サイボーグ少年
キッチン、ヨウコとサエキが遊びに来ているトニーと話をしている。
「あれだけモテればヨウコも落ち着いてられないわねえ」
「あの人、誰にでも優しくし過ぎるのよね。誘われれば拒めない性格なんだってわかってきたわ」
「あたしにも優しいわよ。頼み込んだらチュウぐらいはしてくれそうよね」
「そんな事したら縁切るよ」
「ほんの冗談でしょ? 今日も会えると思ったのにな」
「料理教室が終わったら、すぐに戻ってくるわよ」
「あら、いいわね。料理の得意な男って素敵ですもんね」
サエキが笑う。
「俺が行かせたんだよ。あまりにヨウコちゃんにべったりだからさ。いろいろやらせりゃ、そのうち趣味でも見つけるだろ」
「料理のレパートリーが増えるのはいいんだけど、クラスメイトが女ばっかりなのが気になるわね」
「こないだの件で懲りてるから大丈夫だよ。あいつは本物の人間みたいなスケベ心はないからさ」
「ボランティア精神で誰にでもチュウされちゃかなわないわ」
「だいぶこの時代の常識が分かってきたみたいだし、心配ないって」
ヨウコ、テーブルの上のボウルに山盛りになっているクルミをつまみ上げる。
「トニーもクルミ食べる? うちの庭で採れたんだ」
「いいわね。いただくわ」
ヨウコ、クルミ割り器でクルミを挟んで力を込める。
「あれ? 割れないな」
。「ヨウコちゃん、それ、貸してみな」
ヨウコがクルミを手渡すと、サエキが左手の指先でつまんで軽々と砕く。
「うわっ! サエキさん、今のなに? 拳法の達人みたい」
「びっくりした? こっちの手、偽モノなんだ。昔事故に遭って肘から先を交換したの」
トニーが瞳を輝かせる。
「すごいわ。ちょっと見せてよ。どこからが偽モノなのか、全然わかんないじゃない。サエキってギーキーな眼鏡男のくせに、サイボーグ少年だったのね」
「サイボーグって言葉は24世紀じゃ死語だなあ。『人造部品を身体に組み込んでる人間』って意味だったら、ほとんどの人に当てはまっちゃうからさ。それに俺、少年じゃないし」
「いいじゃない。カッコいいんだから」
「元通りにもできたんだけど、せっかくだから握力を強くしてもらったの。めったに役に立たないんだけどね」
ヨウコがクルミのボウルをサエキの方に押しやる。
「そんな事ないって。バケツ三杯分あるからさ、助かったわ」
「ローハンとルークにやらせろよ。あいつらそういうの大好きだろ」
トニー、ヨウコの顔を見る。
「ところでさあ、前から思ってたんだけど、ローハンとルークってよく似てるわよね」
ヨウコ、首をかしげる。
「そういえば時々言われるわ。最近は学校でも元々の親子だと思ってる人が多いみたいだし」
「わざとそうしたんだよ。似てたほうが家族関係がすんなり行くだろうと思って」
「そこまで計算に入れてあったの?」
「ローハンを純日本人にしなかった理由の一つはそれだな」
「あの人、いろんな人種が混ざってるよね?」
「コーカソイドがベースで、アジア系、その他もろもろが四分の一ぐらいじゃないか? インターナショナルでいいだろ?」
「そうだね、確かにルークにとってはその方がいいよね。本当のおとうさんはどうしたの、って言われ続けるよりは……」
トニー、感心した顔をする。
「至れり尽くせりなのねえ。ヨウコ、嫌なことは思い出しちゃだめよ。今はローハンがいるんだから」
「わかってるけどさ。……ねえ、あの男、来週、出所するんだって」
「マークが? うそでしょ? ちょっと早くない?」
「模範囚なんだって。主犯じゃないし元々刑も軽かったのよ。この間、担当官から連絡があったの」
サエキ、真面目な顔でヨウコを見る。
「それじゃ、もう一回ぶち込んでもらおうか?」
「そんなことできるの?」
「うん。フギンに頼んどけばうまいことやってくれるよ」
「……いいや。会わないようにすればいいんだし」
「そうなのか?」
「出所したら親戚のいる北島へ行くつもりらしいから、会うことなんてないと思うよ」
「ヨウコちゃんさえ気にしないんだったらいいんだけどさ」
「うん。私は大丈夫よ」
ローハンが入ってくる。
「ただいま。トニー、来てたの?」
「相変わらずカッコいいわねえ。料理教室どうだった?」
「終わってからクラスメイトにお茶に誘われたけど逃げてきたよ。ちょっと失礼だったかなあ」
「それでいいのよ。で、作ったもの、持って帰ってきたんでしょうね? お腹すかせて待ってたのよ」
「うん。今日のレシピは『淡水サーモンとパイナップルとオーガニック豆腐のトマトとコリアンダーソース煮込み』なんだ」
「はあ?」
「お前、やっぱりそのクラスは変更したほうがいいんじゃないか? 先週の料理も怪しかったぞ」
「食べもしないでそんな事いうの? 先生の創作料理なんだよ。ほら、たくさんあるよ。皆で食べようよ」
ローハン、テーブルに大きなプラスチック容器を置く。
「あたしはそろそろ失礼するわ。今日は人手が足りないから、カフェの方にも寄らなくっちゃいけないのよね」
トニー、立ち上がる。
「じゃね、皆さん」
トニー、ウインクすると出て行く。
「そつなく逃げたわね。見事だわ」
「ええ? どういう意味だよ。いいからちょっと食べてみろよ」
ローハン、容器をあけてヨウコに箸を出しだす。
「ちょっとだけよ」
ヨウコ、サーモンをおそるおそる口に入れる。
「ヨウコちゃん、大丈夫か?」
「……結構いけるかも」
「ええ? 俺も食ってみる。ローハン、箸」
サエキ、ローハンから箸を受け取って一口食べる。
「ほんとだ。うまいじゃないか」
「なんだよ。人を馬鹿にして。最初からまずいって決め付けるなよ」
「いいから、ほら、お皿持ってきなさいよ」
「態度、悪いなあ」
「寂しいの我慢してあんたに料理教室、行かせてあげてるんだからさ。そのくらいはやってよね」
「ええ? そうだったの? やっぱりヨウコは俺がいないと寂しいんだ」
ローハン、ヨウコの顔をじっと見る。
「……今の嘘だね」
「バレたか」
「サエキさん、なんか言ってやってよ」
「いつもの事だろ? いいから皿持って来いって。早く食おうよ」




