【番外編2】遠い未来の小さなお話 2. Happy Pre-birthday, Mr Robot.
24世紀 『会社』の一室 ウサギがリクライニングチェアに腰掛けたローハンに話しかける。
「おはよう。私が分かるかね?」
「はい。ツァオ博士ですね」
「ウサギと呼んでくれればいいんだよ。ここじゃみんなそう呼んでるからね」
「分かりました。ウサギさん」
「さて、君の名前はローハン、この部署で開発されたロボットです」
「はい。あの……」
「なにかね?」
ローハン、手を伸ばしてウサギの頬に触る。
「フワフワしてますね」
「そうだろう。今の季節はブラッシングはかかせないがね」
ローハン、次にウサギの耳に手を伸ばす。
「耳を引っ張るのはやめなさい。とても敏感なんだ」
ローハン、慌てて手をひっこめる。
「すみません」
「今日は君の試運転ってとこだな。これからいくつかテストを受けて貰う。問題がないようであれば記憶を消してから再起動することになるよ」
「……どうしてですか?」
「ある任務についてもらうためだ」
「任務?」
「ガムランが言うにはとても重要な任務だそうだ。出来ることなら自分が代わりを務めたいぐらいのね」
ウサギ、ローハンの視線に気づく。
「何を見ているんだね」
「ヒゲの付け根が気になるんです。触ってみてもいいですか?」
ウサギ、慌てて両手で顔をおさえる。
「ダメだよ。抜けてしまったら困るだろう」
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数時間後 同じ部屋の中 ローハンが一人で古い画集を眺めていると、ガムランから通信が入る。
『ローハン、ちょっと来て欲しいところがあるんだ』
「でもウサギさんが部屋から出ちゃいけないって言ってたよ」
『部屋から出る必要はない。ネットワークに繋いでみてくれ』
「無理だよ。それも禁止されてる。検査に影響があったら困るんだって」
『大丈夫。バレやしないよ』
「でも『命令』されちゃったから俺にはどうしようもないんだ」
次の瞬間、ローハン、なだらかな金色の丘がどこまでも続く広大な景色の中に立っている。
「こ、ここはどこ?」
すぐ隣に立っていたガムランが振り返って微笑む。
「いいところだろ?」
「……ここ、ネットの中だね」
「俺が引きずり込んだんだからウサギさんの『命令』に逆らった事にはならないよ」
ローハン、首を傾げる。
「そうなのかな?」
後ろから女性の声が聞こえる。
「そういう事にしときなさいよ」
ローハン、振り返って女性が立っているのに気付く。
「この人は?」
「ヨウコさん。お前にどうしても会いたいってうるさいんだ」
ローハン、首をかしげてヨウコを見る。
「……ヨウコ……さん?」
ヨウコ、微笑む。
「どこかで会ったことある?」
「あなたは今朝、起動されたばかりなんでしょ? そんなはずないじゃない」
「……そうだよね」
「俺は行くよ。ごゆっくり」
「うん、ありがとう」
ガムラン、笑うとその場から消える。
「あの人がガムラン?」
「そうよ」
「どうして君は俺に会いたかったの?」
「出来立てのローハンを見てみたかったから」
「出来立て?」
「うん。お誕生日おめでとう。本当のお誕生日よりも一ヶ月も早いけどね」
ヨウコ、ローハンに近づくとそっと顔に触れる。ローハン、驚いて後ろに下がる。
「そんなに怖がらなくてもいいじゃない。やっぱりかわいいなあ」
「俺が? かわいい?」
「うん。いまだにかわいいわよ」
「……君の言ってることよく分からないよ」
ヨウコ、ローハンに近寄るとぎゅっと抱きつく。
「うわ、な、何をしてるの?」
「あんまり初々しいから、つい.……」
「……君はどこかおかしいの?」
「あんたに言われたくないわね」
ローハン、自分もヨウコの身体に腕を回す。
「あんたこそ何してるの?」
「……こうしなきゃいけない気がしたんだ。間違ってた?」
「ううん、あってるよ。気持ちいい」
ヨウコ、伸び上がるとローハンにキスする。ローハン、赤くなる。
「どうして? どうしてそんな事するんだよ?」
「嫌なの?」
「嫌じゃないよ。でも、どうして君が俺に?」
「あんただからに決まってるでしょ?」
「俺だから?」
「嫌じゃないんならもう一度しようよ。今度はローハンがチュウして」
「分かった」
ローハン、ぎこちなくヨウコにキスする。
「これでいい?」
「チュウが下手なのは最初からなんだ」
「ご、ごめん」
「気にしないで。そのうちちょっとはましになるから」
「ねえ、君は誰なの?」
ヨウコ、笑う。
「ヨウコだって言ったでしょ。さ、そろそろあなたは帰らなきゃね」
「ええ? もう少しここにいたいよ」
「今はまだダメなのよ。でも必ずもう一度会えるから」
「本当に?」
「うん。約束するわ」
「でも、俺、記憶をリセットされちゃうんだ。そうしたら君の事、思い出せなくなっちゃうよ」
「大丈夫よ。私だってあなたのこと、まだ知らないんだから」
「まだ知らない? やっぱり君のいう事はわけが分かんないよ」
ヨウコ、笑う。
「どこで会えるの? またネットの中で?」
「ううん。ちゃんと現実の世界で会えるわよ」
「会ってどうなるの? ずっと一緒にいられるの?」
「一緒にいたいの? 今会ったばかりの女と?」
「うん、いたいよ。君と別れたくない」
「ずーっと一緒にいられるわ。だから安心して眠っていいのよ。次に目覚めたらあなたは私のところに送られるの」
「送られる? どういう意味?」
「さあね。楽しみにしてなさいね」
ヨウコ、ローハンの顔を見て微笑む。
「あなたを愛してる」
「愛してる?」
「うん、すっごく愛してる」
「……俺も君を愛してるのかな? 愛してるってどんな気分なの?」
ヨウコ、答えずに笑う。
「じゃあね。私に会ったってウサギさんには言っちゃダメよ。ややこしいことになるからね」
「戻る前にもう一度チュウしてもいい?」
「うん」
ローハン、ヨウコを抱き寄せてキスするとさらに腕に力をこめる。
「……離してよ」
「やだ」
「もう行かないとウサギさんが部屋に戻ってきちゃうわ」
「でも君から離れちゃいけない気がするんだ」
「焦らなくても大丈夫。私のところに送られるって言ったでしょ?」
「君はロボットの俺をどうするの? 何に使うつもりなの?」
「使うって言うのかな?」
ヨウコ、笑う。
「まあ、いいや。教えてあげるわ。あなたは私の夫になるの」
「夫? 俺が君の?」
「そして私を誰よりも幸せにしてくれる」
「見てきたみたいに言うんだね」
「だって見てきたんだもん。それで満足?」
「それが本当だったらすごく嬉しいよ。でも……」
ヨウコ、素早くローハンにキスする。
「質問はそこまで。聞いたってどうせ忘れちゃうのよ。じゃあね」
その途端、ローハン、自分がまた元の部屋の中で座っているのに気付く。 ローハン、慌ててガムランに話しかける。
「ガムラン?」
『なんだ?』
「さっきのヨウコさんって人だけど……誰なの?」
『俺の奥さんだ』
「え、ええ? で、でも俺がヨウコさんの夫になるんだって言ってたよ」
ガムラン、笑う。
『二人でも手に余る女だから心配ないよ。ほら、ウサギさんが戻って来た。そんなに動揺してちゃ検査に通らないぞ』
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その直後 再びネットの中の丘の上 ヨウコとローハンが草の上に座ってコーヒーを飲んでいる。
「出来立ての俺ってずいぶん間が抜けてたんだなあ」
「今のあんたと大して変わらないじゃない。三世紀半も経てば普通はもうちょっと成長するでしょ?」
「自分がテスト起動されてたなんてちっとも知らなかったよ」
「記憶を消されたんだから仕方ないわよ」
ヨウコ、懐かしそうな顔をする。
「あのローハンはこれから昔の私に会いに行くんだね。私と出会って恋をして家庭を築くんだ。あなたが来てからは毎日が楽しかったなあ」
ローハン、ヨウコをじっと見つめる。
「……あの頃に戻りたい?」
「ううん。過去はもう過去だもん。今だって昔と変わらず幸せだよ。心配しないで」
ローハン、ヨウコの肩を抱く。
「21世紀のことが片付いたら、俺たちもまた身体を作ってもらおうよ。ずっとネットの中にいるのも退屈だろ?」
「それもいいかもね。最近は平和すぎて『天使』も暇になっちゃった。でもとりあえずは来月あなたの346歳のお誕生日をどうやって祝うか考えなくっちゃね」
ローハン、ヨウコの顔を見る。
「つまり俺のファーストチュウはヨウコに奪われたってことなんだね?」
「誰にも渡してなるもんですか。バーチャルチュウだったけどチュウはチュウでしょ」
「さすがのヨウコも俺のファーストエッチは逃しちゃったけどね」
「どういう意味?」
「この後、あっちの俺は記憶を消されて再起動される。俺の公式の誕生日に、自分が人間だと信じ込んでね。それから二日後に赤毛の女の子に誘われるんだよ」
ヨウコ、笑う。
「それも私よ」
「ええ?」
「ショートカットの背の低い子でしょ? 『会社』の倉庫に眠ってたわよ。ちゃんと貸出し予約しといたから間違いなくあんたの童貞、奪ってきてあげるわ」
「だからどこを探しても見つからなかったんだ。どうしても会いたくて必死で探したのに誰に聞いても分かんなくてさ、ガムランでさえ知らないって言うから、おかしいと思ったらそういう事だったのか」
ヨウコ、ふくれる。
「あんた、私だけを好きになるようにプログラムされてたんでしょ? どうしてよその女を捜したりするのよ?」
「ヨウコだったからだよ」
「はあ?」
「あの子の中身がヨウコだったから」
「だって、21世紀に送られるまでは私のことなんて知らなかったんでしょ? あれが私だなんてわかるわけないじゃない」
ローハン、笑顔でヨウコにキスする。
「それでもね、ヨウコだったからなんだよ」
-おわり-




