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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
第一幕
23/256

サイボーグ少年

 キッチン、ヨウコとサエキが遊びに来ているトニーと話をしている。


「あれだけモテればヨウコも落ち着いてられないわねえ」

「あの人、誰にでも優しくし過ぎるのよね。誘われれば拒めない性格なんだってわかってきたわ」

「あたしにも優しいわよ。頼み込んだらチュウぐらいはしてくれそうよね」

「そんな事したら縁切るよ」

「ほんの冗談でしょ? 今日も会えると思ったのにな」

「料理教室が終わったら、すぐに戻ってくるわよ」

「あら、いいわね。料理の得意な男って素敵ですもんね」


 サエキが笑う。


「俺が行かせたんだよ。あまりにヨウコちゃんにべったりだからさ。いろいろやらせりゃ、そのうち趣味でも見つけるだろ」

「料理のレパートリーが増えるのはいいんだけど、クラスメイトが女ばっかりなのが気になるわね」

「こないだの件で懲りてるから大丈夫だよ。あいつは本物の人間みたいなスケベ心はないからさ」

「ボランティア精神で誰にでもチュウされちゃかなわないわ」

「だいぶこの時代の常識が分かってきたみたいだし、心配ないって」


 ヨウコ、テーブルの上のボウルに山盛りになっているクルミをつまみ上げる。


「トニーもクルミ食べる? うちの庭で採れたんだ」

「いいわね。いただくわ」


 ヨウコ、クルミ割り器でクルミを挟んで力を込める。


「あれ? 割れないな」


。「ヨウコちゃん、それ、貸してみな」


 ヨウコがクルミを手渡すと、サエキが左手の指先でつまんで軽々と砕く。


「うわっ! サエキさん、今のなに? 拳法の達人みたい」

「びっくりした? こっちの手、偽モノなんだ。昔事故に遭って肘から先を交換したの」


 トニーが瞳を輝かせる。


「すごいわ。ちょっと見せてよ。どこからが偽モノなのか、全然わかんないじゃない。サエキってギーキーな眼鏡男のくせに、サイボーグ少年だったのね」

「サイボーグって言葉は24世紀じゃ死語だなあ。『人造部品を身体に組み込んでる人間』って意味だったら、ほとんどの人に当てはまっちゃうからさ。それに俺、少年じゃないし」

「いいじゃない。カッコいいんだから」

「元通りにもできたんだけど、せっかくだから握力を強くしてもらったの。めったに役に立たないんだけどね」


 ヨウコがクルミのボウルをサエキの方に押しやる。


「そんな事ないって。バケツ三杯分あるからさ、助かったわ」

「ローハンとルークにやらせろよ。あいつらそういうの大好きだろ」


 トニー、ヨウコの顔を見る。


「ところでさあ、前から思ってたんだけど、ローハンとルークってよく似てるわよね」


 ヨウコ、首をかしげる。


「そういえば時々言われるわ。最近は学校でも元々の親子だと思ってる人が多いみたいだし」

「わざとそうしたんだよ。似てたほうが家族関係がすんなり行くだろうと思って」

「そこまで計算に入れてあったの?」

「ローハンを純日本人にしなかった理由の一つはそれだな」

「あの人、いろんな人種が混ざってるよね?」

「コーカソイドがベースで、アジア系、その他もろもろが四分の一ぐらいじゃないか? インターナショナルでいいだろ?」

「そうだね、確かにルークにとってはその方がいいよね。本当のおとうさんはどうしたの、って言われ続けるよりは……」


 トニー、感心した顔をする。


「至れり尽くせりなのねえ。ヨウコ、嫌なことは思い出しちゃだめよ。今はローハンがいるんだから」

「わかってるけどさ。……ねえ、あの男、来週、出所するんだって」

「マークが? うそでしょ? ちょっと早くない?」

「模範囚なんだって。主犯じゃないし元々刑も軽かったのよ。この間、担当官から連絡があったの」


 サエキ、真面目な顔でヨウコを見る。


「それじゃ、もう一回ぶち込んでもらおうか?」

「そんなことできるの?」

「うん。フギンに頼んどけばうまいことやってくれるよ」

「……いいや。会わないようにすればいいんだし」

「そうなのか?」

「出所したら親戚のいる北島へ行くつもりらしいから、会うことなんてないと思うよ」

「ヨウコちゃんさえ気にしないんだったらいいんだけどさ」

「うん。私は大丈夫よ」


 ローハンが入ってくる。


「ただいま。トニー、来てたの?」

「相変わらずカッコいいわねえ。料理教室どうだった?」

「終わってからクラスメイトにお茶に誘われたけど逃げてきたよ。ちょっと失礼だったかなあ」

「それでいいのよ。で、作ったもの、持って帰ってきたんでしょうね? お腹すかせて待ってたのよ」

「うん。今日のレシピは『淡水サーモンとパイナップルとオーガニック豆腐のトマトとコリアンダーソース煮込み』なんだ」

「はあ?」

「お前、やっぱりそのクラスは変更したほうがいいんじゃないか? 先週の料理も怪しかったぞ」

「食べもしないでそんな事いうの? 先生の創作料理なんだよ。ほら、たくさんあるよ。皆で食べようよ」


 ローハン、テーブルに大きなプラスチック容器を置く。


「あたしはそろそろ失礼するわ。今日は人手が足りないから、カフェの方にも寄らなくっちゃいけないのよね」


 トニー、立ち上がる。


「じゃね、皆さん」


 トニー、ウインクすると出て行く。


「そつなく逃げたわね。見事だわ」

「ええ? どういう意味だよ。いいからちょっと食べてみろよ」


 ローハン、容器をあけてヨウコに箸を出しだす。


「ちょっとだけよ」


 ヨウコ、サーモンをおそるおそる口に入れる。


「ヨウコちゃん、大丈夫か?」

「……結構いけるかも」

「ええ? 俺も食ってみる。ローハン、箸」


 サエキ、ローハンから箸を受け取って一口食べる。


「ほんとだ。うまいじゃないか」

「なんだよ。人を馬鹿にして。最初からまずいって決め付けるなよ」

「いいから、ほら、お皿持ってきなさいよ」

「態度、悪いなあ」

「寂しいの我慢してあんたに料理教室、行かせてあげてるんだからさ。そのくらいはやってよね」

「ええ? そうだったの? やっぱりヨウコは俺がいないと寂しいんだ」


 ローハン、ヨウコの顔をじっと見る。


「……今の嘘だね」

「バレたか」

「サエキさん、なんか言ってやってよ」

「いつもの事だろ? いいから皿持って来いって。早く食おうよ」


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