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電気羊飼いと天使の卵  作者: モギイ
番外編
222/256

【番外編2】遠い未来の小さなお話 1. 岬にて

【ネタバレ警告】この物語は本編の後日談です。致命的なネタバレが出てきますので、本編読了後にお読みください。


 お話に出てくる「パウア」はニュージーランドのアワビ、「クレイフィッシュ」はイセエビの一種です。

 21世紀 ヨウコがローハンと出会う約半年前  小雨の中でヨウコが岬の先端の崖っぷちに立って眼下に広がる海を見つめている。


 背の高い男が背後から近づいてくると、ヨウコに声をかける。


「生きてるといい事あると思うよ」


 ヨウコ、びくっとして振り返る。 男、ヨウコの顔を覗き込むと、にっこりと笑う。


「特に君の場合はね」

「……景色を見てるだけよ。あなた、どっから来たの?」

「それならいいんだけど。この時代、地球上に男は32億人いるって知ってた?」

「何を言ってるの?」

「さあね」


 男、また笑うとヨウコに背を向けて遊歩道を下っていく。ヨウコ、怪訝な顔で男を見送る。


       *****************************************


 24世紀 岬の先端 ヨウコとガムランが並んで海を見ている。


「あの日は朝からじとじと雨が降ってたの。すごく惨めで何も考えられなくなってね、どんどん車を走らせてたらここに来ちゃった。この先にはもう行けないな、って思って海を見てたんだ。あんな天気の悪い日に、ほかにも人がいるなんて思わなかったから、びっくりしたなあ」


 ガムラン、笑う。


「本当はね、ヨウコさんが自殺するのを止めに行ったわけじゃないんだ。ヨウコさんがあのくらいで死んでたとは思えないからな」


 ヨウコ、驚いた顔でガムランを見る。


「じゃ、どうして会いになんて来たのよ?」

「励ましてやろうと思ったんだよ。あれからローハンが送り込まれるまで、まだ半年もあっただろ?」

「あれで励ましたつもりだったの?」

「そうだよ。だってヨウコさん、あの出会いの後、人生に少し希望が持てたって言ってたじゃないか」


 ヨウコ、笑顔でガムランを見上げる。


「そうだったね。ありがとう、キー……」

「おっと、今日の俺はガムランだろ? 自分で作ったルールを忘れて貰っちゃ困るよ」

「そうだった。ありがとう、ガム」


 ガムラン、笑う。


「どういたしまして。本当は後ろから抱きしめてやりたかったんだがな」

「やめておいて正解だったわよ。髭面の強姦魔だと思って、確実に崖から突き落としてたもん」

「俺もそう思ったんだよ」


 ガムラン、海を見渡す。

 

「ここの景色は、あの頃からちっとも変わってないな」

「うん。すごくきれい。この海は南アメリカまでずっと続いてるんだね」


 ヨウコ、立ち上がって崖っぷちに背を向けて立つと、ガムランを見上げていたずらっぽく笑う。


 「ガム」


 ヨウコ、後ろに一歩踏み出すと崖から落下する。 ガムラン、素早く飛び出して、ヨウコの腕をつかむと宙に浮く。


「何をやってるんだよ?」

「だって、あなたが捕まえてくれるでしょ?」

「間に合わなかったら?」

「海水浴するだけの話よ」


 ガムラン、黙ってヨウコの手を放す。


「うわ」


 ヨウコ、海中に一旦沈むが、すぐに水面から顔を出して怒鳴る。


「何すんのよ!」


 ガムラン、にやにや笑って空中からヨウコを見下ろす。


「海水浴したいんだろ? 思う存分楽しんでくれよ」

「冷たいよ。早く助けて」


 ガムラン、降下してヨウコに手を差し伸べる。ヨウコ、手を伸ばしてガムランを水中に引きずり込む。


「うわ、やめろって!」

「一緒に泳ごうよ。二人で海なんてひさしぶりじゃない」

「俺は南の島のビーチの方が好きなんだがなあ」

「ここだって南の島でしょ?」

「南過ぎるだろ? 南極、すぐそこだよ」


 ヨウコ、岩場に向かって泳ぎ出す。


「あれ、そこの岩にパウアがくっついてるよ。持って帰って今晩は刺身にしよう」

「ここは自然保護区だ。禁猟なんだけどな」

「あなたが決めたんでしょ? なんとかしなさいよ」


 ガムラン、笑う。


「じゃ、今だけ解禁」


 二人、波にもまれながら岩場によじ登る。


「ねえ、ウニもいるよ。袋を持って飛び降りればよかった」


 ガムラン、笑う。


「何よ?」

「ヨウコさんらしいな、って思ってな」

「ほら、シャツ脱ぎなさいよ」

「ええ?」

「ウニ、入れるんだから」

「そんなとげだらけのモノを入れたら穴が開くだろ? 自分の、脱げば?」

「女の服を脱がす気?」


 ガムラン、しぶしぶとシャツを脱ぐ。


「何、見てるんだよ?」

「だってそんな身体してるんだもん」

「こっちに来いよ」


 ガムラン、ヨウコを引き寄せてキスする。


「ひゃ、ヒゲが痛いってば」

「そんな事言うんだ。たまには気分を変えてこっちの端末とデートしたいって言ったのはヨウコさんだろ?」

「それはそうだけど……」

「『ガムラン』の端末は公共の財産なんだから、本来はこんなことに使っちゃまずいんだけどなあ」

「嘘ばっかり。適当な理由つけて遊び歩いてるくせに」


 ヨウコ、自分の腕をつかんでいるガムランの手に目をやって、ハッとした顔をする。


「ヨウコさん? どうかした?」


 ヨウコ、眉を寄せてガムランの顔を見上げる。


「……どこかで見た気がするのよね」

「この端末の顔? 150年前から見てるんだから当然だろ?」

「違うわよ。もっと遠い昔の話」

「ここで出会ったときじゃなくて?」

「ううん、それよりも前だと思うんだ」


 ヨウコ、もう一度ガムランの手を眺める。


「そうだ、思い出した。私が小学生の頃にね、遠くまで遊びに行って帰り道が分からなくなった事があったの。だんだん暗くなってきて途方にくれてたら、とても背の高いおじさんが現れてね、家まで連れて帰ってもらっちゃった。そのおじさん、あなたに似てた気がする。こんな大きな手をしてたんだ」


 ガムラン、楽しそうに笑う。


「まさか今になって思い出して貰えるとは思わなかったな」

「……あれ、あなただったの?」

「ヨウコさん、最初は警戒して口も利いてくれなかっただろ? でも、おとうさんの知り合いだって言ったら安心したみたいで、それからは俺の手を握って離さなかった」

「お父さんのこと、なんでも知ってるんだもん。本当に知り合いなんだと思ったわ。どうしてわざわざ助けに来てくれたの?」

「泣きたいのを我慢して痛む足で歩き続けてただろ? 家からはどんどん離れていくし、あんまりかわいそうで見てられなかったんだよ」

「でも、家か警察にでも連絡すれば済んだことでしょ? それにどうやって私が迷子になったのに気づいたの? この話はあなたにはしてないはずよ」

「見てたから」

「見てた?」

「24世紀から『穴』を通して見てたんだよ。ヨウコさんが生まれたときからずっとね」

「ええ? 嘘でしょ?」

「でも、助けてあげたのはあの時一度きりだけだよ。ヨウコさんがローハンに出会うまでの不幸な人生を変えてしまうわけにはいかなかったからな。でもまあ、迷子の救出ぐらいなら許されるだろうと思ったんだ」


 ガムラン、笑う。


「それに……」

「それに?」

「子供の頃のヨウコさんに会ってみたかったんだよ」

「かわいげのない子だったでしょ?」

「そんなことないさ。家の前まで来て気が緩んだろうな。顔を隠して涙をぽろぽろ流してるんだ。あんまりかわいいんで思わず抱きしめちゃったよ」

「……それ、覚えてる。おじさん、『また会おうね』って言っていなくなっちゃったの。おとうさんに聞いても心当たりがないって言うし、結局誰だかわからず仕舞いだったのよね」


 ガムラン、にやにやする。


「昔は素直でかわいかったのになあ」


 ヨウコ、ガムランを睨む。


「何よ、路上で小学生を抱きしめるなんて変態じゃないの」

「いいだろ? 将来の奥さんなんだから」

「もしかして今もまだ21世紀の私をストーキングしてるんじゃないでしょうね?」

「いいや。それは21世紀の俺がやってたからな、今は抜けてる記録を補うために時々覗くぐらいだな」

「うわ、いい加減にしてよ」

「『二つ目の願い(セカンドウイッシュ)のヨウコ』について調べるのが、俺のささやかな趣味だって言ったはずだよ」

「その趣味、なんとかならないの?」


 ガムラン、ヨウコを抱き寄せる。


「ヨウコさん。俺が『また会おうね』って言った後、ヨウコさんがなんて言ったか覚えてる?」

「ううん?」

「俺の手を握って『約束だよ』って言ったんだ」

「全然覚えてないや」

「それから27年後、初めて俺はヨウコさんに出会った。未来の自分がそんな約束をしてたなんて知らずにね」


 ガムラン、ヨウコにキスすると微笑む。


「それ以来俺はヨウコさんに恋し続けてる。いつだってヨウコさんのことが気になって気になって仕方ない。だから、見るなって言われてもそれは無理な相談なんだよ」


 ヨウコ、真っ赤になって慌ててガムランの腕から抜け出す。


「さ、パウア、パウア」


 ガムラン、岩場を降りていくヨウコを呆れた顔で見つめる。


「あーあ、せっかく世界の果てで二人っきりだってのに」

「ガムも手伝ってよ。ほら、早く潜ってクレイフィッシュを獲って来て」


 ガムラン、座り込んだままため息をつく。


「無茶なこと言ってくれるなよ。俺はローハンじゃないんだよ」




 -おわり-


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