
「でも、ここで持て余してるんだったら無料で引き取ってあげてもいいよ」
「そうだな。じゃ、そうしてもらうか」
「おい、ガム」
「お前は首だ。明日から出なくていい」
ベン、アニカを睨む。
「お前のせいで首にされたじゃないか」
「しばらくの間なら養ってあげてもいいわ」
「なんだ、亭主に向かってその態度は」
「はあ? なんで突然亭主気取りになってるわけ?」
ガムラン、笑う。
「仕方ない。俺が賭けに負けたからな」
「ガム?」
ベン、にやりとする。
「俺が勝ったらすぐに結婚登録して貰うって約束なんだ」
「だって、あなたは機械でしょ?」
「人間ってことにしとけばいいだろ? さもなきゃお前も男娼ロボットを囲ってる寂しい女扱いされちまうからな。文句あるのか?」
「あるわよ」
「結婚したいって言ってたじゃないか。何が悪いんだ?」
「プロポーズぐらいしなさいよ」
ベン、目をそらす。
「……そのうちにな」
「なんで急に照れるの?」
ガムラン、笑う。
「もう登録しちまったから急げよ」
「はあ? 審査は?」
「俺が通しといた。ご結婚おめでとう」
アニカ、ガムランを睨みつける。
「勝手な真似しないで」
アニカ、今度はベンに指を突きつける。
「私と結婚したけりゃその偉そうな態度を改めなさい。あなたは死ぬまで私の所有物なんだからね。オーナーのいう事には素直に従ってもらうよ」
「お前こそ態度がでかくなってないか?」
「料理も覚えてよ。私は料理のできる男と結婚するつもりだったんだからね」
「面倒なんだよ」
「ロボットのくせに面倒くさがってどうするの?」
ベン、ガムランを振り返る。
「なあ、俺、女の選択を間違えたかな?」
「どれを選んでも何年か経てばみな同じだ。この俺が言うんだから間違いないよ」
「髪の色も変えろって言うんだろ? 何色がいいんだ?」
アニカ、気まずそうに目をそらす。
「それはいいや」
「銀色なんて馬鹿っぽいって言ってたじゃないか」
「見た目だけでも貴公子様じゃなきゃやってけないわ」
「……本当は気に入ってるんだな? そうだな?」
ガムラン、ベンを見る。
「ところでな、やっぱり失業中だと肩身が狭いだろ?」
「斡旋してくれるのか? どんな仕事だよ?」
「女を喜ばせる仕事なんだけどな……」
「やめてくれ。それは演技だけでたくさんだ」
ガムラン、笑う。
「俳優、やる気はないか? ちょうど知り合いが相棒役を探しててな。お前の演技力なら十分いけると思うんだ」
-おわり-




