【番外編3】ランチタイムは薔薇の咲く庭で THE LAST DAY
翌日の昼休み ガムランがヒルダの部屋のドアを開けて顔を出す。
「おい、落ち込むのは分かるが飯ぐらい食ってこい」
「最近いつも社内にいるわね。暇なの?」
「『端末一号』はな」
「それ、一号だったの?」
「『端末A』のほうが響きがいいか?」
「どっちでもいいけどさ」
「本体のプロセッサの稼働率は37%だぞ」
「やっぱり暇なんじゃないの」
ガムラン、ぼんやりとひげに手を触れる。
「そうだな」
ヒルダ、立ち上がる。
「『端末一号』はご飯食べてないんでしょ? 一緒に出る?」
「いや、今から昼飯デートなんだ」
「ヨウコの馬鹿」
「おいおい、聞こえたら怖いぞ」
ガムラン、励ますようにヒルダの肩を叩く。
「お前はな、性格は悪いしサボり癖はあるが俺が認めたいい女だ。もっと自信を持てよ」
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ヒルダが裏庭をぼんやり歩いていると、いつものベンチにフィルが座っているのに気づく。
「フィル?」
「こんにちは、ヒルダ」
「どうしてここにいるの?」
ヒルダ、フィルの隣に腰を下ろす。
「人を待ってるんです」
「……だってカンヌに戻るって」
「もう一日だけ待つことにしたんですよ」
「誰を待ってるの?」
「僕の恋人です」
「恋人って誰なの?」
「さあ、まだ分かりません」
フィル、首をかしげてヒルダを見る。
「もしかしたらあなたではないですか?」
「私?」
フィル、ヒルダの目をまっすぐに見つめる。
「違いますか?」
「私で……いいの?」
フィル、うなずく。
「毎日ここであなたが来るのを待ってました」
「でも、そんな事、言わなかったじゃないの」
「あなたが本当に僕の待ち人なのか分からなかったからです」
「昨日はどうしてさっさと帰っちゃったの?」
「どうしていいか分からなくて。あなたが私のことをどう思っているのかも分かりませんでしたし」
「……本当にわからなかった?」
「ええ、人の感情を読むのは苦手なんですよ」
フィル、また微笑む。
「だから、あなたが毎日戻ってきてくれて本当に嬉しかった。今日また会えたらあなたの気持ちを確かめようと思ったんです」
「カンヌに戻らなくちゃいけなかったんでしょう?」
「戻って欲しいんですか?」
慌てて首を振るヒルダにフィルがキスする。
「……ほんとに私とキスしたのが初めて?」
「知らないんですか? コンピュータって物覚えがいいんですよ」
「どうして私を待ってたの?」
「ガムランにね、あなたと付き合ってみないかと言われたんです」
ヒルダ、『会社』の建物を見上げる。
「……あいつの仕業か」
「失恋したあなたを毎回慰めるのに嫌気が差したんだそうですよ」
「はあ?」
「彼からあなたのことを聞いて興味を持ちました。さもなければガムランの言いなりになんてなりません」
「でも……あなたに人が好きになれるの?」
「なれるみたいですよ」
フィル、笑顔でヒルダを抱き寄せる。
「だってあなたが好きだから」
「カンヌはどうするの? 仕事があるんでしょ?」
「端末は『本社』に異動にしてもらいます。どうせこの身体は盆栽にしか使わないんです。どこにいたって誰も気にしません」
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昼休みの後 ガムラン、ベンチに座っているフィルに後ろから話しかける。
「どうだ、ヒルダは?」
「気に入りました。何本か取り払いたくなる枝はありますが」
「そう簡単にはいかんぞ」
フィル、微笑を浮かべる。
「野性のバラの美しさも捨てがたいものですからね。構いませんよ」
フィル、振り返ってガムランの顔を見上げる。
「あなたはいいんですか?」
「何がだ?」
「僕がヒルダを貰ってしまっていいのかと聞いてるんです」
「もちろんだ。貰い手が見つかってほっとしたよ」
「ずいぶん彼女のことを気にかけているようでしたから、裏があるのではないかと疑っていたんですが……」
ガムラン、笑う。
「ああ、それは気にするな。まあ、一種の親孝行みたいなもんだよ」
-おわり-




