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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
サイドストーリー
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【サイドストーリー1】 アニカの災難 その4

 同日の五時過ぎ アニカがドアを開けて入って来ると、ソファにもたれたままベンが声をかける。


「おかえり」

「……ただいま」


 アニカ、むすっとした顔でベンを見る。


「ほーら、帰ってきた、って言わないの?」

「どうして? 俺が待ってるんだ。帰ってくるに決まってる。七分半の遅刻は大目に見てやるよ」


 アニカ、部屋の中を見回す。


「ご馳走作って待っててくれたんじゃないんだ」

「料理なんてするわけないじゃないか。でもそこの店で寿司は買ってきた」 


 ベン、ポケットから小さな箱を取り出して、アニカに向かって差し出す。


「ほら、これやるよ」

「なんで?」

「なんでって……誕生日にはプレゼントを渡すもんじゃないのか?」


 アニカ、箱の蓋を開けて細かい細工が施された銀のブローチを取り出す。


「うわ……」

「綺麗だろ?」

「こんなの、貰ってもいいの? ずいぶん古いものに見えるけど……」

「19世紀に作られたんだってさ」

「高そうだよ」

「客にチップを貰うから小遣いには困らないよ」

「チップ? あなたのオーナーに渡さなくても叱られない?」

「バレるもんか」

「お客さんにプレゼントあげるの?」

「お得意さんにはな」

「私、お得意さん?」

「どうしてお前がお得意さんなんだ。まともに料金も払えないじゃないか」

「でも、こんなに高そうなのくれたでしょ?」

「お得意さんへのプレゼントは経費で落とすんだ。それは俺の金で買ったんだよ」

「どうして?」

「お前だからだ」

「どういう意味?」


 ベン、首を傾げる。


「さあなあ? なぜかお前は俺をそういう気持ちにさせるんだよな」

「私はほかの女とは違うってこと?」

「だったらどうする?」

「……分かんない。でも……」


 アニカ、ベンを見上げて笑う。


「すごく嬉しいかもしれない」


        *****************************************


 同日の晩 ベッドの中でアニカがベンに話しかける。


「ねえ、仕事が嫌だと思ったことない?」

「ないよ」

「それならいいんだけど……」

「もしかして俺を哀れんでる? お前だって俺を買っただろ? 同じじゃないか」


 アニカ、赤くなる。


「そんなんじゃないよ」

「人間って何をやっても罪の意識を感じるんだな。この仕事はお前が思ってるほど酷いもんじゃない」


 ベン、アニカを見て笑う。


「身請けの打診が入ってるんだ。このまま順調に行けば今月末には俺は売り渡される。そうなればお前も厄介払いが出来るな」


 アニカ、ベンの顔を見る。


「どうした」

「ベンはどうなるの?」

「どうって?」

「毎日あの人の好きな地味な服を着て、愛してもいないのに愛してるって言い続けるんでしょ?」

「そうだよ。飽きられて売り戻されない限りはな」

「あなたはそれでいいの?」


 ベン、身を起こすとアニカの額にキスする。


「俺はモノだって言っただろ? 他人の持ち物の心配までしてちゃキリがないぞ。おやすみ」


        *****************************************


 翌日の午後 アニカが部屋の中を落ちつかなげに歩き回っている。しばらくしてソファに腰を下ろすとガムランに『通信』で話しかける。


「ガム」

『アニカか。今、ちょっと腹が痛くてな。後にしろ』

「ふざけないで。たまには機械らしく振舞ったらどうなのよ?」

『……ずいぶん荒れてるな。どうかしたのか?』

「困ったことになってるんだ」

『お前が困るなんて珍しいじゃないか。話してみろ』

「エスコートの仕事してるロボットがうちに居ついちゃってね……」

『どうしてそんな事になったんだ?』

「料金を払えないって言ったら、うちに住むって言うの」


 ガムラン、呆れた声を出す。


『アニカ、お前、男娼ロボットなんて買ったのか?』

「一度だけよ。それで……」

『どうした』

「彼を身請けできないかな」

『身請けだって? そいつに惚れたのか?』


 アニカ、黙ったまま下を向く。


『一夜の料金も払えなかったんだろ? 常識的に考えてもお前に買い取れるわけがないと思わないか?』

「そうよねえ」

『なあ、アニカ。あいつらは女を騙すようにプログラムされてるんだ。本能みたいなもんだよ)

「でも、私のことは違うって言ったよ」

『それをだな、そいつが一晩に何人の女に向かって言ってるか分かってるのか? すべては演技なんだよ。客を喜ばせるためならどんな嘘だってつく。ロボットは機械だ。人に対して愛情なんて抱きやしない』

「……でも」

『アニカ、よく聞け。最近のセックスロボットは巧妙にプログラムされていてな、依存症になる人間が多いんだ。業者に勧告を出してはいるんだが、人間側が自分が被害者だと自覚しないかぎりは手の下しようがなくてな……』


 アニカ、青い顔でソファにもたれ込む。


『おい、アニカ、大丈夫か? 返事しろ』

「……ありがとう、ガム。私、どうかしてたみたいだね」


        *****************************************


 同日の晩 ベンが寝室のドアを開けて入ってくる。


 ベッドにうつぶせに寝ていたアニカが顔をあげる。


「まだ七時よ。仕事はどうしたの?」

「もうあがりだ。今夜は気が乗らない」

「はあ? ロボットのくせに? こんな怠け癖のある不良機械を売りつけられたなんて、オーナーが気の毒ね」


 ベン、ベッドに腰を下ろすと不思議そうにアニカの顔を覗き込む。


「ずいぶんとご機嫌斜めだな。こんなに早く寝てどうした? 具合でも悪いのか?」


 アニカ、起き上がる。


「今日は私、あっちで寝る」

「あっちってどこだよ?」

「居間のソファ」

「どうしてだ?」

「あっちで寝たいから。あなたは私の部屋がいいんでしょ?」

「お前があっちで寝るんだったら俺もあっちで寝る」

「鈍いロボットね。あなたと一緒には寝たくないって言ってるの」

「なんでだよ?」

「ここに住んでいいとは言ったけど、私があなたの相手をする必要なんてないじゃない。私、何考えてたんだろ?」

「お前だって楽しんでたじゃないか」


 アニカ、厳しい表情でベンを見据える。


「私ね、そろそろ結婚だってしたいし子供だって欲しい。真面目にパートナーを探さなくっちゃならないの。あなたがいると調子が狂っちゃうのよ」


 ベン、不機嫌そうに立ち上がる。


「……分かったよ。俺がソファで寝るからお前はここにいろ」


 ベン、部屋から出るとドアを閉める。


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