ヨウコ、サエキと映画を観に行く
居間でサエキがテレビを見ているところに、ヨウコが入ってくる。
「いつも暇そうね」
「あれ以来、ヨウコちゃん、ローハンと仲良くやってるからなあ。大喧嘩でもしてくれたら出番があるんだけど」
「サエキさんの仕事って喧嘩の仲裁だけなの?」
「なんだよ。さっきからちくちく嫌味だなあ。何か用?」
「今から映画を見に行かない?」
「デートの誘いか」
「たまには付き合ってよ。ローハン、絶対に行かないっていうし」
「わかった。キース・グレイの出てるやつだろ」
「うん。俳優にまで妬いてどうするんだろ? 馬鹿なんだから」
「ヨウコちゃんの入れ込み具合が凄いからじゃないの? なんでそんなにキースが好きなんだよ?」
「だって格好いいじゃない。見た目だけじゃなくてさ、デビューしてから今まで悪いうわさが一つもないのよ。ファンにも優しいしチャリティにも熱心だし、人間的にも尊敬できるのよね」
「まあ、そう言われりゃ確かにいい男だよな」
「いろいろあって辛かった頃にね、世の中にはキースみたいな男もいるんだから希望を持たなきゃ、って慰められたのよ」
「なるほどなあ。俺もその映画は見たいと思ってたからちょうどいいや。この間はヨウコちゃんと一夜を共にし損ねたしな。今日は付き合うよ」
「やった。じゃ十分後に出るからね。その妙な色合いのチェック柄のシャツとチノパンはやめて、誕生日にあげたジーンズはいてよ」
「ええ。ジーンズじゃ映画館でくつろげないだろ?」
「私がデートしてあげようってんだからちょっとは気を使ったらどうなのよ?」
「ヨウコちゃんって何様?」
「あなたの大家さんだけど。じゃ、車のところでね」
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映画館のチケット売り場の前でヨウコがトニーを見つける。
「トニーも映画?」
「あら、今日はローハンは一緒じゃないの?」
「私の好きな俳優なんて見たくもないっていうからさあ。サエキさん、この人、私の親友のトニー。トニー、こちらは同居人のサエキさん。ローハンの同僚なのよ」
サエキ、トニーに微笑みかける。
「ローハンがお世話になったそうですね」
「ヨウコとくっつけてあげた件かしら? それにしてもローハンってほんとヤキモチ焼きなのね。人間でもないくせに」
サエキ、驚いてヨウコを振り返る。
「ヨウコちゃん! バラしちゃったの?」
「サエキさん、まずいって」
トニー、愕然としてサエキを見つめる。
「……もしかして本当に人間じゃないのね?」
「私は話してないわよ。ローハンがへまやったもんだから、かなり疑われてたけどさ」
「それじゃ、サエキも仲間なのね。ローハンは一体何モノなの? あれから気になって熟睡できないの。あたしの予想じゃ宇宙人なんだけどさ。当たってるかしら?」
サエキ、頭を掻く。
「困るなあ。トニーってヨウコちゃんの親友なんだよね?」
「うん。なんでも相談できる大事な友達なんだ。この件以外はだけどね」
「それじゃあ、あんまり手荒な真似はしたくないなあ」
トニー、目を輝かせる。
「まあ、手荒な真似ってどんな真似? 場合によっては考えるけど」
「拉致して記憶を消すんです」
「やっぱり宇宙人なのね。拉致はともかく記憶を消されるのは嫌ねえ」
ヨウコ、サエキを冷ややかな目で見る。
「サエキさん、いつもそんな事やってるの? やめてよね」
「いや、別に俺がやってるわけじゃないけどさ。……トニー、じゃあ、お話ししますから、誰にも話さないって約束してもらえます?」
ヨウコ、バッグから財布を取り出す。
「チケット買ってくるわ。サエキさん、映画が始まるまで15分あるから、その間に済ませてよ。トニーもキースを見に来たんでしょ?」
「当たり前じゃない。ヨウコとあたしって不思議なぐらい男の趣味が同じなのよね」
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ヨウコの家のキッチンで、ふくれっ面のローハンがヨウコとサエキと向かい合っている。
「ヨウコはこんなポップでキッチュでお洒落なサエキさんと一緒に、憧れのキースの映画を見に行ったんだ。俺に内緒で」
「内緒になんてしてないでしょ? サエキさんと映画に行くって言ったじゃない。これのどこがポップでキッチュでお洒落なのよ」
サエキ、ヨウコを睨む。
「じゃ、なんで着替えさせたんだよ?」
「この方がまだましだからでしょ。とにかく、あんたにとやかく言われる筋合いはないわよ」
ローハン、ふくれる。
「ぶー」
「何が不満なの?」
ローハン、目をそらせる。
「別に」
「はっきり言いなさいってば。ちょっとキースの方が自分より格好いいからってさ」
「やっぱりそう思ってるんだ」
「信じられない。この男、本気で俳優に妬いてるんだ」
「妬いちゃ悪いの?」
ヨウコ、ニヤニヤしながらサエキを見る。
「ローハン、かわいすぎるわ。ねえ、サエキさん」
「よく出来てるだろう。俺も感心するよ。ヨウコちゃんのツボ、的確についてくるよなあ」
「なんなんだよ、二人して。人を製品みたいに」
「だって製品じゃないか」
ヨウコ、ローハンに抱きつく。
「機嫌直してよ。私はローハンだけのモノなんだからさ」
「ヨウコが?」
「そうじゃないの?」
「だって、この間は違うって」
「あのときは腹立ててたからさ」
「あー……」
「なに? はっきり言いなさい」
サエキ、笑い出す。
「感極まって言葉につまってるみたいだぞ」
「本当によく出来てるわねえ。かわいいなあ」




